Murder on D Street

「ななな、何てことだ!かくの如き佳麗なるご婦人が若き命を散らすとは…悲嘆で胸が破れそうだよぉ。どうせなら私と心中してくれれば良かったのにぃぃ」

本当に寂しそうに悔しそうに嘆く至極不謹慎な男。
それを後ろで見ていた乱歩たちは口々に云う

「誰なんだ、彼奴は」
「探偵社の同僚で…ああいう男だ」
「そうですね。簡潔に述べるならば単なる【変質者】です。如何して軍警はこう云った男を取り締まらないのかが不思議で為りません」
「しかし安心し給えご麗人!稀代の名探偵が必ずや君の無念を晴らすだろう!ね、乱歩さん!」

「ところが僕は未だに事件の依頼を受けていないのだ」

そう乱歩が返せば太宰は意味が分からないとばかりに首を傾げた

「如何云うことです?」
「この人に聞いて」
そう云って、隣に立っている箕浦を指で差すと箕浦は自慢気に口を開いた

「探偵などに用は無い。実際、俺の部下は全員私立探偵よりよっぽど優秀だ」
それを聞き逃すはずのない乱歩はその発言を真に受けて次は後ろに控える杉本を差した。

「君、名前は?」
「自分は杉本巡査であります。殺された山際女史の後輩であります!」
そうご丁寧に敬礼までした杉本の肩にポンと手を置きいつもと年齢とは似つかない明るい声で言葉という名の【爆弾】を投下したのだ

「よし、杉本君。今から【60秒】でこの事件を解決しなさい!」
「へええ!!?」
これが妥当な反応だろう。
いきなり振られて尚且つわずか一分という制限時間の中で、事件を解決しろと云われて無茶だ。
しかし、乱歩本人は一分で解決できると云い、先刻乱歩より優秀だと豪語した箕浦への挑戦状…とういうよりも彼の場合、挑発を叩き込んだのだ。
ここで要らぬ親切だが、乱歩は懐から懐中時計を取出し、本当に一分で解決できるかなんて至極【大人気ない】と云える。

「(普段の僕はきっとこんな感じなんだろうな)」
遠目であたふたしている杉本を見つめ深く同情した敦だった。


「そ、そうだ!確か山際先輩は政治家の汚職疑惑、それにマフィアの活動を追っていました!」
「女性一人で戦力が未知数のポートマフィアを?…正気の沙汰じゃない」
小さく呟く紫琴。確かに樋口によれば、ポートマフィアの傘下に下っているのは数十は下らない。いつ発見されてもおかしくない。

「そう云えば!マフィアの報復の手口に似た殺し方があった筈です!もしかすると先輩は捜査で対立したマフィアに殺され」
「違うよ」
そう遮ったのは太宰だった。
その声に自然と目線は太宰の方に移る。
太宰によれば報復の手口は身分証と同様、細部が身分を証明する。
まず手始めに裏切り者に敷石を噛ませ後頭部を蹴りつけてあごを破壊。
第二に激痛に悶える裏切り者を引っ繰り返し胸に三発撃つらしい。
実にポートマフィアらしい胸糞悪い手口だ

確かに、被害者の山際女史の胸部には胸に三発撃たれているが、手始めの敷石を噛ませて後頭部を蹴りつけて顎を破壊という工程が出来ていない。
要は___

「犯人の偽装工作!」
箕浦が叫ぶ。
「そんな…偽装の為に遺骸に二発を撃つなんて…非道い」

ぶ〜〜!!
再びこの場にそぐわない元気な声が響き渡る。
乱歩は高笑いしながら杉本の警官帽を雑に叩く。どうやら結局60秒を計っていたようだ

「はい時間切れー。駄目だねえ君、名探偵の僕には矢張り遠く及ばない。少なくとも君の部下がが全員僕より優秀というのは間違っていたと証明されたね」
「いい加減にしろ!先刻から聞いていればやれ推理だやれ名探偵だなどと通俗創作の読みすぎだ。事件解明は即ち、地道な調査、聞き込み、現場検証だろうが!」

