愛せよのばらの聲で

名前は島全体を覆い尽くす鉛色の空を恨めしそうに仰いでいた。シトシトと降り続ける雨はまだまだ止みそうにない。
本来であれば待ちに待ったバカンスをこの有名なリゾート地で晴れやかな気分で過ごす予定であった。しかし連日降り続いている雨のせいでその予定はすべて台無しになってしまったのだ。一体自分がどのような悪いことをしてこんな仕打ちを受けなければいけないのかと悪態をつくも、そもそも自身が人を殺すことを生業としていることを思い出して自業自得なのではと唇を尖らせた。

今日はビーチで過ごす予定だったのに。このバカンスのために購入した新しい水着は今日もお預けのようである。
大きなため息を吐いて、窓に叩きつける雨を見つめていると逞しい腕がスルリと首へと回された。

「ただでさえ雨で気分が悪いんだからやめてくれる?ドフラミンゴ」

「フッフッフッ!随分つれねえじゃねえか。昨夜の可愛い名前チャンは何処に行っちまったんだ?」

名前の身体をすっぽりと覆い尽くすほどの大きな体でドフラミンゴは背後から彼女に絡みつく。今しがたのドフラミンゴの発言は心底不快であったが、言い返すと更に面倒くさいことになりそうだったので名前は喉元まで出ていた言葉をグッと飲み込んだ。
ドフラミンゴはクツクツと喉を鳴らして笑うと彼女の頬に唇を寄せる。

「こうやって貴方に言い寄られたい女性はたくさんいるのだから、そちらの方へ行かれたら?」

「嫉妬か?」

「まさか。あまりにも貴女が私のところへ来る頻度が高いから心配しただけよ」

てっきりおモテにならないのか、と。
ドフラミンゴの戯れを遮るようにわざと意地悪く名前は告げた。

磨き上げられた窓へ手を這わす。雨が打ちつける僅かな感覚に彼女は「そういえば」とドフラミンゴを仰ぎ見た。

「貴方と初めて出会ったのもこんな雨の日だったわね」



* * *


ビシャリ。
鈍い音をたてながら1人の男がその場に倒れ込んだ。完全に事切れた男を見下げながら名前は愛用の双剣に纏わりついている血を払った。鼻をつく血生臭さには慣れているが、不愉快であることには変わりない。払いきれなかった血を懐紙で拭うとそっと剣鞘へと収めた。
先程から降り出した雨が血で汚れた地面を洗い流していく。
ターゲットも殺したことだ。さっさと帰って温かいお風呂に入ろう。
そう考え、この場を去ろうとした瞬間であった。

明らかな殺意と共に鋭い斬撃が名前に襲いかかった。
間一髪でその攻撃を交わした名前は再び双剣を抜刀するとすぐに戦闘態勢を整えた。

「フッフッフッ!まさか先に獲物を仕留められるとは思ってもみなかったなぁ」

悪趣味なサングラスとド派手なピンク色の羽織を身に纏った大男は不気味な笑みを浮かべてその姿を現した。眩しい黄金の髪がキラキラと輝く。

何故この場所にこの男がいるのか。
折角仕事が終わったばかりだというのに勘弁してほしいものだと名前は顔を顰めた。

「残念ね。貴方の獲物だという男は今しがたあの世へご招待したわ。ドンキホーテ•ドフラミンゴ」

「一体何処の誰の依頼だ?◯◯の名前」

ドフラミンゴの噂はよく聞いている。もちろん悪い噂がほとんどであり、海軍でさえ手を焼いている男だということは軍の極秘情報提供者から伺っている。狂気的な思考と暴力的な強さはこの時代を生きるルーキー達と比べてずば抜けているとのことだ。
非常に面倒くさいことになりそうだ。こんなことならばこの依頼を受けなければよかったと名前は心底思った。

「まさか私が依頼者の情報を貴方に話すとでも?これでも一応プロの殺し屋よ」

「フッフッ!そうだな、お前は最高の殺し屋だ!どのような相手であろうと必ず抹殺、受けた依頼の成功率は100%ときた!その強さから海軍も要注意人物として常に目を光らせている」

「随分よくご存知なこと」

「一度はお目にかかりたいと思っていたんだ。その強さがどれほどのものか確かめるためにな!」

刹那、ドフラミンゴは名前に襲いかかった。イトイトの実の能力者であるドフラミンゴ攻撃は非常に厄介で、その上殺傷力も高い。様々な形態で仕掛けられる攻撃を前に名前はひとつひとつ確実にそれらを処理していく。さすがは数多くの死線をくぐり抜けてきた経験の持ち主である。
気がつくとドフラミンゴの攻撃のせいで辺りはすっかり荒れ果ててしまっていた。

「せっかくの美しい街だったのに酷い男なこと。そういうところがまだまだ子供ね」

「殺し屋が綺麗事抜かしてんじゃねえ…っ!?」

あまりに乱暴なドフラミンゴの戦い方に名前は溜息を吐くとあっという間に彼の懐に潜り込んだ。
そして何の躊躇いもなくドフラミンゴの右胸を双剣の片方で貫いた。

本来ならばドフラミンゴに斬撃は効かない。しかし武装色の覇気を使われれば例えドフラミンゴでも斬撃を無効化することはできなかった。

「噂通りの暴君ね。レディに突然襲いかかったり、街をめちゃくちゃにしたり。もう少し大人になることをオススメするわ」

「ク…ッ、てめえ覇気を…」

「覇王色を使われなかっただけでも有難いと思いなさい」

名前は引き抜いた刃に滴るドフラミンゴの血を人差し指で掬うとあろうことかそのまま唇へと運んだ。ペロリと指を這う赤い舌がやけに厭らしい。
ドフラミンゴは扇情的なその光景から目を逸らすことができなかった。
どこか艶かしい色を含んだ眼で自身を見つめるドフラミンゴに気づいた名前は全身の血が滾るような感覚と今ここで酷く抱かれたいという歪んだ欲望を押し殺し、ヒラリと彼に背を向けた。

「今日はもうおしまい。さっさとお家へお帰り、ドフラミンゴ」

ドフラミンゴの静止も届かず、名前はその場から姿を消した。

雨が降り続く、灰色の夜のことだった。


* * *


「あの夜のことは俺も鮮明に覚えてるぜ?なんせ初めて俺が心臓を鷲掴まれた夜だっからな」

「あら?貴方はマゾヒストだったかしら?」

刺されたことに悦びを感じていたの?と問うと、ドフラミンゴは至極おかしそうに笑った。
そして彼女の首筋に長い舌を這わす。誘うように何度もそこを舐めると同時に柔らかい胸にも手をやった。やわやわと刺激してやると小さく身じろぎ、甘い声を漏らした名前の様子を見てこの後の行為が合意のものであると理解した。

「俺に狙われたのは不運だっな、名前」

キャミソールの肩紐を外して直接乳房を刺激すると名前はたまらないと言いたげな悩ましい声を零した。
しかしドフラミンゴの発した言葉に妖艶な笑みで振り返るとこう告げた。

「狙われたのは貴方のほうよ、ドフラミンゴ」

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