人を殺して死ねよとて

ヨコハマ異能力戦争__。

全ての始まりは国木田の素っ頓狂な声から始まったと云える。

「太宰が行方不明ぃ?」

どうやら敦が云うに、今朝から連絡も途絶え姿も見ていないらしい。
普通ならばここで社員が行方不明だとか同期の命の危機かもしれんといって白昼から騒がしくなる筈なのだ。

そう普通ならば___。

しかし、それとは真逆で国木田、乱歩、賢治、そして紫琴の4人は至って冷静に寧ろ平常通りの反応を見せた。
窒息死しようと土中に埋まっていたりだとか、溺死しようと川に飛び込んで溺れているのではとかついに、軍警を怒らせたのか拘置所にて孤独死するのではと口々に好き勝手云うもはや血も涙もない冷酷な連中、こんな人間たちが集うこの探偵社に世の不調を任せて善いのだろうかと、本気で考える敦であったがふと窓辺で外を眺めている紫琴に視線が移る

見たところさして変わりのない表情だったがどこか儚く見えるのは敦の目の錯覚だろうか。
敦は紫琴の下に近づいて話しかけた

「清水さん」
「…中島君」

こんな様子を太宰に見られたらまた拗ねられ紫琴にまた面倒を掛けてしまうがそんな厄介人も今は音沙汰ない。
あの様な光景に慣れてしまっているのかこの状況が、空気が少し寂しく感じる。

彼女でさえ太宰の行方を知らないというのだから他に太宰の行方を知っていそうな者の数はここでゼロとなった。

敦は先日のポートマフィア襲撃という一件もあってか組織に暗殺されたのではと嫌な方向に持っていこうとしたが、自分で自分を殺せない奴がマフィアに後れを取るとは思えないとしてこの憶測は抹消された。

となれば、彼は何処に消えた?

あるだけの思考を一生懸命廻らせても思い当たる節がない。
暫く考えている途中で、医務室の扉が開き現れたのは先日芥川の襲撃を受け重傷を負った谷崎であった。
彼が云うに、太宰の行方は谷崎が調べてくれるとのこと。
無事であったことに素直に喜ぶ敦。
だが国木田が与謝野に何度【解体】されたと聞かれると途端に顔面蒼白にして縮こまる谷崎に不思議に思う敦だったが、谷崎の助言(アドバイス)で探偵社では絶対にけがをしてはならないという発言に対してより疑念が深まった。

「マズいと思ったらすぐ逃げる。危機察知能力だね」

谷崎に次いで今度は乱歩が助言した。
敦は何に対して云っているのか判らなかったが、これだけは云える。

皆はこの危機察知能力が発動する相手に強く恐れていることだ

乱歩は自身が愛用している懐中時計を眺め、【今から10秒後】と云った。

するとその10秒後扉から出てきたのは、女性らしからぬ大きな欠伸を手で押さえた医師の与謝野晶子だった

敦はタイミングが良いと勘違いを起こしているが一方で、谷崎は与謝野の姿を見た瞬間、先程よりも増して顔の血色が悪くなっている

敦が声を掛ければ与謝野はそれに反応して怪我していないかと質問してきた
その唐突すぎる質問の意図が分からなかったが取り敢えず何も外傷はないという意味を込めて返事をすると、返ってきたのは外傷がないことへの【安堵】ではなく【不満】。

「ちぇっ」

あ、デジャヴだ。この反応何処かで見たことがある。
そう脳裏に蘇るのは河川で溺れかけていた、否【自殺しかけていた】男。
今やその人物は行方を晦ましているのだが…。

思わずため息が零れるが、与謝野はそんなことをお構いなしに買い出しの荷物運びを頼むというより半端強制な命令に敦は黙って従った。

この時初めて、敦は自分よりいち早く逃げた探偵社の先輩たちをを恨んだだろう。



与謝野と敦が買い物に出てから数時間、与謝野の普段の時間帯からしてそろそろ帰りの電車に乗り込んでいる頃、紫琴はと或る河川敷を歩き周囲を探索していた。
お目当は無論太宰。
これまでに幾度も知人が所有する畑を耕し、近辺の川を捜し、況してや不本意だったが今までに太宰に口説かれた女子(おなご)にも当たったほどだ。
しかし、どれも答えは無情にも同一。

これ以上、何処を捜せというのだろうか。
若しくは遂に神に見放された太宰は自殺を成し遂げたのだろうか。

若しくは____組織に……。
紫琴とて、そう考えていないわけではない。
奴は組織からしてみれば裏切り者に値する。
況してや彼は幹部。
組織の重要機密は幾らか持っているだろう。
それが世間に他の組織に露見にされれば、幾ら暗部の中枢といえど、大打撃になる。