「はあ?」

素っ頓狂な声を上げて本気で意味が分からないような口調で茶化す。

「まだ判ってないの?。名探偵は調査なんかしないの。僕の能力【超推理】は一度経始すれば犯人が誰で、何時どうやって殺したか瞬時に判るんだよ」
眉間にちょんちょん人差し指を押し付けてそう断言した。

「のみならず、何処に証拠があってどう押せば自白するかも啓示の如く頭に浮かぶ」
「…それって詰り」
「巫山戯るな!貴様は神か何かか!そんな力が有るんなら俺たち刑事は皆不要じゃないか」
「まさにその通り!漸く理解が追いついたじゃないか〜」
何処までも人を愚弄するような発言と口調にそろそろ箕浦も沸点に達したのか拳を握りしめ今にも乱歩へ掴み掛からんとばかりに詰め寄った
が、その間に太宰が入り込み箕浦を宥める。

「僕の座右の銘は【僕がよければすべてよし】だからな!」

体の隅から隅まで自己中心的だったこの男__
敦はそれを聞いてげっそりした顔になるもその表情は納得しているようにも見えた。

「(座右の銘を聞いてこんなに納得したの初めてだ…)」
座右の銘__【生きているならいいじゃない】

「やれやれ」
座右の銘__【清く明るく元気な自殺】

「自己主張強いですね全く…」
座右の銘__【笑う門には自殺愛好家来る】

皆それぞれ独自の座右の銘が有るが紫琴に至っては座右の銘と云うよりも不思議と極自然に起こる現象だろう

「そこまで云うなら見せて貰おうか、その能力とやらを」
「おや?それは依頼かな。最初から素直にそう頼めば良いのにー」
「ふん、何の手がかりもないこの難事件を相手に大した自信じゃないか…60秒計ってやろうか」

腕を組んで挑戦的な眼差しを向け馬鹿にしたような口調で乱歩を茶化す
すると、いつもの笑みを更に深くする乱歩

「そんなにいらない」
「よく見てい給え敦君。これが探偵社を支える能力だ」
「…どれだけほざいても実力は確かなものです」

この二人がそう云っているのだから敦も乱歩のその【能力】に期待が高まる


乱歩は懐から眼鏡を取り出し、それを掛けると彼はこう唱えた

「異能力《超推理》」

すると、眼鏡のレンズには忽ち見覚えのない文章がコンピューターの様に流れていく。
暫くすると乱歩は眼鏡のブリッジを上げながら「成程」と漏らす。
それを聞いた箕浦は事件が分かったのかと半端鼻で笑いながら問えば乱歩は頷いた。
そして、腕をゆっくりと上げて人差し指をある一方を示した。

「犯人はきみだ。___杉本巡査」

・・・・

暫しのフリーズ。
差された否、犯人に仕立て上げられた杉本は全く何を云っているんだとばかりに拍子抜けしている
現に、箕浦は心底可笑しいとばかりに嗤っている

「杉本巡査は俺の部下だぞ?」
「杉本巡査が彼女を殺した」

間髪なく断言する乱歩の表情はいつも通りに笑っているが、全く冗談云っている様には見えない。
しかし、箕浦は堪忍袋が切れたようについに怒鳴りだした。
意味はこの気の毒な場所で【冗談】を云っていること、それから自分の部下を犯人に仕立て上げたこと…まあ色々ある
確かに一介の刑事やら市民やらはこの難関な事件の現場に都合よく犯人が居るなど考えられないだろう。人を殺めたのならば密かに隠れているかもしれない

しかし、乱歩は違った。

「犯人だからこそ捜査現場に居たがる。それに云わなかったっけ?【どこに証拠があるかも判る】って。…拳銃貸して」

そう云って頼んだ先は__杉本巡査だ。
しかし、一般人に拳銃と貸すとなるとやはり貸す側にも責任が科せられる
それを分かってか杉本は頑なにこれを拒否した。

「ば、莫迦云わないで下さい。一般人に官給の拳銃に渡したりしたら減俸じゃ済みませんよ!」
「…何を言い出すと思えば…。探偵って奴は口先だけの阿呆なのか?」
「その銃を調べて何も出てこなければ、確かに僕は口先だけの阿呆ってことになる」

