Detective Boys

此処は……何処?

〔おい…此の女如何する?〕
〔如何って、脱獄犯だぞ?死罪に決まっている〕

……誰だ?誰と話している

〔だが俺たちの独断で殺す訳にもいかないだろう。首領の判断を待とう。一応首領も此の女に目を掛けているという噂も聞いているし下手に殺せば俺たちも独断行動で処刑されるかもしれない〕

首領…?何、何の話をしているの?

〔地下監禁室にまた戻すか?〕
〔それがいい。丁度中原幹部がご帰還なされたからその人の判断を待つことにするか〕

「ん…んぅ」
「!?お、おい…起きたぞ!ど、如何する」
「莫迦が。鎖は付いているしそれに此の鎖は此の女の異能力封じに取り寄せた特注の鎖だ。切れることなど万一にもありえん」

そう会話しているのが薄ら薄ら聞こえる。
鼓膜が機能していないのだろうか。
そして芥川の異能力によって致命的な損傷を受けたのもある為いまいち視界もぼやけて見える。

紫琴は自分の全神経に命じ視界を復活させた。
自分の脇腹を見れば潔白なブラウスがある一点だけ赤く染まっていた。
嗚呼…勿体無い。

「芥川さんの攻撃をもろに受けたんだ。そう易々と起き上がる訳ないだろ。それに、…ほらもう着いたぜ」

そう云って一同が止まった場所はとあるビルディング。
高層なだけに上を見上げるだけで首の骨が持っていかれそうだった。

「ここ…は?」
「良いから歩け」

もう捕まえとかなくてよかったのか手荒に手を離し
紫琴を背後から押して足を進めることを促した。
その反動で一回よろつくも体勢を立て直し前へと進み始めた。

それから階段を下へと降るというだけだったが、随分長く降っているような感覚だ。
こうなるのならいっその事エレベーターにしてくれたら良いのに…と心中で愚痴るも万一にも言い出したら何されるか高が知れている。

そうして、最終階を降ったらと或る薄暗い廊下に出た。
視界が乏しく奥の方まで見るのは困難だが紫琴は此の場所を知っている。
今日(こんにち)鏡花に5年前の自分を告白した内容とその場所が一致する。

地下牢。
そして、その扉を開け其処で鎖に繋がれた瞬間、その者に来るのは幸福など巫山戯た話。
絶望に切望、恐怖に困惑そして、外へ出ることへの渇望それらの感情や欲望が身体の隅々まで繁殖に軈ては壊れる。

しかし、紫琴は決して身体や精神に関わるような拷問は受けていなかった。
只或る男に愛を囁かれ続け、愛撫でられ狂気にも似た愛情を与えられ続けある意味、精神に関わるものだったが通常と比べられると正しく天国と地獄だった。

そんな昔の事を思い出している内に一つの扉の前で止まった。

「此方を如何する心算ですか…?」
「貴様を中原幹部に引き渡す。まあ、中原幹部は貴様に対して酷くご立腹だからな…精々死なないようになっ!」

そうして一人が扉を開けたかと思うともう一人が思い切り紫琴の彼女を蹴り飛ばした。
飛んでいる…
そう紫琴が気づくときには既に滞空時間のリミットが迫っていた。

そう思ったところで、滞空しているときに体勢を立て直すなど凡人に出来るはずもなく…
そのまま横になって階段に身体を打ち付けた。
その反動で直接的なダメージを負った右半身、強いては右腕は折れていても可笑しくはない。

階段は意外と段の連なりがあってそのまま雪崩れる様に転がっていった。

あれだけ転がって行けば何処かしら頭は打つだろう。
そんな混濁とする意識の中、ふと見えたのは件の中原幹部と云われた男、中原中也とそれと対峙している行方知らずだった太宰の姿でその二人が面白い程同じ位目を見開いて驚いている姿だった。



一方で、探偵社は敦と紫琴の行方を探るの為探偵社員総出で彼らの捜索に当たっていた。
元を辿ると、今日は省庁幕領の護衛依頼で探偵社は多忙であったので敦と紫琴の捜索は後回しにしようとしていたのだが社長の一喝と指示により3時間以内と云う時限(タイムリミット)の条件付きの俗に云う無償(タダ)働きだ。