「……捜索圏内の幅を広げたほうが良さそうですね。若しかしたら、県外に居るかもしれない」

そう云って止めていた足を再度踏み出そうとした時、それを遮る声が静まり返る夕刻の空に響き渡った。

「あの…ぁ、…あの!」
「…?…!?」

声のした方向に顔を向けると、水が滴り色が濃くなっている衣服を纏った恐らくは15足らずの少女。
しかし、それが異様に見えるのは珍しく和装したということ。
和装したことに対して疑念を抱くのではなく、何故【煌びやかな和装を纏った少女】が水に滴っているのだろうか。
寧ろ、煌びやか和服と河自体不釣りあいだ。
それに何故自分に助けを求めている。

溺れたのか?若しくは、今捜索中の行方不明者(太宰)
と似たような趣味を持っているのか?だとしたら和服で自殺とは新しいタイプが出たな。

何て有りもしない出来事を捏造する紫琴だったが、彼女の下に俯せの状態で横になっている後ろ姿に目を向けた瞬間驚愕に変わる。

「……中島君?」

見間違いやもしれん。
他人の空似とよく云ったものだ。
だが、面影がそうだ。彼は敦だ。
しかし何故河に?太宰と自分と初めて遭ったように河に溺れているところを助けようとしたのか?
だとしたら矢張り彼女は自殺愛好者か?
しかし、見た所敦が身に纏っている探偵社の皆で買い分けた衣服は血だらけだ。
そう思った瞬間、紫琴の脳内がフリーズした。

……血だらけ?

何故血だらけなんだ?
何故怪我をしている?
そもそも与謝野先生は何処だ?

暫しの黙考してから紫琴の所に再び時が戻ってきた。
その瞬間から、紫琴は頭で考えるより先に体が動いた。
河川敷に生える伸びすぎた雑草を踏みつけ前へと進む紫琴だったが、一刻を争うというのに急斜面で思うように足が進まない。
無我夢中に足を進めて行く内に彼女と敦の元に辿り着いた紫琴。
意識が無いのかはたまたもう手遅れかと脈を確認したが正常に動いている為問題無い。
脈拍はあることから意識が断絶されたのだろう。

「善かった…。社員なンです。助けてくださりありがとうご」

そう云って頭を下げるところで紫琴の身体は硬直した。
敦が安否確認ができた今、次は体を動かすことよりも先ず頭で考えるのを優先にするべきだ。
敦のこの状態から察するにかなり過酷な襲撃に巻き込まれたのだろう。
こんな重症では一人でまともに立ち上がることすらままならない。
故に救助をしてくれた彼女に感謝を述べるべきだ。普通は。

____では、彼女は?

彼女は見た所15足らずで自分より年下と見受けられる。加えてそんなひ弱で背丈も高いといえない細身な身体で同じくひ弱といえどしっかり男の身体をした敦だ。そんな少女が一人で男の敦を助けることが出来るのか?

___できるわけが無い。

自分がそうとなれば寧ろ拒否するだろう。

そして、もう一つ気になるのは、血だ。
幼子だろうが女子だろうが人間ならば普通他者の血液を見れば悲鳴をあげるか最悪気絶する。
しかし、彼女はそんな動揺すら一切見せない。
至って冷静。
まるで、見慣れているかのような……
___彼女は何者だ?
そこで紫琴の脳内にある憶測が芽生えた。

「…お嬢さん、貴方この男性をご存知?」
「………」

「貴女が…遣ったの?」

それはほぼ確信と云っていいほどの口調だ。
そりゃそうだ。一般人の幼子が成人近い男性を運ぶことなど不可能に等しい。
そして、極めつけはこの少女の瞳だ。
紫琴が彼女に尋ねた瞬間その瞳は殺意で染まった。
しかし、敦と何があったのか分からないが程なくして彼女も糸が切れたように紫琴に倒れこんだ。
だが、これだけは云える。鮮血を見慣れた少女、狙われた敦、そして行方不明の太宰。
これらの網が一つに絡み付く。

「……ポートマフィアが動き出した、か」


所変わり某所地下室。
芥川は何かを操作していたであろうが、音沙汰なくなった携帯を切り、真っ直ぐ前を見据える。

其処に広がる光景は、両手を捕らわれ身体の自由を塞がれた太宰の姿があった。


prev | next
【bookmark】
BACK TO TOP

ALICE+