たえまなく過去へ押し戻されながら

あれから行方知らずとなっていた紫琴と太宰、そして芥川によって連れ去られた敦が無事に帰還し探偵社に再び何も変わらない活気が戻ってきたのである。

少し変わったと云うならば、一時匿っていた鏡花が新たに入社したことだろうか。
早速太宰は彼女を敦の部屋へ送り込むという彼なりの厭がらせを行使した。
鏡花はというと彼女なりに敦の朝飯の配膳まで難なくこなしているが、敦的には起きた際に一番に見るものではないことは確かだ。
早朝と云える時間帯ではないが心臓に悪いことをしてくれたものだ。
こんな事を思いつくのはたったの一人だけなのだが……


「同棲なんて聞いてませんよ!!」

案の定というか、何というか…
思った通り、敦の【知らなかったですパターン】の虚しい叫びは探偵社を飛び越え活気溢れる街中までに及んだ。
敦はこの虚しすぎる叫びの一言に身体の神経と体力の全てを賭けたのか息を荒くしている様子。

対して怒りや不満の矛先を向けられた当の太宰は至って冷静に答えた。

「部屋が足りなくてねえ」

と。
かと云って、普通男女共に一つ屋根の下で夜を明かすのは如何なものか。
太宰曰く、まだ新米の二人には家賃折半が財布に優しいと云うが、問題点はそこにはないと思い敦は中々喰い下がらない。
鏡花は指示ならば仕方ないと元ポートマフィア直轄の暗殺者ならではの意見で同意したらしいが矢張り敦は流石にそこは安易に考えてはいけないと首を縦に振ることはなかった。

故に太宰は強行手段の手筈を行使した。
彼女の過去や先日の件もありポートマフィア側の刺客が報復にと奇襲をかけるやもしれんと云って、鏡花の独り暮らしの危険さを敦に教え込むかなり姑息な手段。
しかし、敦は優しい人間。
自分のことよりも他人の事を第一に考えるお人好しだ。
そして、止めの太宰の敦に対する期待と任務という言葉を使った結果、最終的に敦は太宰の言葉を信じやっと首を縦に振ったのであった。

「判りました!頑張ります!」

一方でそれを近くで眺めていた者たちはというとだが、
「(太宰の奴、また敦であそんでいるな…)」
と云って呆れたように呟く理想主義者だが、一切止めようとはしない割と非道な男。

「(姑息な大人ですね…。まあ何時もの事ですが)」
そう云って最初は苛立ちを含んだ呟きだったが彼の性質上今に始まった事ではないのでどこか納得した様子で彼女もまた止めようとは一切せずに傍観を決め込むのであった。

意外と平和主義者の国木田と紫琴は黙々とパソコンと向き合い報告書を打ち込む他、書類の整理を行った。

すると、国木田は太宰に声を掛け、ポートマフィアに囚われていた件の報告書を出すように促すも、

「好い事考えた!国木田君じゃんけんしない?」
と云って正に好い事を思いついたような子供の様な様子に厭な予感というよりもほぼ確信に近い何かを本人が行使する前に逸早くそれを躱した。
要は報告書を書くのが面倒くさいのだ。
そして、国木田がじゃんけんという賭け事に対して貧弱過ぎるいうことを知ってかしらずかで敢えてこの賭け事を持ち込もうとしたのだ。

一体何処まで姑息なのやら…。

国木田という候補(ターゲット)が消えた今、有効的な候補が残っているのは2人。

太宰はニヤニヤと悪戯の算段をしている子供の様な卑しい笑いを溢しながら国木田のオフィスの前のオフィスに座っている者の頬をツンツン突きながら声を掛けた。

「ねえねえ紫琴、愛しい旦那様の危機(ピンチ)だよー?私の可愛い奥さんは旦那様である私を助けてくれるよねえ?」
「…いえ?助力する価値も無いかと」

___僅か5秒足らずで会話終了のお知らせ。
紫琴は太宰に一切視線を合わせずに目の前のパソコンにだけ視線を注いだ。
これが夫婦というものなのだろうか。
それにしては少し温度差が激し過ぎではないか。

譬えるならば、太宰が地獄の様に熱いマグマの谷底だとしたならば対しての紫琴は極寒の中の雪山の様な大差だ。

敦はそんな二人を見守っていた。
幾ら彼女の非道で突き放す様な言葉を吐いても彼はそれを難なく乗り越えてきた。しかし、今のは流石に傷ついたのではないかと思い、見守っている筈なのに少し太宰の傷付いている新たな一面を見たいというそれこそ非道な気持ちが押し留められず太宰に視線を移せば敦のそんな期待はまんまとぶち壊され…。

顔を上げた太宰の顔は見ている方が辛い程幸福で染まっていた。

「嗚呼!何ということだ!私の奥さんは私に助ける価値、即ち"生きる価値が無い"と仰った!悲嘆で胸が張り裂けそうだが、こんな紙切れの為なんかに生きる私に生きる価値など無いのだよ。そう、私には愛してやまない可愛い奥さんが居る!私は奥さんの為だけに存在する。そう、可愛い可愛い私の紫琴の為だけに…」

