/ / /
都内撮影現場
世羅は今翔と共にとある現場を訪れていた。
それは翔が出演するという【ケンカの王子さま】の特番の撮影現場だ。
この作品には龍也が主演を勤めているとのことで翔としては憧れであった龍也との共演を楽しみにしていたらしい。
だが、世羅としては微妙な気持ちだ。
何せ、相手が相手なのだから。
「記念すべき第一回が君だとは…」
「文句言わないでくださいよ。俺だって緊張してんすから」
翔からしてみればつい先日、世羅に謝罪し仲直りとまで親睦があるわけではないが何とか対立は一先ず鎮圧された。
しかし、それがつい先日のことで関係を持ち直した為かどこか態度が他所よそしい。
「そんなの
一番目だろうが
二番目だろうが関係ないだろう」
「おい」
少しの怒りと呆れを含んだ声と共に世羅の頭に鉄拳が喰らわされる。
喰らわされた世羅は当然身を埋める。
世羅は姿は見ていないとはいえ、その愛想が皆無な呼び方で正体が分かったのか顔を盛大に歪め、
「龍也…教育者は暴力厳禁では無かったのか」
「煩え。ここは現場だぞ、仮にも関係者が私語なんて言語道断だ。これ以上駄弁るなら摘まみ出すぞ」
「僕は同伴だ。仮にもではなく、列記とした関係者だ。撤回しろ」
「…そうかよ。そりゃあ失礼を、御嬢?」
「全く、巫山戯ているのはどっちだ」
敵対心剥き出しにいがみ合っているとはいえ、翔は自分が尊敬している相手とこうも対等に話している世羅がとても羨ましく思ったのだろう。翔は我慢がきかずに彼らの会話に割り入った。
しかし、翔は今自分がすべきことを忘れてしまっている。
「日向先生!」
「?」
「あの俺この作品が大好きで…憧れの日向先生と共演できるなんて夢みたいです!」
「…そうか。君は龍也のファンか…良かったな?日向せ・ん・せ」
「お前な…」
先程の態度が根に持っているのか仕返しとばかりに茶化してみた結果、盛大に睨まれた。
しかし、翔が歓喜の色に染まっている中思いを龍也に伝えた後に返ってきたのは思いもよらない冷たい一言だった。
「甘えな。お前はもうプロだろ、同じ土俵に立つ役者同士…いや仕事を取り合う立場じゃ敵とも言える……いつまでも学生気分で浮かれていると火傷するぞ」
それは、かつて己が教えてもらっていた教師の面影は一切残さず、厳しく見ているがその視線はまるで自分に敵意を向けているようにも見える。
この一言は教える立場で言っているのではない。プロとしての立場をもって言っているのだと世羅はしみじみと感じた。
「御嬢、撮影がもうそろそろ始まる。付き人は出ていけ」
「…了解」
気を圧されたのは翔だけにあらずどうやら世羅自身にも響いたのか、ここは大人しく引き下がることにした。
ここで一旦龍也の出番は終わり次は翔の出番になったわけだがそのシーンはどうやら高所からジャンプするシーンらしい。
休憩と共に翔のシーンに注目する龍也にさりげなく隣に立つ世羅。それに気づいているのか龍也は特に隣を見ずにただ前を見て口を開いた。
「お前な…」
「早乙女の義娘だと言ったらすんなり入れてくれたよ?あまり権力は好きじゃないけど。
言った筈だよ?この現場において別に僕は"部外者"というわけじゃないんだ」
"それにしても…"と言い目線を少し上げれば果敢に挑戦はしていると言えど中々OKが出ない翔。
スタッフの間ではスタントを使った方が良いのでは…?と口々に言う
しかし、どうしても諦めない翔は必死に手を伸ばして向こうを掴もうとするもその手はただ空気を切り、ワイヤーによって吊られるに終わった。
その姿を見た世羅は苦笑を漏らす。
「あれほどやって出来ないのにスタントを使わないなんて随分と執念深いな。だが、それも時間の問題だね。ちょうど監督も限界を見かねたらしい…って龍也?」
今まで隣にいた長身の影が消えたと思ったらいつの間にやら監督と話している龍也の姿を見つけ素っ頓狂な声を上げた世羅。
そして、ほぼ翔のシーンで留まり本日の撮影は終わったのであった。
▽
――夜
偶然通りかかったところで藍と春歌の姿を見つけた覗いているのはトレーニングルーム内
