Behold looking for me


と或る昼下がり。
普段通りに仕事へ向かう紫琴だったが何時もとは少し違うことに気づいた。

「?…国木田さん。太宰君、何処に居るかご存知ですか」

何時もと違うこと。
太宰という男の存在だろう。
普段ならばこうして紫琴が出掛ける際や早めに仕事を切り上げ帰宅する際でも、

「紫琴が帰るなら私も帰るよ」

と云って自身がまだ勤務中にも関わらず途中で帰ろうとする自由奔放。
流石にそれは国木田によって背負い投げされたが。
しかしながら、スライムのように何時でも何処でもベトベト付着して来る彼にも存外自分に対して気まぐれという部分とあるのだと思うと驚き半分、寂しさ半分。

そんな訳で今国木田の前に佇み質問を投げかけている訳だが…

「太宰?知らんな。またそこいらの周辺で埋まっていたり流れているんだろう。全く、奴は書類整理をすっぽかして一体何処で油を売っているのだ」

案の定の回答。
彼は件の元凶だざいが以前川に溺れていたという事を電話で本人から聞いておきながら結局のところ捜し出すのに随分時間を要したという前科がある。詰まりは、正直なところ良い言葉で表すと"戦力外"、悪い言葉で表すと"役立たず"である。

「川…ですか。あまり想像したくないので考えてもいませんでしたが…矢張り其方も捜した方が善いですかね」
「ああ。太宰は大抵己の自殺営業と同様にお前に捜されるのを大層楽しんでいる面がある。見つけた場合には営業妨害で何発か発砲しても文句は云われないだろう」

「…仮にそうしたとしても軍警から苦情を頂くどころか此方わたしの今後の人生に支障をきたしますのでご遠慮致します」

何をいけしゃあしゃあと殺戮令を口にしているのだこの男は。
最早太宰に対する命すら軽んじている様にも聞こえるその発言に唖然とする紫琴だったが、国木田が何処かへ出立する準備を始めている姿を目にし我に返る。

「御依頼ですか?」
「ああ。これから依頼者の所へ行ってくる。清水、お前は太宰を捜せ」

ほぼ命令に近い言葉を聞きその威圧的な物腰に反射的で頷く紫琴。
その反応を見た国木田はさして反応を見せず其の儘扉に向かい社内から出ようとしたが、出る一歩手前で立ち止まり振り返る。

紫琴は忘れ物か何かかと思って黙って見ていたが国木田が鬼の形相とも云える表情に冷や汗を掻く。

俺が社に帰るまでに見つけてこい!!

そう叫ぶと扉を粉砕させる勢いで閉めた。
嵐が去ったならぬ魔人が去った後の社内はやけに静かであった。
そこに一人佇む紫琴。
嗚呼…今日も探偵社は平和である。
事の元凶の存在がなければ。

「…却説、殺される前に太宰君を捜しに参りましょうか」

と意気込むものの。
太宰治 22歳 自殺愛好家という変人はどれだけ時間を要しても屋外で見つかることはなかったのであった。

私を捜してご覧なさい
Behold looking for me



▼3時間後…

「はァっ…はぁ…居ない。如何して」

再び社内に戻った紫琴は帰還するや否や己のデスクに凭れる。
3時間という長時間を要してまで見つからないとは遺体として遺棄されたか余程の川の下流速度が速かったのか其の儘地方に流されたかのどちらかだ。
後は見ていないのは自宅か此処たんていしゃだろう。

営業妨害をしたくないので触れてはいなかったが社内に居ないという根拠は何処にもない。
時計を見れば勤務時間を終えている者が殆どだと思われる時間帯。
少しだけ覗いたところで誰も咎めはしないだろう。

そう思って課のそれぞれの部屋へ行き捜してみたところ何処も音沙汰すら無かった。
机の下、書類棚の中…と最早紫琴でさえも太宰が"人間"であることを否定していると見られる行動が殆どであった。
但し、残業で残っていた者からの情報では確かに太宰は外出したという目撃証言が出た。

