運命論者の悲しみ

▼___武装探偵社員 ・清水紫琴の憂鬱。
只今紫琴は大変迷惑をしている。
それは先日のポートマフィアの策略に嵌まったことへの怒りではなく、【理想】を掲げる面倒くさい同僚に近い先輩についてでもなく況してや、無自覚に【白虎】などに変わられ襲われ追いかけ回されの見事なまでの三拍子を揃えてしまう至極迷惑な新人の探偵社員でもない__。

「私はやっと生きる意味を見つけたのです…」

探偵社員でもよく通う行きつけの店【うずまき】で起こった。一度は見てみたい自殺愛好家による自殺愛好家ためだけの【心中ナンパ】。
女将の手を骨張った大きな両手で包み込み【愛】と書いて【心中】と読む、最早語呂の数合わせでも合わないと云う謂わば本物の只の変人。

「生きる理由…否、生きてきた理由と云うべきかっ」

変人としか云いようがないではないか。
他にどんな云い方があるだろう?
自殺嗜癖?自殺愛好家?それらは同じ意味だ。為らば…変態?
彼の場合、【異常】が【正常】であり【正常】が【異常】なのである。
だから、それら引っ括めて【変人】と名付けたのだ。

「私は貴女と心中する為に生きてきたのです。嗚呼…美しい人よ」

語尾にはあとマークが付きそうなほど蕩けている。
だらし無くて見ているこちらが恥ずかしい。
この押しが強いナンパに女将はどう立ち向かうのか紫琴は見物だと思いカウンター席でじっくりと眺めることにした
しかし、返ってきたのは思いもよらぬ冷たい一言だった

「お一人でどうぞ♪」
「お一人で心中は出来ませんっ」

確かに、意味としては間違っている。お一人で死ぬのはそれは【心中】ではない只の【自殺】だ。心中とは誰かと共にこの世を終えることであり自殺はまた意味が違う。
だが、紫琴はそもそも人を巻き込むと知っていながらも「私と心中してください」とお願いすること自体大間違いではないかと思っている。至極真っ当だ

「ところで、太宰さん。ちゃんと生命保険とか入っているんですかあ?」
「何故でしょう?美しい人よ…」
「だってえ、大分溜まっていますよ?ウチのツケ。まだなら紹介しますよ?せ・い・め・い・ほ・け・ん♪」

生命保険を紹介しようするほどとは一体如何ほどなのかと問い詰めたくなる。
よくもまあ金がないのに食べようと思うなと紫琴は悪い意味で太宰を尊敬していた
同仕様もない愚図だな…と哀れんでいるようで軽蔑にも似た視線で…

暫く沈黙が続いたが太宰が奇妙なポーズを取った

「嗚呼!貴女のその生活力が眩しいっ」
「うっふふ♪そんなはぐらかし方すると…4階の探偵社に乗り込んじゃいますよぉ?」

「付き合いきれん」
そう呟いて太宰を一人取り残し店を出た紫琴であった

「嗚呼!貴女のその行動力が眩しいっ…てあれ?紫琴ー?」


「全く、どうしたらあんな風に育ってしまうのかが解せない。…それにしても、真逆ポートマフィアの人間に此方の顔が割れてしまいましたね…計算外です。」

紫琴は交番の現場検証を行った後、路地裏で何か音がする。と噂を聞きつけ噂の場所を訪れたわけだ。
真逆、依頼人の樋口がポートマフィアの狗とは思えんほどの振舞い。
芥川の後輩と云うことは太宰の存在は勿論の事、紫琴が【投獄】されていたとは知らなかったのだろう。
そして、芥川自身血眼になって捜していた師が真逆自分たちが敵対する二大組織の内の一つに寝返るとは思いもしなかったと予測できる。

「太宰君もある意味お尋ね者なんですかね?……ん?この鞄は…」

そう云って探偵社があるビルの玄関に着いたは良いもののこの黒い鞄…見間違える筈もない敦の鞄だ。
問題は何故此処に無造作に放り投げていたのか…だ。
何か、慌てて外に出る必要のある急用があったのか。…否、失礼だが彼に限って急用が出来たり人に呼び出される程顔は広くない。
敢えて挙げるなら、ポートマフィアに脅されて呼び出された…か。だが、そんな一人を呼び出すのか?でも彼らの目的は莫大な懸賞金。その懸賞金を生み出したのは他でもない【人虎】である敦、可能性は無くはない。
しかし、階段にある僅かながらだが埃に上に足跡。
このビルは滅多に清掃業者は来ない。故に敦は外に出たのではなく、上に掛け上がったのだ。
何処に…探偵社の他にない

何故…?探偵社の何かに嗅ぎ付けたか…或いは【社員】の身に何かあったか…だ。

取り敢えず鞄はここに放っておいては後々誇りまみれになる。これは持っていって本人に渡そう。

___状況が宜しければの話だが…。




「……で、これは一体どういう状況でしょうか?」

目の前に広がる光景こそ悲惨であった。
機関銃によって無数の穴が開いた窓に壁。それに、乱射による保管していた資料の破壊。
そして、首謀者であろう現行犯及び実行犯のマフィア十数人を【投げて】下に落とす宮沢。

「おお帰ったか。清水も手伝え」
そう云って国木田が声を掛ける。この状況で…何故冷静でいられる?とばかりに呆然と見つめる敦が居た

「…嗚呼、何時もの事ですか。中島君、これ鞄が玄関の床に置きっぱなしでしたよ?」
「えっ、あ嗚呼…ありがとうございます。清水さん」

持ってきてくれたことに関しては心から感謝しているが、こんな状況下で上手く表情筋が発達していないのだろう
上手く笑えていないから紫琴はつい笑みが零れる

「その様子では…かなり焦ったようですね」
「あ、あはは…はい。やはり凄いです。皆さん…ポートマフィアの中でも武闘派の連中をこうもあっさり倒してしまうところが…その」
「物騒ですよね?分かりますよーその気持ち。国木田さん以外皆さん格闘とか不釣り合いですものね…国木田さん以外」
「おい清水。口が達者なのは結構だが、今は手を動かせ」

背後から物凄い殺気を感じ取って振り向けば案の定国木田が射殺さんばかりの視線を紫琴に向けていた
紫琴は多少引き攣りながらも器用にその怒りを宥めて、手助けをし始めた。

「小僧、お前も手伝え。俺は自分のやるべき事を見つけろといった筈だ。…まあ、貴様に出来るのは資料の整理の手伝いぐらいだが?」

そう云えば、何を思ったのか急に笑いだした。
その事に癇に障ったのか国木田が怒鳴ろうとした…そう怒鳴【ろうとした】のだ。

「貴様…笑う暇があったら手をうごか」

"せ"と云う前に敦に向き直ったのがいけなかった…何故なら、彼は今【涙を流している】のだから__
それを国木田は最近の子供の典型だとか云ってからかっているがそれを必死に違うと否定する敦にまた思わず笑みが零れた紫琴と武装探偵社であった。


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