この二人のことだからきっと…と思い近づく。
「何をしているんだ?」
「早乙女先輩!」
「セラこそ、こんなところを通るなんて珍しいね。というより、ここら辺通るのここに来てから初めてでしょ」
「随分と無駄なデータだな。あとで捨てておけよ」
そう言いながら、扉に寄りかかって中を覗き込むと翔が汗かきながらも必死にバイクを漕いでいる姿が見れる。
それを心配な表情で名前を呼ぶ春歌と、気負いすぎて本来の力が出せていないと言う藍。
彼が言うに、龍也が監督に再トライを頼んだらしい。
「来栖君は…少し龍也と共演することばかりに気を取られているな。憧れるのは良いことだが…共演できるという歓喜で演技に執着がなくなっている。
演技はライブで魅せるパフォーマンスとは違う…歌手は役者とは違う…それがまだ彼は分かっていないな」
「そんな…翔ちゃんは頑張っています。それこそ日向先生と共演できるような実力を身に付けるために…」
「……実力だけで生きていけるような世界じゃない。…なんて、編曲家の僕に言われたって説得力は皆無だろうがな」
と言って苦笑を漏らす世羅。それを知った上で敢えて言ったその真意は誰にも分からなかった。
翌日の夜
「おーい、まだやるのか?」
「やる!やらせてください!」
「いや、やるのは君だから付き人である僕はいくらでも付き合うけどさ…もう真っ暗だぞ?切りのいいところでやめておけ」
そう、未だに一回も成功していないのだ。来る日も来る日も挑めば宙ぶらりんで完結してしまう。
それが堪らず嫌なのだ。だからめげすに頑張っているが…やはり少なからず人には限界というものがある。
それは勿論翔自身も今まで痛いほど思い知らされてきた。だからこそ…諦めるわけにはいかないのだ。己のためにも…ST☆RISHのためにも…
そんな中、不意にこの現場には不釣り合いすぎる可愛らしい声が響き渡った。その声に翔はもしやと思う。
しかし、それは世羅も同じこと。
「……え」
「七海!」
そうそこには何故か翔が居た反対の塔から現れた七海の姿があった。
「お前なんでここに!?」
「忘れ物持ってきたんです。翔くん着替えがないと困ると思って」
いや、確かにそうだ。その辺りとても親切だとは思うが…何故に登ってしまうのか…と世羅はつい頭を抱えたくなるがそれどころではない。今彼女は翔とは違い命綱を付けていない生身の人間なのだから万が一のことがあってはならない。
しかし、その万が一の出来事が起こってしまった瞬間だった
どうやら落ちる寸前だった荷物を掴もうとしたがバランスを崩してしまい春歌が必死に舞台の岩に掴んで堪えている。
「…っ、笑えない冗談はよしてくれよ!」
と世羅は叫び急いで春歌がまだいると信じて今までにないくらいの全力疾走で駆け上がろうとする。が、間に合わない。
「来栖君!!」
「えっ…」
「飛べ!何でもいいから!」
「いやっ、でも」
「七海君が死ぬんだぞ!死んだら…君との思い出も無くなる!全て!」
「っ」
全て本当だ。死んでしまったら…彼女は自分が来なかったら翔に迷惑をかけなかった。
自分が助けることを躊躇していたから彼女は…と悔やみに悔やみきれなくなってしまう。
それを理解したのか翔は意を決して飛んだ。
もし落ちたら…なんていう理屈はどうでもいい。彼女を救えるのなら…それが全てだ。
そう思いを乗せ、必死に手を伸ばし足掻く。彼女を思う気持ちが翔を手を貸したのか…届いたのだ。今まで何度も何度も失敗をして挫折を味わいながらも今ここで彼女を助ける糧となったのだ。
――――
「
馬鹿者!」
室内に響き渡る怒号。まるで古の生物が牙を剥いたかのような…そんな感じだ。
しかし、その怒声は当然世羅なわけなのだが、敢えてここを選んだのは、他人の部屋じゃ忍びないことと、ここが寮内一の防音設備が整っているからだ。
柄にもなく怒鳴るのは無理もない。一端のスポーツマンや度胸のあるやつならまだしも…作曲家…つまり運動とは無縁な彼女があんな危険な現場へ乗り込んできたのだ
誰だって遺憾だろう。
