初めての御使い

▽___泉鏡花、初任務。

探偵社のとある一室の扉の前、二人の少女と女性が。
ここでは他で人員が忙しく動いていた。
そんな中鏡花はその一室の扉から敦が出てくるのを落ち着きなしに待ち構えていた。
その横には紫琴が共に佇んでおり時折彼女が

「そんなに楽しみですか?」
「だって…初任務」

と云って会話を仕掛ける。
すると、程なくして待ちに待った扉が開き敦が一つの茶封筒を片手に笑顔で仕事を持ってきたことを伝えると、鏡花は待ってましたとばかりに目を輝かせた。

初めての御使い
For the first time of the angels



「何はともあれ、ご無事で何よりです中島君」
「あ、ああ…有難う御座います清水さん」

先日のモンゴメリとの一戦から敦と谷崎にナオミ、そして行方知らずとなっていた賢治が戻ってきた。
話に依れば、二人はモンゴメリを制圧したという功績を残したらしい。

「それにしても…清水さん良かったんですか?」
「ん?何がですか」

敦が急に話題を変え問いかけてくるものだから一体何を指しているのか分からずについ質問を質問で返してしまった。

「僕と鏡花ちゃんと一緒に行くの…太宰さんは納得しなかったんじゃ…」
「嗚呼…。別に彼の意見を隅から隅まで尊重する必要はなかったのでこの任務については彼には何も話していません」

あれ?これは後々僕の身の危険が及ぶんじゃ…。

そんなことを思うのも無理もないだろう。
事実、前科がある為敦的にはあまりこういう事は控えて欲しいと切に思う。
彼の嫉妬の念に駆られた目で睨まれたら百獣の王ライオンがただの猫に成り下がる程に恐れ慄くだろう。
嫉妬とは恐ろしいものだ。と、要らぬ再確認ができる。

「太宰君の件はそこら辺に置いておいて…はて、鏡花ちゃんの初任務とは一体どんな内容なのですか?」
「ああ…えっと、任務というよりも御使いに近いものなんですが…はい。鏡花ちゃん」

そう云って鏡花に差し出したのは件の茶封筒。
どうやら判事に重要証拠を提出するという任務。
敦の云う通り、これは任務というよりかは御使いと云った方が相応しいだろう。
しかしながらたとえ小口の仕事だろうと社長直々の依頼な為重要なのは確かだ。

「判事に重要証拠を提出…ですか。…鏡花ちゃん顔が険しくなっていますよ。もう少し肩の力を抜かれた方が」
「大丈夫。必ず成功させる」

紫琴が心配そうに鏡花の両肩に手を添えれば鏡花は気合の入った返答をする。
それは彼らに云っているのか、それとも己自身に云い聞かせているのかは本人しか分からなかった。

敦はそんな鏡花の様子に関心の意を込めて最初の仕事だから故に気合が入っているのかと聞いたのだが、彼女の返答は首を横に振った。
即ち否定だった。

「最初の仕事は建物に潜入して二人殺すことだった」

その言葉が如何いう意味を指すかなど分からない程彼らも子供ではない。
敦はふと、密輸船にて芥川と対峙した際に彼が云い放った言葉が脳裏に浮かんだ。

『他者を弑す時のみ鏡花は強者だ』

『人を弑さねば無価値』

彼の言葉が彼女の胸に錨の様に重くそして深く突き刺さったのか次第に鏡花の表情が固くなっていく。

「私…頑張るから」



「…入れない?」

裁判所館内での第一声は戸惑いの色が浮かぶ鏡花の疑問を持った言葉であった。

警備員に依るところ、入館するには許可が必要とのこと。
手続書類に記入し受理まで行われるまではそこから先は通れないと云うのだった。

それを遠くで様子を見ていた二人は

「中島君、社長は…そこまでお話しされませんでしたか?」
「いえ、何も云ってなかったし…多分社長の方でやってくれたとは思うんですが」

如何やら二人もこの展開は予想していなかった様だ。
暫く陰に身を潜めて様子を伺っているが次第に周りからの視線が痛くなり居た堪れなくなるが何とか堪える。
彼女も彼女なりに警備員に説明している様だったが聞き入れてもらえないらしい。

