うつくしき人は寂として石像の如く

___私の名は鏡花。六月で35人殺した。

少女は着崩した着物の中に時限爆弾を携え臆することなくしかし、悲痛な声で云った。

「だからこれ以上誰も殺したくない」

そう云って少女は破壊された電車の出入り口から飛び立った。
少女はこれまでに35人殺したと云った。
その冷酷かつ残忍な面影はどこに行ったのだろうか。
今少女がしている表情は間違いなく苦痛。
数多の尊い生を奪ったが故の制裁を自ら下したのだ。

そう、【自爆】だ。

しかし、そんな自爆を図った彼女も現在は探偵社の医務室にて安静にしている。

敦はというと医務室の外の廊下に独り蹲っていた。
彼女は自分の異能を制御できない。
それを知ったのは彼女が飛び降りた何秒後。

まあ、何とも自分に似た不運かつ可哀想な少女。

「……中島君」
「…清水さん、国木田さん」

そんな敦の元に紫琴と国木田が現れた。
紫琴は彼らを此処に運んで来た張本人であるため、状況は把握している。

国木田は或る新聞記事を敦に見せた。
その内容は、【幼子の少女が一家を惨殺】という記事だった。
彼女は幼きながらポートマフィアの暗殺に長けた凄腕の暗殺者。
しかし、急に戦果を上げすぎたが故に大きな見出しで公然と曝されたのである。

「…中島君、此方は貴方を責める気はありません。しかしながら、何故自爆を図ろうとした少女をみすみす助けたのですか?彼女は幼子とはいえ立派なポートマフィアの刺客です。あのまま」
「助けなければならない理由があったんです!」

紫琴の言葉を遮るなど今迄なかった。
故に紫琴の目は驚愕に染まった。

いつもならばここで国木田の怒号が響き渡るが今回はそのようなこともなく敢えて黙っている。
だから、この無情にも流れてゆく時間が、空気が嫌に重苦しい。

すると、そんな空気を打ち破るように医務室の扉が開きそこに顔を出したのが与謝野であった。

「目が覚めたよ」

与謝野も敦と共にポートマフィアからの刺客が乗り込んだ電車に居たのだから当然、騒ぎに巻き込まれた。
その元凶、何より敵対している組織の刺客が探偵社 で療養するとなると気が引けるだろうが、立場上見過ごすわけにはいかなかったのだろう。


医務室の中に入るとベットに横たわっている件の少女。
彼女は部屋に入室した敦たちに目線をやらず只天井の一点に目を向けていた。
改めて見ると本当に幼い。
この様な少女が此れ迄に数多の尊い命を奪ってきたとは到底思えまい。
それが故にポートマフィアの凄腕の暗殺者と公然に曝された訳だが……。

敦は少女、鏡花に具合はどうかと尋ねるがとうの本人は沈黙を守る。
すると、国木田が神妙な面持ちで黒幕の名を吐く様に促した。

ポートマフィアというのは傘下に下る組織を複数を持っている為、頭を潰さない限り組織の戦力は拡大してゆくばかりだ。
まるで蛇(うわばみ)の様に。

しかし、それでも沈黙を続ける鏡花。
国木田は大人でも恐縮しそうなほどの面持ちで鏡花を見下ろしている。
相当な威嚇を含んでいるというのに…
敦は幼子に対してもう少し言い方があるのではないかという意味を込めて国木田の名を呼ぶ。