そう云えば、箕浦は乱歩の舌先三寸に呆れたのか、杉本に銃を見せるように指示を出した

「よし、清水。きみの出番だ!僕の代わりに取って来てくれ給え」
「?別に良いですけど…ご自分で行かれた方が早いのでは?」

いきなり振られ驚く紫琴だったがここでの彼は【名探偵】だ。素直に従っておくのが道理だろう

「…いくらこの街でも素人が銃弾を補充するのは容易じゃない。官給品の銃であれば尚更」
「…乱歩さん?」
あまり探偵の要である【推理】とか【証拠・根拠】【動機】などとは全く無縁な紫琴でも今の言葉で確信に近づいた。
この人は…乱歩は_____

「何を黙っている杉本」

「彼は考えている最中だよ。…減った三発分の銃弾についてどう言い訳するかをね」
「…矢張り乱歩さん貴方っ」


__こうなる事を判っていて尚、紫琴に頼んだのだ。自分が撃たれないように紫琴と云う名の【壁】を作って。

杉本はもう云い逃れられできないと分かったのか銃を取り出して近づいた紫琴に渡す…のではなく、紫琴に銃口を向けたのだ。

「杉本!」
「まずい」
「清水さんっ」

「っ」

「敦君行け!」
「えぇ!?」
「止めろ!」

紫琴は撃たれる覚悟で目を閉じた。
目を開ければ、本来ならばここで紫琴に向けられた銃は其の儘発砲され彼女の身体はそのまま地面に倒されるのだが…その銃は粉砕されて八方に散らばり銃を握っていた杉本は
太宰に押された敦によって取り押さえられていた。

何があったかは分からないが、取り敢えずこれで一件落着であった




聴取に因れば杉本は【撃つ心算はなかった】らしい。
現場に居た時杉本が云っていた通り、山際女史は政治家の汚職事件を追っていたのだったがそこには予想外にも、大物議員の事件の証拠を入手したらしい。
それを耳に入れた政治家も警察内のスパイを使いその証拠を隠滅しようとしたのだがその【スパイ】こそが杉本であったのだ。

彼自身、警察官になるための試験に3度落ちたという来歴を持ち、それを偶然耳にしたある男が声を掛けたのだった
警察官になりたければ、指示に従え…と

詰りこれは、自分の私利私欲が故に巻き起こした哀しき事件である。



「…乱歩さん、何か此方に云うことが有るンじゃないですか?」
「ない」
「【ない】じゃないでしょう!貴方が事前に知らせてくださればもう少し対処法があったかもしれませんのに!貴方と云う人は…」

警察署から離れ、街中を歩く乱歩とそれを後ろに付き説教をする紫琴。
そしてそれを遠くで見つめ見守る敦と太宰。

「いいじゃん。運良く銃も壊れたみたいだったし…そして犯人も捕まる。どう?一石二鳥じゃない?」
「それ一石二鳥とは云いませんよね…でも、確かに何故銃が粉砕されていたんでしょうか?乱歩さん何か彼のホルスターの中に仕込みました?」
「僕はあくまで【名探偵】であって手品師(マジシャン)じゃないよー。でも不思議だね〜。よし、清水!今日は徹夜で実験してみない?ほら、駄菓子でも買ってさ」
「それは【推理】ではなく最早【物理実験】ですよ。此方、理数は真っ平御免なので。あと、駄菓子買いませんからね」

そうピシャリと云い退ければいつの間にか乱歩を追い越し後ろでケチとか莫迦とか乱歩が叫ぶものだから周囲の人間は何事かと目を向けてくる。本当に何歳児だと問いただしたいくらい子供だ。

でもこの人がそういう態度をとってもとらなくとも彼に自然と人が集まるのは違いないだろう。
彼は日本中…否世界で一番最高な【名探偵】なのだから。


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