そして、当事者である春歌は彼女から発せられる圧力に怯える他なかった。まるで百獣の王に睨まれた子ウサギのようだ。
「あんな危険な場所にわざわざ来るなど…しかも下で待機していたならまだしも部外者が舞台に立つなど言語道断だ」
「す、すすみませんっ!で、でも翔くんの荷物だったので…それに、翔くんの力になれる今の自分にはそれぐらいしか…できなかったんです」
「…その微力が反って彼の迷惑に繋がったわけだな…ところで、来栖君はどうした」
「あ、さっき翔くんには曲をお渡しました。多分、目を通してくれていると思います」
「…曲?」
「はい、少しでも力になりたくて…」
その嬉しそうな笑顔にほとほと呆れる。今世羅の表情はそんなような感じだ。
自分より他人に力添えをする。そんな彼女を理解できない。
「
これだから気に入らない…」
「え?」
「…何でもない。用は済んだ、子供はさっさと寝ろ。どうせ明日の撮影も同伴するんだろう?」
厄介者を追い払うようにしっしっと手を動かすと春歌は困惑したような素振りを見せた。どうやら忘れてしまっていたようだ。
「あっ、そ、そうでした!…あ、あの…早乙女先輩は」
「行かない、飽きた。彼の失態はこれ以上見ていられないし…それに、僕より君が行った方が彼は喜ぶだろう」
机に両足を組んで乗っけたまま春歌を見据えそう呟いた。
これは彼女なりの最大限の気遣いだった。
気遣いを少なからず受けたであろう春歌は安堵というよりも少し寂しそうに床を見つめている。
「そんなこと…ないと思います」
「は?」
「確かにST☆RISHの皆さんは少し早乙女先輩のことを良くない方だと言っていました。でも…私はそうとは思いません。きっとプロの方から見えるものもあると思います。だから…そんなこと言わないで下さい」
理解できない。何なんだこの女は。
翔が喜ぶことと彼女が僕に対して思うこと…関係がないだろう。それを分かっているのか否かは分からないが彼女は目に涙を溜めているということは本気でそう思っているということだろう。
……可笑しい
そう感じていると、何年振りか自然と笑いが込み上げた。
「ぷっあははは!」
「?」
当然、唐突に笑われたのなら驚く。
しかし、世羅はそんなことを気にせず笑い続けた。
「ははっ…来栖君が喜ぶことと、君が…僕に対して善人だと思うことは…まっったく関係ないだろう?」
「で、でもっそうじゃなきゃ私は貴女に付いて行こうと思いません!!」
それは彼女の本心だった。
いくら皮肉を言われ自分が認められなくとも、それに意見した翔が正しいと優しく言ってくれた。
普通はそんなことを言わない。
この人は翔のことを自分と同様に悪く言われるに違いないと思っていた。
自分は何よりそれが嫌だった。
「付いて行こうと…ねぇ。随分上から物を言うタイプだな君は」
一頻り笑った世羅は今度は何かを探るように彼女を見つめた。
その視線に春歌はまだ認められていないんだということを思わず床を見つめた。
「あの、私。一生懸命早乙女先輩について行きます!だから認められるように」
「いいよ。別に、面倒を見ても」
それは唐突すぎる宣告だった。
今までは絶対に就かせないと言い張っていた彼女が突然人が変わったかのように思考も発言も変えてきたのだから。
それに戸惑いを隠せない春歌だったが暫くして頭の整理が終わったのかすぅと深呼吸して
「はい!よろしくお願いします!」
まさか、翔の撮影の同伴の話が世羅が担当を承認することになるとは…誰が予測したのだろうか
ベッドのサイドテーブルに置いてある暖かいオレンジ色を帯びた白熱灯が照らすのは足を組んで頬杖をつき椅子に座って春歌を見上げる世羅と堂々と立ててはおらずともその佇まいは何かを決心したようにもとれる春歌の姿が光の屈折やら物理的に壁に彼女たちの影が映し出された。
しかし、どこか世羅の方がどす黒く、春歌の方が光を灯して写っているのは目の錯覚だろうか。
――そして、後日翔たちの撮影が無事終了したと聞かされ世羅は誰にも見られない自室で一人安堵の息を溢した