その話を聞き紫琴は彼は先に帰ったのだと確信した。
しかし、国木田があの態度をとるということだから恐らく仕事は終えてはいないのだろう。
無断帰宅。
本当に首が切られても可笑しくはない話だが。
何故社長はあの男を野放しにするのか紫琴には理解できなかった。

「帰るというのなら連絡の一つ位くれればいいのに」

そう不満を漏らすも今彼女の声を聞いているのは無機物な物たちだけだった。
元の場所へ戻って来たが、前と変わらず静寂がこの空間を支配していた。

最早、このまま太宰を置いて帰宅しても良いとさえ思うが

かえる…帰る。

…あ、忘れていた。

「…このままだと此方、殺されるのでは?」

その瞬間頭の中では鬼の形相で此方こちらを射殺さんばかりの眼光で睨みつける映像ビジョンが現れる。
想像したくない地獄絵図である。
紫琴はそれを拒絶するかのように振り払い捜索を続行した。

なのだが…。

「駄目だ…何処にも居ない」

結局のところ結果は同様だった。
音沙汰ないこの社内に本当に居るのか疑いたくなるものの外を捜しても依然として見つからないので段々苛立ちが募ってゆく。

直に夕刻。即ち魔人が帰還してくる時刻だ。
流石に焦ってくる紫琴だが、事実打つ手がない。

このまま長時間正座の上に長ったらしい彼の説教で耳や膝を壊されるわけにはいかない。

そう思った矢先、何処からか心地よい風が紫琴の頬を撫でた。

「…?窓は全て閉めた筈だけど…」

そう思い太宰捜索よりも寧ろ如何でもいい方向に身体が向かってしまったようだ。

風を頼りに窓へ向かうが、ここでふと思った。

…此処はまだ見ていない。

もしやと思った紫琴は窓を閉めることから太宰捜索に入れ替わりその部屋に足を踏み入れたのであった。


「……」
「ぐぅ…グゥー」

この状況を貴方なら如何見る?
紫琴ならこうだ。

「国木田さんが仰る通り、乱射器ライフルで蜂の巣にしても文句は云われなさそうですね」

結論から云うと、今彼女の眼前に何枚か重なった瓦があるとしよう。
今彼女が纏うありとあらゆる感情からその瓦を踵落としすれば簡単に粉砕させる勢いで怒りに震えている。

真逆本当にもしやという憶測が当たるとは思わなかった。
よりによって依頼者を通すこの場所で居眠りとは如何いう心情なのか聞いてみたい。

否、先ずは彼を起こすのが先決だろう。
紫琴は未だ夢の中で愉快に野原をスキップしているか麻縄に首を掛けて死にかけている幻想ビジョンを想い描いているであろう彼の脳内に話し掛けた。

「太宰君、魔人という架空上の人物によって生涯を終えたくなければ今直ぐに起きなさい」

そう普段とは異なり少し強めに云ったところで何の変化も見られない。

笑って寝ているとは如何いう了見だ。
余程幸せな空間に居るということなのだろうか?
美女に囲まれて心中をせがまれているという何とも非現実な絵が候補として浮上してくるが首を横に振って否定した。

というよりも寝ているのか如何かすら怪しい。
試しに太宰の顔に己の手を持って来させ振るなどして確認するが微動だにしない。
寝ているのならばそっとしておきたいのだが何せ彼の生涯のカウントダウンが既に始まっているので気が引けるも起こさなければならない。
何故彼の為にこんなにも焦らなければならないのかがよく分からなかった。

「太宰くーん。起きてい…うわぁあ!」

もう一度手を振ってみて声を掛けようとしたのだが突然振っていた手首を掴まれ引き寄せられたので唐突なことで柄にもなく奇声を上げてしまった。
こんなことするのはこの空間に一人しかおらず。

「おはよう紫琴。待ちくたびれたよ」
「太宰君…矢張り起きていましたか」

そう。太宰だった。
彼は寝た状態で立っている人間を引き寄せるという力業を使ったようだが、紫琴としてはそんな事は如何でも良かった。
案の定というか…予想していたことなので引き寄せられたのこと以外に関してはあまり驚かなかった。
その反応を見た太宰は少し不貞腐れてこう云った。