すると、

「橘堂の湯豆腐」

ふと、幼き少女の口元から露わになった恐らく老舗の名前であろう固有名詞。
辺りは静まり返り当然この場にいる者全員が口を閉じて困惑とした表情をしている。

途中で紫琴がポツリと湯豆腐?と疑問文を口にしたがその問いかけに答える者は居なかった。
しかし、国木田はその意味を理解したのか気を改めて向き直った

「食わせろということか」

どうやらその予想は当たりの様で鏡花は件の湯豆腐を食べさせてくれたら話すという条件付きの話を持ち込んだのだ。

「橘堂の湯豆腐って…巷で有名な老舗では?」
「なあんだ、良いよそのくらい」

優しすぎる敦。
しかし、それは却って爆弾発言にあたるものだということは彼は知らない。
故に国木田の鬼の血相や紫琴の苦い顔の真意も分からなかった。

▼橘堂

矢張り紫琴の予想は当たった。此処、橘堂は巷でも有名な料理亭であった。
敦たちがいる場所は外から美しい緑が生えている……なんてそんな呑気なことも言ってられず。
鏡花は条件を呑んだと見て湯豆腐を口一杯に頬張る。対して国木田は白湯か茶が入っているであろう湯呑みをズズ…と啜る。
しかし、敦はお品書きを見て圧巻の一言。
どうやら孤児院育ちの人虎殿は老舗の情報も頭に入っていなかった為、勿論値段すらも無知であった。

そして、鏡花ぎおかわりを要求する度に肩をビクつかせる敦に向かい側の紫琴は思わず苦笑い。

唯一の救い、国木田に懇願するも彼はその願いを無情にもバッキバキに切り捨てた。

「あの、此方が払いましょ」
「甘やかすな清水」

と、言い終わる前に儚く消えていった救いの言葉。
嗚呼…さようなら救いの言葉よ。
敦を遠くで見つめる様なそんな視線を送る。
助けたい気持ちは山々だ。
但し、それをするには理想という言の葉に取り憑かれた大魔王を振り切らなければならない。
自分の身の安全を第一に考えた紫琴は心の中で敦に謝罪した。


暫く食に無我夢中になっていた鏡花は一息ついて件の概要を説明し始めた。
鏡花の両親が他界してから孤児となった彼女はポートマフィアに拾われたという。
だが、それは只の温情などではない。
腹の計画は彼女の異能【夜叉白雪】の利用。

殺戮に特化した【夜叉白雪】は電話の受話器くら発せられた声だけ従う。
つまりポートマフィアからしてみれば彼女は【良い駒】というわけだ。

「電話でその夜叉を操っていたのは誰だ」

国木田が問いかける。
これ迄に35人殺したことが彼女の不本意ならばそれを陰で操っていた人間が居るはずと踏んだのだろう。

「……芥川という男」

たった一言、男の名を発しただけでも敦たちを動揺に陥れるのは十分過ぎた。
しかし、国木田は冷静を保ちつつ納得した表情でそうか。と返した。

その後、国木田は敦を連れて一旦外を出た。
これからの行動を伝えるのだろう。
紫琴は国木田から鏡花の保護兼監視を事預かっている。

「あの…」
「…?」

ふと隣に座っていた鏡花がこちらを見上げ口を開いた。
何か物言いたげそうな表情だ。

「貴方の過去に何かあったか分からない…でも、…ポートマフィアと貴方の過去は関係ある?」
「…如何してそう思うのですか?」


「私が話している時、悲しそうな顔してた」

悲しそうな顔…此方が?

あまりそういった感情や表情は表に出さないように努力していたつもりだったが…もしや自分は顔に出やすい質(タイプ)か?
なんて21年間生を受け続けていたのに関わらずここで新発見だ。

「嗚呼…そうですね。少しだけ…貴女と重なる部分があったから…でしょうか」
「…?貴女もポートマフィアだったの?」
「いえ?此方の過去は至って普通でしたよ。だけど…」

歯ぎれ悪く、言葉を濁す紫琴に鏡花が不思議そうに見上げる。

「…だけど、或る時、突然普通が普通じゃない人が眼前に現れて、此方の人生の全てを狂わせた…というべきでしょうか」
「…?よく分からない」
「要は此方はポートマフィアの捕虜だったのですよ。でもそれは貴女みたく異能力目当てではなかったのですが…。只個人の欲求でポートマフィアの地下監禁室に1年間、座敷牢に1年間、そしてその人が所有する部屋で3年と半月で計5年間監禁されていました」