見事なまでに意味を履き違えた儘長々と喋り終われば紫琴の下に跪き一番近い右腕を捕らえ右手を優しく包み込めばそのまま手の甲に口付けた。

その仕草は紳士そのものであり、普通の女性だったら軽く堕ちるだろう。
しかし、紫琴はそんな反応とは真逆で壊れた機械の様に頭をギギギと敦たちの方へ向ければこの一言。

「…怖い。助けて」

人はここまで意味を履き違えられるのかと本気で恐怖心を抱いた紫琴は震えた声で周囲に助けを求めるが、悲痛な助けの声を聞いた内の一人でもある敦は助けたい気持ちはある。
しかし、あの男に立ち向かっていく勇気は無い。
すると、太宰の背後から影が見えたと思いきや国木田が太宰を背後から蹴り飛ばし紫琴を救ったのだ。
この男が求めている女性の理想像が悲惨と今蹴り飛ばされた男の柵がなければ紫琴は間違いなく堕ちていただろう。

▽___気を取り直して。

「敦君、今日は君に報告書の書き方を教えようと思う」
「こ…この流れでですか?」

本当にこの流れでだ。
よくよく考えれば紫琴に迫った時は一体彼は何がしたかったのだろうか。
人の仕事を妨害し、意味を履き違えても尚それに気づかずに彼女に愛を伝える。
報告書の件は何処に行ったという変な時間が流れていたようだ。

しかし、太宰は急に表情を険しく見せ真剣な表情に変えた。

「君にも関わる話だよ。君に懸賞金を懸けた黒幕の話だ」

太宰がそう告げれば敦の顔は驚愕の色に染まった。
太宰が云うに、マフィアの通信記録に依れば出資者は「組合(ギルド)」と呼ばれる北米異能集団の団長らしい。
だが、国木田が云うに「組合」その物はあくまで都市伝説に過ぎないようだ。
構成員は政財界や軍閥の要職を担う一方で膨大な資金力と異能力で数多の謀を企む表裏の所謂秘密結社。

「話に依れば、中島君は芥川に密輸船で連行されてたとお聞きしました。密輸船の行先はその出資者の元では?当初の計画では取引の算段があったとか」
「仮にそうだとしてもだ、第一そんな連中が何故敦を?」

国木田の疑問は敦の中にもあったようだ。
70億の賞金を賭ける程敦を欲しがっている「組合」の団長。
太宰は当事者に直接聞くしか術が無いと云った。
しかし、只でさえ都市伝説扱いされていてかつ居場所すらつかめていない状況では遭うのは不可能に等しい。

そう一同が悩んでいる時だった。
谷崎が血相変えて探偵社内に飛び込んできたのは。

▽___「た、大変です!」

そう顔の血相変えて飛び込んできたのは谷崎。
それと同時に聞こえる如何にも電動力で浮いている音が街中を一際騒がしくさせた。
その音を聞いた瞬間、探偵社の者でも察しの良い人間だけが一斉に窓辺の方へ駆け出した。

窓を覗けばあまりにも街中には不釣り合い過ぎる無機質な滞空専用の乗物。
暫く滞空してから街中にそれを着陸させてから開いた先には如何にも上質な生地で仕立てられたスーツを纏った金髪の男。
その後ろから赤毛の少女と男が一人ずつ降りてきた。

金髪の男は探偵社のある階を見上げ卑しく笑って見せた。

「….成る程、あれでは70億円などと馬鹿げた賞金を懸けたのも頷ける」
「云いたいことは分かるよ紫琴。でもまあ…先手を取られたね」

男達がビルディングの中に入っていた後、紫琴は暫くの間街中に堂々と置かれていた【ヘリコプター】を忌々しく見つめていた。


▽__後日、白昼

先日の組合ギルドの団長が探偵社を突如訪問した後、社内は稀に見る混乱が襲った。

"七階建てのビルディングの消失''

朝刊にも、報道ニュースでも同様の話題が持ち上げられていた。

一部の情報筋では消失した建物はポートマフィアのフロント企業が入っていたらしい。

ポートマフィアと組合ギルドには人虎もとい敦との取引先という大きな関わりを持っている。
そして、先日の芥川と敦の一戦にてその取引は行われなかった。

それが原因だとしたら、この事件はポートマフィアに対する見せしめと探偵社に対する警告であるだろう。

しかし、事はそう簡単ではないのが現実だ。

「やはり寮にも賢治君は居ません」

谷崎が血相を変えて国木田に伝えた。
彼の手には賢治の象徴とも云える麦わら帽子。

如何やら今度の標的ターゲットは探偵社らしい。それも人員の行方を晦ます事の大きさを知らしめるようだ。

「谷崎、これ以上単独で動くな。敦と組んで賢治を捜せ!太宰は俺と会議室に来い、社長会議だ!」

国木田が谷崎にそう令を下せば次々と動き始める。
そんな中で紫琴は自分は如何すれば良いか右往左往していた。

ここは、敦たちと共に賢治の捜索に回った方が良いのかと思い続こうとしたら、ふと太宰が彼女に声を掛けた。

「紫琴、おいで」
「し、しかし…社長会議に此方は不要では?国木田さんは太宰君だけを指名されてましたし」
「良いから。…おいで」

自分の言葉を遮られて言い放たれた。
流石に太宰もこの状況に至るのは予想していなかったのか若干の苛立ちが見て取れる。
紫琴は不満を持ちながらも太宰に従った。


「敵と接触しても戦わずに逃げろ!」

国木田が振り向き様に云った言葉は敦たちに果たして届いたのだろうか。


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