「えぇー。紫琴もう一寸好い反応出来なかったの?私、君のその反応が見たかったからずっと待ち伏せてたのに…」
「まァ、それはそれは。随分無駄な時間を人生に使っておいでですね。聞いてて可哀想な気持ちになりました」

「いやァ、それにしても可愛かったなァ。私を必死に捜す紫琴」
つくづく悪趣味な方ですね。女性から嫌われる対象ですよ」

紫琴は嫌悪感だだ漏れな視線と皮肉を彼に送った。
しかし、それを受け取った太宰は裏腹にうっとりとした笑顔で当然とばかりにこう云った。

「善いのだよ。私には清水紫琴という愛しくて仕様がない奥さんが居るからね。確かに性別上異性から嫌われるのは痛ましいけれど私には紫琴さえ居てくれればそれで生きていける」

だから…と彼女が口を挟む隙すら与えない口振りでこう続けた。

「私から離れようとはしないでね。万が一そんな事があったら…私は君を一生縛りつけるだろうね」

先程の雰囲気とは全く異なるこの状況に冷や汗を掻く。
まるでビル内の一室に閉じ込められた頃を思い返す。
それほど彼女に対する彼の愛が強すぎるのだ。
縛り付ける…というよりも寧ろ既に彼の手元には手錠やら麻縄が用意されているようなものだ。
何時でも実行できるようになっているわけだ。

本当に彼に完全に囚われた場合、それは彼女にとっては生ける屍ようなものに成り果て、彼にとってはその生ける屍称する人形と化した彼女に更に愛着が湧きそれが生きる糧となる。

このそれぞれの反する生き方に行き着かないようにお互いに依存することで現在の関係を保っているのである。

此方わたしとしては此方を拾った貴方に捨てられる方が怖いですけど…ね」
「そんな事はしないよ。今直ぐに君の華奢な首に首輪をつけてあげたいくらいだからね」

笑顔で云うがそれは犯罪なのでは…と口を挟みたくなるが今の彼には誰の話も届かない故に無駄な行為だろう。

「では、此方はそうならない様に気をつけますね」
「うん。嗚呼…愛しの奥さんは如何してこんなにも素直で可愛いのだろうか。不思議でならないよ」

彼女の両手を包み込み譫言の様に呟く太宰。
紫琴はその姿に苦笑するがふと気になったことがある。

国木田は未だ帰って来ないのか?

「まァ、未だならそれで善いのですが
「その言葉は…俺に対してだと解釈して良いか、清水」

地を這いずるような低い轟音こえにこの場の空気が一気に凍りつき彼らの身体も硬直した。
しかし、この男はそんなことを気にせず続けた。

「こんな所に居ったか太宰。そして勤務中に居眠りとは良い度胸ではないか」
「いやァ国木田君、君は大きな間違いをしているよ。紫琴の勤務が終えたらそれは私の勤務時間も終わるということだよ」
「そんな屁理屈通じると思うか!!大体、清水、貴様が居ながら職務怠慢の太宰をみすみす見逃すのは如何いうことだ!」

嗚呼…しまった。こちらに飛び火してしまった。

「紫琴は私の奥さんだ。勤務で疲れた夫である私を癒すのも妻の仕事だよ。そんな事も知らないの?国木田君」
「ほう。貴様の"勤務"とやらは何処かで油を売ることや客室用のソファで居眠りする事を指すのか。…表へ出ろ」

そう云うや否や国木田は太宰の襟元を引っ張り上げ悠々と引き摺って扉へ向かう。

「えっ一寸国木田君?あ、おーい紫琴助けてくれよー」
「一から叩き直されるのもまた仕事ですよ太宰君」

太宰の願いは虚しく砕け散った。
その数分後、扉の向こうから太宰と思わしき人物の奇声が車内に轟いたのであった。



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