幕間


「善かったですね犯人が捕まって。…矢張り、子供子供と云っても乱歩さんの実力は伊達じゃありませんでした」
「そうだねェ。私でも半分くらいは判ったけど証拠の場所まではお手上げだったよ」

乱歩や敦と別れ寮に戻った紫琴と太宰は部屋に入り太宰は机に俯せ、紫琴は夕飯の支度をしていた
紫琴は太宰に背を向けながら規則よく包丁をまな板に突いている
ふと、手元を止めてまな板から視線を上にして溜め息を溢す

「しかしながら…譬え稀代の名探偵と云えど他人を発砲の壁にするのは如何なものかと…結局謝罪されませんでしたし…」
「まだ根に持ってるの〜?乱歩さんはあんな態度とっていても心中では申し訳なく思ってるよ…多分。」
「……そうですかね」
首を動かし太宰に視線を移す。彼は卓袱台に頬杖をつき真っ直ぐに紫琴を見つめている。

「うん。あの人なりの謝礼が来るよ。守ってくれてありがとうって…多分」
「憶測だけでものを語る人は信用なりません」

ふいっと顔を背け再び部屋中に包丁がまな板を叩く音が響く

「紫琴、先刻乱歩さんと銃が粉砕された件について話していただろう?」
「え、嗚呼…そうですね。運が好かったからでしょうか?死は覚悟していたとは云え矢張り怖いものは怖いですね」

今度は太宰に視線はやらず作業しながら話をしていたため作業に集中してか余り会話が耳に入ってこなかったが何とかワードだけ聞いて返答した
すると、

「ふーん。紫琴はあれは【偶然】だと云うんだねェ」
「え、ええ。他に思い当たる節は無いで」
「嘘はいけないな」

不意に背中に感じる温もりと腹部に感じる圧迫感。
そして耳から脳へ直接響き渡る男声特有の低い音。
そしてこの声に秘められたのは【確信】と【僅かな怒り】
彼が気付いていたことに気が付いた紫琴は頑なにそれを否定し誤魔化す。【乱歩との会話のように】

「何を云って…嘘などついておりません」
「私が気付かないとでも?何年共に居たと思っているのかな。まあでも…他の皆は君ではなく【銃を構えた杉本巡査】を見ていたからバレずに済んで善かったね…私は見ていたけど」
「いえ…此方は何も、只運がよかっ」
「まだ嘘を貫き通すの?私の可愛い奥さんは何時になく強情だねェ。まあそんな所も愛嬌があって好いのだが…」

と低く一言一言脳を刺激するように紡がれる。まるで、早く自白しろと促すように…。その事に耳を塞ぎたくなるが腕ごと包むように抱き締められる包帯を纏った腕に囚われ思うように動かない
それでも吐かない紫琴に最後の一言を投げ掛けた。

「紫琴。…【昔】の様にされたくないだろ?」
「あっ…」

そう云えば力が抜けたようにカクンと膝から崩れ落ちたがその際に太宰が支えた為膝に直接的な怪我は無かった。
太宰は「危ないだろう?」と声を掛けるがしかし、当の紫琴は耳を塞いで彼の言葉を聞く唯一の器官を遮断した。
まるで、太宰に紡がれる全ての事を拒絶するかのように。
それを見た太宰は【墜ちた】と判り卑しく嗤う。

これでも元ポートマフィアの一隅だった男。拷問など赤子の手を捻ることと同然のように容易い。
そして、ゆっくり紡がれるは儚き異能力。

「紫琴。君は【誰が罪】を使ったね?元々【誰が罪】は触れただけであらゆるものを消滅させる。物は跡形もなく粉砕し、可憐に咲き誇る花々は虚しく散る。そして人も…例外なく」
「止めて…」
「でも【誰が罪】は元来自身に起こる【邪心】【罪悪感】【恐怖心】などから発動する。紫琴が殺したいと思ったら触れただけで人を殺める。正に…暗殺に特化した美しく儚い素晴らしい異能力だ、紫琴に似合い(ピッタリ)だね」
「止めて!!」

部屋中…否、寮内に響き渡る悲痛な声。
これは否定ではなく全て肯定が故の懇願。
これ以上聞いてしまえば本当にどうにかなってしまいそうで。

「…違うよ紫琴」
しかし、返されたのは【情け】でも【罪悪感】の言葉でもなく否定の一言。

「…え」
「【止めて】じゃない。…他に云うことが有るだろう?私との【約束】を破ったンだから」

【約束】…それは依然芥川と樋口と対峙したときに云ったこと。
紫琴は俯き暫し考える。
何をと聞かれると答えるのは少々苦しいのだが。
だが、確かに杉本は撃つ気でいたのだ。それを回避するには矢張り能力が頼りだ。
しかし、今ここで拒絶してしまえば後に起こることは予測できる。捕虜であったときがそうだったみたいに…
殴ったり蹴るなどそんな非紳士的な野蛮な事はしない。この男が見初めたのだ、愛しい人間を手をあげるほど出来てない人間ではない。
只、少し思考が違うだけだ

「……ご、ご免なさい」
小さく消え入るように呟かれた謝罪の言葉。
しかし太宰の耳にははっきり聞こえたのか気を好くして再び彼女の身体を包み込む太宰。

「うん。イイ子だね」

まるで躾が行き届かなかった犬が初めてお座りが出来たことに褒めるように頭を優しく撫で付ける。

「私の可愛い紫琴。嗚呼…何て愛らしい」

狂っている。紫琴は僅かにそう思った
一人の女にここまで執着を見せるとは最早【愛】とか云々の話ではない一種の【病気】だ。
男が女の方を過剰に欲して無償の愛を注げば女はそれに掛かり気づけばお互いがお互いを欲していたと云う何とも奇妙な現象が起こる。

それを誰も咎めないが故にまた互いが心酔するのだ。
愛とか恋とかそんな言葉では片付けられないくらいこの男女は堕ちるところまで堕ちてしまったのだ。


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