拝啓、10歳の頃から顔を合わせていないお父さん、お母さん。突然ですが、私は今マフィアの抗争戦の真っ只中にいます。上手くいけば死なないと思います。お元気で。

「おい、大丈夫か」
「……はっ、ごめんなさい、ぼーっとしてました」
「手前今の状況わかってんだろうな?」
「すみませんすみません!わかってるから頭ぐりぐりするのやめて!!!」

 危ない。違う意味で死ぬかと思った。こういうときは容赦がないんだから中原さんは。

「大体なんで私が戦闘に連れてかれているんですか?」


そう。そうなのだ。いくら中原さんから体術を教わっているとはいえ、元々非戦闘員なはずの私が中原さんの任務に同行している。最近ポート・マフィアの管轄地域を荒らしている、それなりの規模の(もちろん私が本来所属している組織とは別の)組織の鎮圧といった任務で、アジトと思われる倉庫にさっき数十名の構成員が攻め込んでいった。中原さんは今は待機中。そしてそれに連れ添っている私。完全に邪魔者だと思うのだが、首領は一体何を考えているのか。

「実験だろ」
「は?実験?」
「俺がみょうじを仕込んでいるのは最近変に話題になっているらしいからな。それを聞いた首領が、実際に治療人員が戦闘で動いたらどうなるのか試しているんじゃねえの」
「え、ていうか話題になってたんですね。初耳」
「ずっと看護室に籠っていられるような異能力を持った人間が訓練していればそりゃ驚くだろ。……まあ、元々筋は悪くねェし、俺も援護する。確かみょうじは銃の心得もあるって聞いてるからな。そう簡単にやられるようなことはないだろうから安心しろ。ただし気は抜くな」

 嗚呼、銃は例の組織にいたとき護身用に叩き込まれたな、と思い出しながら、はいと答えようとしたそのとき。目の前の建物から爆発音が響いた。

「今の爆発……!」
「敵が仕掛けた爆弾だろうな。……俺も動けと命令が来た。行くぞ」
「はい!!!」

「それと、」

中原さんが此方を見る。とん、と私の肩に手を置いて、静かに呟いた。
「無理は、するなよ」
「……っ、はい」


******



 建物内は悲惨だった。むせ返る血の臭いに吐き気を覚えながら、そして敵の攻撃をかわしながら、中原さんの後を追う。

「この階の人達は治さなくていいんですか!?」
「こいつらは下級構成員だ!上にもまだ人はいる!まずそっちが先だ!」

そんな、見殺しにしなくてはいけないなんて。口から零れそうになった言葉をぐっと飲み込んだ。戦闘で死人がゼロなんてことはない。これが、この裏社会の常識だ。




 「ここがさっきの爆発があった階だな」
焼け焦げた臭いが部屋に充満している。思わず顔をしかめた。
「うっ………」
目の前にうずくまった男が声をあげた。―――まだ、生きている。
咄嗟に体が動いた。条件反射だ。私は男に駆け寄って、その焼けただれた肌に触った。

「ッ、おい!」
「……幸い爆発は思った以上に規模の大きいものではないようです。中原さんに下った命令は上の階の組織の主要人物を倒すことでしょう。私は負傷者を治療してから行きます。先に行っていてください」
不思議と落ち着いた声が出る。
「だがッ…」
「すぐ行きますから!!」
「……糞ッ、ここは任せた!」
そう言って、外套を翻らせる彼。

「絶対に死ぬなよ!」

振り向き様にそう叫んで駆けて行った。そんなの、私だってよくわかってる。

「さてと、」

じくじくと抉られるような痛みを覚える脚を引きずりながら呟いた。
「……一つ、仕事といきますか」



******



 痛い。脚が痛い。心も痛い。まだ息があると見られる人間はほとんど治療した。おかげで私の脚はナイフで抉られたかのように血が流れていて、歩くのもしんどい。きっと包帯は赤く染まっているだろう。そんな血染めの包帯を見たら他の人――とくに中原さん――は驚いて訝しむはず。念のためパンツスーツという出で立ちで来て良かった。

―――中原さんの許に行かなくては。

そう思って、痛む脚を引きずって廊下に出た。
「おい、人がいるぞ!!!!」
「!!」
どうやら敵組織の人間に見つかってしまったらしい。まずい。咄嗟に懐に隠した銃に手を伸ばす。が――――

ドタッ

崩れ落ちる男。見ると、そこには。

「中原さん……?」

見るからに不機嫌そうな中原さんが立っていた。

「手前!!すぐ行くっつっただろうが!!!」

あ、青筋立ってる。私の口元がひきつった。

「そんな、今行こうとしたんですよ……!」
「ったく、遅ェんだよ。上はもう片づけた。あとはちょこまか五月蝿え雑魚だけだ。帰るぞ」
「は、」

そんな、仕事が早い。了解です、と呟いて右足を出した。と同時に、焼けるような激痛に体を支えきれず、前方に倒れる。

「ッ、おい、どうしたんだよ」
咄嗟に受け止めてくれる中原さん。ふわり、彼の香水の匂いが鼻をかすめた。
「いや、ちょっと怪我してしまいまして足が使い物にならなくてですね、すみません」
「ハァ!!?……チッ、ったく」

突如、密着しふわりと浮かぶ体。
「えっ、ちょっ、中原さん!!?」
これはあれだ、俗にいうお姫様抱っこというやつだ。

「足使えないんだったらしょうがねえだろ。大人しくしてろ。あとちゃんと掴まっとけ」

 さっきよりずっと近くなった距離と、私を包み込む彼の香りにくらくらと眩暈がする。そっと彼の肩に腕を回した。どうしよう、中原さんの顔が直視できない。赤くなった頬を隠すように俯いた。

 中原さんが好きだ。それは認める。でも私は所詮、敵組織のスパイでしかない。いつまでこんな不安定な立場にいるのかはわからないけれど、この想いを声に出したとして最後に実りがあるとは思えない。
 

脚とは別に、この胸も痛むのはきっと気のせいだ。





※ヒロインの異能力による傷はハ○ポタのセクタムセ○プラみたいなイメージです。
このような忠告は無粋かと思いますがわかりにくいと思うので、一応。




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