「……」

鏡花の表情は目が見開かれている状態だった。
驚愕、そんな言葉が一番相応しいだろうか。

しかし、一体何が悲しくて自分の生の5年分をあの男の傍に居ることに費やさなければならなかったのか今になっても解せない。
この5年があったこそ今がある…これを要約するとあの男に生かされたような文脈だが完全に間違っているとは云えない。
確かにあの男が匿ってくれなければ今頃己は肉塊が腐敗しているだろう。

そんな事を思っていると国木田と話していた敦が戻って来た。

「中島君、国木田さんは?」
「あ、国木田さんは探偵社に戻りました。き、急用とかで」
「そうですか…。では、そろそろ行きますか」

そう云って立ち上がり襖を開けようとすると後ろから驚愕と呼び止める声が聞こえた為一応振り返って

「料金は矢張りご自分でお支払いくださいね。中島君」



敦と鏡花は仲良くとはいかないが年相応のカップルの様に見えるのは後ろから見守っている紫琴だけだろうか。
あれから、クレープを食べたり横浜内の有名地を巡ったりマフィアに居たら絶対にできない事を今ここで満喫している。
少なからず鏡花はこの時間を幸福に思っているだろう。

しかし、そんな幸福な時間はあっという間に砕け散るのであった。

「鏡花ちゃんまだ他に寄りたい所はありますか?」
「….あと一カ所」

敦と紫琴の場合この時間は幸福に思っているであろうが彼女の恐ろしき体力にヘトヘトだったが、とある交差点で鏡花が立ち止まった。
青信号にも関わらずにだ。

「あそこ」

そう云って指を差した先にあったのは年相応の女の子が行きそうな洒落ているブランドショップでもなく一つの交番だった。

「もう…十分に楽しんだ」
「でもっ君は捕まれば死罪で」

そうだ、国木田が云っていた。35人殺しならまず死罪だと。
しかし、それらも全て彼女がやった訳ではない。
全ては【あの男】が陰で操っていたわけであって彼女のせいではない。
しかし、もし彼女が公然に出たとして世の中は彼女を人殺しと罵り続けるだろう。
まったく不公平な世の中だ。

「貴女、死ぬことは怖くないの?」
「例え、マフィアに戻っても処刑されるだけ。どのみち私には生きる選択がない。だったら私は組織に裏切り者として死ぬまで弄り殺されるより公正な元で処罰を受けたい」

耳を疑った。
本当に彼女は自分の齢以下なのだろうか。
年相応ではない決意と覚悟が見える。
彼女は残りの人生を罪を償うことに費やす心算だ。

そう云い合っている間に歩行者側の信号が青になった。それと同時に鏡花が躊躇わずに足を進み始めた。後ろだからこそ彼女の表情は分からない。

彼女はどんな顔をしているのだろう。

そんな事を思っている合間にも鏡花の足は止まることはない。
敦は何か声を掛けねばと頭の中で試行錯誤を繰り返した。
どうすれば彼女を引き留められるのか。

敦は暫く考えたあと大きな声で彼女を引き留めようとした。


だが、それも無情に引き裂かれた。
敦にとある黒い物体が突き刺さったのだ。
人間の原動力の源、強いては【心臓】に

紫琴は瞬きをせずその光景に硬直した。
絶句。
その言葉が相応しい。

しかし、人間は瞬きをせずにいると目が乾燥するため視界が困難になる為一度瞬きをするともうそこには敦の姿はなかった。

そして、聞き覚えのある低い地を這いずるような声が響き渡った。

「処刑?」

見たことのある黒い外套、見たことのある異能力。
何故この男がここに居る?

紫琴がもう一度瞬きをした瞬間脇腹に感じる感じた事のない痛感。
口から吐き出されることはない何処までも赤いもの。
刺されたと気付いた時にはもう自分の身体は地面に横たわっていた。


最後に見えた光景は敦をトラックに投げ込んだあと鏡花に近づいて髪を鷲掴みにした芥川という驚愕のあまり座り込んでしまっていて表情が恐怖に染まった鏡花の姿だった。


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