眠れよいばらの海で

名前がドフラミンゴとクロコダイルに出会ったのは今から3年前、彼女が24歳の時だ。
当時からドフラミンゴは圧倒的な強さと絶対的な悪のカリスマ性を兼ね備えており、政府からは要注意人物としてマークされていた。一方のクロコダイルも常人離れした頭のキレと強さを誇っており、破竹の勢いでその名を轟かせ、七武海への加入を打診されていた。
名前はというと今と変わらず賞金首をターゲットとした殺し屋の仕事をしていた。その頃の仕事の依頼人はターゲットに恨みがある者、またはその存在を良しとしていない人間であることが多かった。


まず初めに邂逅したのはクロコダイルだった。
その日の仕事も滞りなく完了し、海軍に電波を探知されないよう細工を施した仕事専用の電伝虫で依頼者へ報告を行う。すでに依頼金として支払われている報酬とは別に謝礼金の支払いの手筈を伝えながら人通りのない夜道を歩く。ヒールが地面を蹴るコツコツという音だけが暗闇にこだまする。
ふと只ならぬ気配を感じ足を止める。夜に溶ける漆黒の闇が広がっている路地裏にじっと目を凝らす。そこから発せられる明らかな殺意と嗅ぎ慣れた血の臭い。電伝虫を切り、レッグホルスターに収められている2丁の愛銃に手を掛かけた。ゆっくりと気配のするほうへ足を進める。突如ピチャリというこの場所には不自然な水音が耳に届き、そちらへ視線だけを落とした。血だ。

刹那、名前は大きく後ろへ飛び下がった。その瞬間数秒前まで彼女が立っていた場所へ4つの刃が次々と襲いかかる。頬を掠める小さな粒子が砂であると理解したと同時に名前は銃口をその攻撃の主へと向けた。

「随分と物騒なものを持ってるじゃねえか、女」

「貴方こそ。その右手に持っているものは人間だったものかしら?随分と物騒ね」

男の右手にぶさがっているそれはとても人間とは思えないほど乾涸び、無残な姿であった。もう興味がないとでもいうかのように男は乱雑に「それ」を道端に投げ捨てる。ゴロリと転がった死体には目もくれず、分厚いロングコートを翻した男はその整った唇から紫煙を吐き出した。

「まさかこんなところで貴方に会えるなんて思ってもみなかったわ。サー•クロコダイル」

顔面を横断する大きな傷と左手に光る鉤爪はその男、クロコダイルを一層恐ろしく見せた。葉巻をもつ指にはド派手な指輪がギラギラと輝く。
名前はその指輪は自身の好みではないな等と考えながらも意識は常にクロコダイルへと向けていた。当然である。眼の前のこの男は現在王下七武海への加入を打診されているほどの強さを誇るのだから。

「七武海への加入はどうなったのかしら?」

「…てめえ、何者だ」

世間には極秘であるはずの七武海への加入の件をサラリと言ってみせた名前にクロコダイルは眉を顰めた。これは自身と海軍の上層部しか知らないはずの情報だ。
目の前に銃を構える女は只者じゃない。
そう理解したクロコダイルは目にも止まらぬ速さで地面蹴ると右腕を三日月型の砂へと変え、名前に襲いかかった。

だが名前もクロコダイルの動きに即座に反応するとその攻撃をひらりと交わし、すぐに体勢を整えると再度銃口をクロコダイルへと向けた。

パンッ!

乾いた音が響き渡る。銃弾はクロコダイルの左肩を貫通し、そこからは勢いよく血が噴き出た。

「自分は砂人間だから銃が効かないと思った?」

「っ!てめぇ…!」

「残念。私は武装色の覇気も見聞色の覇気もどちらも使えるの」

クロコダイルは自然系悪魔の実「スナスナの実」の能力者であり、自在に身体を砂に変えられる砂人間である。それ故に通常の攻撃は彼の前では無意味だ。しかし名前のような覇気を纏える者から受ける攻撃であれば話は別。現にクロコダイルは武装色を纏った弾丸で撃ち抜かれ、予想外の傷を負ってしまった。
不覚にも己の血で濡れてしまったせいでその姿を砂へと姿を変えることもできなくなり、僅かではあるが彼の表情には焦りの色が滲む。

「懸賞金8100万ベリー。実力は勿論頭の切れる海賊として破竹の勢いでその名を全世界へ轟かせ、今後脅威になることを恐れた政府から七武海への加入を打診中。私の見立てだと懸賞金はもっと跳ね上がってもおかしくないと思うけど、貴方のことだからこれ以上額が上がることがないように調整しているのかしら?」

クロコダイルの纏う分厚いロングコートに赤黒い血がジワジワと滲む。スナスナの実を口にして以来、このように銃で撃ち抜かれたのはこれが初めてであった。
名前は負傷した左肩を庇いながらも鋭い眼光で自身を睨み続けるクロコダイルにぶるりと背筋を震えさせた。しかしこの震えは決して恐怖からのものではない。むしろその逆で、名前は歓喜でその胸を躍らせていたのだ。
一目見ただけでわかる。クロコダイルは強い。
久しぶりに自身を楽しませてくれそうな強敵との出会いに名前は口元に笑みを浮かべた。

「クソ女が…てめえの命はないと思え」

「素敵。私そういうの好きよ」

そう言うと名前は双銃をレッグホルスターへと収めた。同時に先程までの殺意を幾分か柔らかいものへと変え、クロコダイルへと近付いた。

そして目の前に佇むクロコダイルの元へとたどり着くと彼の口に咥えていた葉巻を奪い去り、あろうことか彼の首へと腕を回して抱きついたのだ。彼女の行動にはさすがのクロコダイルも驚きを隠さなかった。

「自分の状況を理解してねえのか。俺が殺そうと思えば今すぐにでもてめえをミイラに変えられるんだぞ」

「それは御免だわ。死ぬ時は美しく死にたいもの」

鼻と鼻が触れ合いそうなほど顔を近づけて平然と会話を交わす名前にクロコダイルは呟いた。

狂ってやがる、と。

名前は皮肉がたっぷり込められたクロコダイルの言葉にそれはもう嬉しそうに笑うと彼の薄い唇へキスをした。骨の髄まで貪るような激しいキスだ。

そして最後にペロリとクロコダイルの唇を舐めると満足げに唇を離した。

その瞬間クロコダイルが彼女の首筋を右手で締め付けようと動いた。しかしまるでその行動を全て見透かしていたかのように名前はヒラリと彼の元から飛び退いた。

「今日はここまで。また会えるといいわね、クロコダイル」

「待ちやがれ!てめえ!名前くらい名乗りやがれ!」

夜の闇に消えていこうとする名前の背中に向かってクロコダイルが叫ぶ。名前はクロコダイルの言葉にクスリと笑うと振り返り、赤いルージュが艶めく唇に自信の人差し指をあてて、こう告げた。

「次に出会った時に教えてあげるわ」


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