「あ、戻ってきましたよ」

………

「どうも連絡の行き違いみたいだ。あの警備員さんを何とかしないと」

警備員に視線を向けながら対策を練る敦。
如何やら定刻にも差し迫っているようで彼らもそろそろ焦り始めている。
そんな中鏡花がある提案を出す。

「え…消す?」
「探偵者はそう云う仕事の進め方はしません」

如何やら彼女は自分提案というより暗殺計画を実行したいらしい。
それをすかさず突っ込む敦。
その様子を見て微笑ましく見守る紫琴。

彼女が暗殺者時代に教わったことは色仕掛けで人目の無い場所に誘い込んでから一刺しという、そんな事を幼き頃から遣らせようとする組織に疑問を抱かざるを得なかった二人。


そんな中、遠くの廊下からお目当の判事が歩いている姿を目にした鏡花。
しかし、その前にも警備員が立ちはだかる為判事に近づくことすらできない。
鏡花は必死に呼ぶが当の男は全く耳に入れずエレベーターで上に上がって行ってしまった。

という経緯がある為今現在、裏ルート。所謂関係者以外立ち入り禁止の扉の前にて鏡花が金具を使って鍵を開けようとしているところだ。

それを焦った様子で周りを見る敦。
それもそうだろう。こんな所見つかったら懲戒免職どころでは済まされない。
敦は他に対策が無いことは分かっているが流石にこの方法には抵抗があるのか鏡花を止めようするも鏡花は構わず鍵を解錠し彼らに振り返ってこう云い残して行った。

「大丈夫。必ず仕留める」

そのやる気に満ち溢れている気持ちには感心するが、彼らの脳内にて今鏡花が云い残して行った言葉を反復リピートする。

必ず仕留める…必ず、仕留める。
必ず……仕留める。……仕留める?

「「……ん?」」


鏡花が何やら物騒な言葉を残して行ってから敦達の様子は途端に落ち着かなくなっていた。
殺したりしないだろうか。とか警備員に捕まらないだろうか。とか既に保護者目線だ。

その時、その落ち着きのない彼らを黙らせるかのように紫琴の携帯に着信が入った。

着信元は…云わずとも知れている。

「清水さん…お願いです。出てください」
「しかし…このままでは」

「出なければ着信音で誰かに見つかってしまいます。…お願いです」

まるで神に信仰する聖者のように懇願する敦の様子に苦虫を潰したかのような表情で渋々紫琴の指が携帯の通話という部分の釦へと運ばれた。

「…はい。清水です」
《紫琴、今何処に居るんだい》

声の主は案の定であった。

紫琴が応答し終わる前に間髪入れずに問いかけてきた彼女にそれこそ信仰以上の愛を伝う者。

「…何処にって…依頼先ですが」
《私はそんな話を聞いた覚えがないんだけどね。まァ、それはさておき君、今誰と一緒に居る?》

寧ろ其方の方が如何でも良くないか?
しかしながら、恐らく彼は社内に居るだろう。紫琴と敦等が不在ということにとっくに気づいている筈だ。それを承知の上で今彼女に連絡したに違いない。

「太宰君、今は任務中です。事情が知りたいのでしたらまた後で掛け直します」
《あっ、一寸紫琴っ》

一方的に会話を終わらせた紫琴に敦は唖然と見つめていた。

「…何か?」
「い、いえ…」

本当は一方的に切って良いのだろうかとか太宰に事情を説明しなくて良いのかとかあるが彼女の気まずそうな視線に込められた意味を読み込みそんな思いは呑み込んだ唾液と共に彼の身体へと下流していった。

何も聞くな。

その視線が全てを物語っていた。

「そ、そういえば鏡花ちゃん、判事に渡せたんですかね」
「あぁ…そうですね。少し…厭な予感がしますが」

紫琴のその厭な予感というものは当たり、この後判事を攻撃してしまった鏡花について深く謝罪する保護者二人であった。


prev | next
【bookmark】
BACK TO TOP

ALICE+