会議で敦を投げ込んで連れ去ったとされるトラックの目撃証言を元に密輸業社を充てたは良いが潜入した谷崎に依れば全員口封じで芥川に殺された。

唯一無二と云っても過言ではない情報が水の泡となった。
しかし、まだ希望は残っている。
それを知ってか福沢は完全に怠けきっている乱歩に推理するように促した。

面倒くさがり屋な彼が【褒める】と云うだけで動いたのは国木田たちは少々驚いたが乱歩がやる気になってくれた程心強いものはないだろう。

彼の異能力___《超推理》はありとあらゆる難事件を解決する異能力。
遺留品や現場が無くとも此の男には全てが見える。

そうして、異能を展開して充てて出た場所は【海】。

だが、

「其処に敦くんは居るけれど、清水は居ない」
「それは如何いうことだィ。紫琴が居ないってのは」

「清水は……紫琴は密輸船よりももっと恐ろしい処に居るだろうね。確信はしてないけど」
「乱歩、それは何処だ」

厳しかな表情で問いただせる福沢。
乱歩は閉じていた瞳をすっと開け口を開いた
其処は、乱歩の云う通り恐ろしくて凡人では寄り付けない処で____


「紫琴の居場所は___ポートマフィアだ」



〔おい、太宰。此の女真逆…〕
〔中也、汚い手で私の奥さんに触らないでくれよ。穢れる〕
〔あぁ!?手袋越しだろうが!それに手前、既婚だなんて嘘だろ〕
〔何でそう思うの?〕
〔手前のその面見れば一目で分かる〕

嗚呼…何て耳障りな会話だろう。
デジャヴとはいえ先程の部下たちの会話より聞きたくない会話の内容である意味耳が痛くなる。

今回は其の儘眠っていたかったのだがここだけ要らない救済で脳が目覚めるように全神経に命令をした。
先刻(さっき)は自分の気力で起こさせたのに…可笑しな話、自分の脳との利害が一致しないらしい。
脳も自身の一部だというのにだ。

そうしている間に段々瞼が上がりとうとう目が覚めてしまった。
そして、一番に飛び込んできたのは太宰の幸せそうな笑顔だった。


「あ、起きた。おはよう紫琴。3日振りだねよく眠れた?」
「…」
「うん。元気でよかった」

自分が彼に向けてテレパスを送った積もりは決してないが、彼はそれを勝手に受信しあまつさえ、勝手な解釈をして会話を無理矢理成立させた。
詰まり話を聞いていない。
しかし、彼が云った通り3日振りで太宰の安否を毎日気にしていた為この瞬間彼が無事であることを心から安堵した。

そんな空気をぶち壊す声が嫌にこの部屋に反響した。

「おい手前、清水紫琴だろ?何で脱獄犯がこんな処に舞い戻って来やがった。己の生に愛想が尽きたか?」
「……」

「違う違う。中也、紫琴は私の可愛い奥さんだよ」

手前は黙ってろ!と云って初対面でガン飛ばしてくる人物はこの男で最初で最後だろう。
全くもってこの状況が理解できない紫琴はこの【ガンつけ帽子】と【自殺愛好者】と云う史上最恐最悪な組み合わせ。
いろんな意味で背筋が凍る。

「此方は…芥川に…そうだ、中島くっ」

そう云って飛び起きようとしたのだが、すっかり手枷が嵌められていたことに気づかずに腕を持ち上げたせいで枷の金属部分と皮膚が擦り合わされ摩擦が起こり、皮膚に擦り傷を負った。

譬え擦り傷でも摩擦が起こった瞬間は激痛に走る。
紫琴はその激痛に思わず身を屈めた。

「如何したんだい?紫琴……嗚呼、何ということだ。手枷を嵌められて擦れて傷ができたんだね可哀想に。…そうだ。私の可愛い奥さんに傷を付けるような手枷を嵌めた者に罰を与えなくてはね」

まるで、涙を流すという仕事に熱心な生まれたばかりの胎児をあやすかの様に優しい手つきで紫琴の封じられた手を包み込み何処から取り出したのか金具を取り出し鍵穴に差し込み解錠した。

この男の動作と言っていることが真逆である。
手つきは紳士そのもの。
目は残酷の色に染まっていた。
紫琴はこの男のことを誰よりも理解しているからわかる。

この時の太宰は本当にやりかねない。

「傷は…大したことありません。そんなことよりこんな処で油を売っている場合では」
「私からしてみれば君の負傷は【そんなこと】では済まされないのだが」

この男は何時もそうだ。
本人が大したことはないと云っているのに決まって大事にする。
ふと、昔の事を思い出すが本当に嫌な思い出だ。

「で、太宰。望みは何だよ」

中也と呼ばれる男は行くに放って置いたジャケットを手に取ると肩に掛けて太宰たちに背を向けて扉へ方向転換した。
太宰と中原は紫琴が飛び込んでくる前に取引をしたのか太宰はその問いかけに「さっき云ったよ」と返す。

一体何の事だろうと首を傾げる紫琴だったが、内容が人虎即ち敦に関わる情報は芥川が仕切っていたとされ二階の通信保管所に記録が残っているらしい。

何やら大事に発展して行っていることに紫琴は思わず冷や汗をかいた。
通信保管所ということは何処かしらの組織とネットワークで繋がっていて、組織と繋がっているということは貿易だ。
芥川は敦を連れ去って行ったが場所は分からない。
しかし、人虎の件が芥川の指揮のもので動いているのだとしたら敦は今かなり危険な状況に冒されている。
敦が何処かに収監されているならば吉。芥川と一緒なら凶だ。

「…用を済ませて消えろ」
「どうも。でも一つ訂正」

そう云うと中原が立ち止まってこちらに振り向く。

「今の私は美女と心中するのが夢なので君に蹴り殺されても毛ほども嬉しくない。悪いね」
「あっそう…じゃあ今度自殺志望の美人を探しといてやるよ」

敵対同士にそこまでやるのかと問いかけたくなるが如何やら、早く天に召されろと云う意味だったらしい。
まあ、当然だろう。
中原は紫琴が転げ落ちて来た階段を登って再び立ち止まり振り向いた。
先刻と少し違うのが顔が憎悪に染まっていることだろうか。

「云っておくがな、太宰。これで終わると思うなよ?二度目はねえぞ?」

一体この数十分の間に何が起こったのだろう…
ふと、今気づいたが太宰の鎖が外れているのに加えて何故壁が凹んでいるのだろうか。
この空間が既に謎だらけである。

「違う違う。何か忘れてない?」

相変わらず戯けた口調で相手を茶化す。
何かの確信を持ってか紫琴は太宰の顔を見上げた。

案の定、表情がこの時間を楽しんでいた。

中原が何か悶えている。
一体己の中の何と戦っているのだろう。
暫くして決心がついたのか中原は【内股】になってこちらに指を差した。
そして…

「二度目はなくってよ!」

………。

如何やら、少し頭の中を整理する必要があるみたいだ。
何故あれだけガン飛ばしてきた男が最終的に内股となって俗に云うオネェ口調で敵の決まり文句を云っていたのか。
ふと、隣を見ると太宰は大爆笑。
それもお腹を壊す勢いだ。

そして、紫琴はこう思っただろう。

「(鬼だ…)」

成る程。先刻、中原が己の何かと戦っていたのは自身の【プライド】とだったのか。
中原に何時までも残りそうな心の傷を負わせたことに敵ながら心の中で謝罪する紫琴。



「却説、邪魔者も居なくなったことだし…安心して調べられる。行こうか紫琴」

そう云って手を取られて同じく扉に向かおうとする太宰に紫琴は引き止めた。

「あの…此方は中島君を助けないといけなっ」

そう云いたかった。反論したかった。
自分が怠っていたから敦や鏡花が連れて行かれた。
だったら自分の所為で彼らが連れて行かれたのならば責任持って彼らを連れ戻す義務がある。

しかし、そんな願望はこの男の前では最早無意味だ。

「君は私より敦君を優先するのかい?それは可笑しい。敦君が今行方知れずで何も手掛かりがないまま捜すのは只労力の無駄遣いだ。
何よりも…今ここで独断行動を取ると敵に見つかってまた昔に戻ってしまうよ?ここは敵の本拠地。迂闊に行動するのは善くない」

舌に油を塗ったくったのかと思わせる程の饒舌に紫琴は思わず身を引く。
そこまで紫琴を敦の元へ行かせたくないのだろう。
それを証拠に先程よりも手を握る力が増加している。離したくないと行動でそれを拒んでいる。

「紫琴、返事は?」

この時の太宰は嫌いだ。
まるで、聞く耳を持たない我儘な子供に言い聞かせるように囁く呪文の様な言葉。
有無を云わせないような自分を優先するのが当たり前のような口振りに溜息を吐く。


「……はい」

もし、万一にもこれを拒絶すればこの男は如何するのだろうか。
そんな要らないことを思っていれば、目の前にいる太宰は幸せそうに微笑んで頭を撫でて耳元でまるで投げたボールを主人に届けた犬を褒めるように囁いた。

「…良い子だね」


果たして彼は彼女の事を【大人の人間】だと認識しているのだろうか。


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