ゆっくりと瞼を開けると、閃光に目が眩んだ。しぱしぱと瞬きをして見渡すと、視界に入るのは淡く光る蛍光灯に、白い壁、白いシーツ、クリーム色のカーテン。いつもの看護室だ。どうやら私はあのあと気を失ったらしい。
「ああ、起きたんだね」
「、太宰さん、」
そう声をかけて、部屋に入ってくる太宰さん。ずっといたわけではなく、たまたま彼がここに訪れたときにちょうど私の目が覚めたのだろう。そもそもそこまで仲の良い間柄ではないし、実を言うと私は太宰さんの全てを見透かすようなあの目が苦手だったりする。
「気分はどう?」
「まあまあです」
「そう、なら良かった。脚、怪我したんだってね?」
「……はい」
ベッドの横に置かれた丸椅子に座りこんだ彼の瞳と、視線が交差する。まただ。何でもお見通しだ、そう影で言われているようで、太宰さんといるときは中原さんといるときとはまた別の意味で落ち着かない。
「なまえちゃんは自分の怪我は異能で治せないのだっけ」
「残念ながら自分の体には効かないようなので」
「ふーん。不便だねえ」
「はは、ですよね」
つかの間の沈黙。何を話せばいいのかわからなくて、ベッドの横に置かれた花瓶と、それに生けた花を見つめた。チクタクと時計の針の音だけが耳に届く。何分も経ったかのような静寂が続いたあと――本当は数秒しか経っていなかったのだろうけど――太宰さんが口を開いた。
「異能のせいだろう?」
「……は?」
「だから、その怪我。異能の副作用か何かなのだろう」
「そんなっ、なんで、わかるんですか」
予想もしていなかった言葉に声が震える。なんで、どうして。混乱して上手く言葉も選べない。
「『わかる』ということはやはりそうなのだね」
「あ、……………」
しまった。言質を取られた。
「前からおかしいとは思っていたのだけれど、今回の怪我はとくに気になったんだよ。あの過保護な中也といる限り君に手を出せる人間がいるとは思えない。別行動をしたのはそんなに長くなかったと聞いたし、君がいた階は爆発後そこまで人は集まらなかったはずだ。とは言ってもまあ、ほとんど勘かな」
「………それを私に言ってどうするんですか」
「ん?別に何もしないよ?大体中也には言ってないのだろう?気になっただけだよ。何故自分を傷つけてまで異能を使うのか、ってね」
はあ。思わずため息が出る。まさか太宰さんにばれるなんて。どうしよう、なんて言い逃れよう。
「……私は自分の意思とは別に、この世界に放り込まれました。生きていくにはこの異能を使うしかない」
「君には銃の心得もあったはずだ。中也に体術だって習っている。ちゃんとした医療班もいるわけだし、志願すれば下級構成員くらいにはなれる可能性だってなくはない」
太宰さんの言うことは正論だ。何故、そこまでしてこの異能にしがみつくのか。前の組織ではお荷物扱いされた、この異能に。
「………救える人がいるなら、救いたい」
私の口から言葉がこぼれ出た。脳裏にちらつくのは、幼い自分の目の前で理不尽に撃たれ、血を流す男。
死は恐怖だ。ついさっきまで温かったもの、その確かにあったはずの温もりを平然と奪い、冷たいものに変えていく。目の前でその過程を辿る人間を見る度に、私は恐ろしくてたまらなくなる。それで、夢中になって手を伸ばしてしまう。
――――本当にそう思ってる?
私の中の私が問いかけた。
――――そんな綺麗事じゃないでしょう?彼の近くにいたいからでしょう?
やめろ、やめろ。拒んでも、その問いかけは止まらない。
そうだ、私は中原さんに甘えているのだ。年が近いからと教育係に任命されて、面倒臭そうにしながらもマフィアのことを一から教えてくれた。私が医療班内で疎まれていると知ったときは何かと声をかけてくれた。体術を教えてくれなんて突飛なお願いにも、なんだかんだで了承してくれた。――全部、私の異能がなければ手に入れられなかったものだ。
下級構成員になれば、当然彼との距離も離れる。いや、その前に彼はこの異能の副作用を知ったら怒るだろう、「自分の体は大切にしろ」と。もう、彼の怪我も治せなくなるだろう。彼に触れる機会もなくなるだろう。
だから結局のところ、私のエゴなのだ。スパイであるという自分の立場を考えれば、簡単に想いなんて伝えられない。この異能があるからこそ、彼の傍にいられる。だから、異能にしがみつく。
いつのまにか私の目からは水滴がぽたぽたと溢れ出ていた。頭の中で戦争が起こっているようで全く上手く脳が機能しなくて、ただただ涙が私の頬を伝って布団を濡らした。
「……まあ、いいよ。なまえちゃんが何を考えているのかは知らないけど、」
そんな私を一瞥した太宰さんが静かに呟く。
「誰にも言わないでおいてあげるよ。見ていておもしろいし」
「は?」
「好きなんだろう?中也のこと」
にやにや笑いながら放たれた太宰さんの一言に、カッと全身が熱くなる。
「ななな、なんでそれも……!!?」
「見ていればわかるよ。なまえちゃんわかりやすいし」
「え!?わかりやすい!!?私が!?っ、てことは……!!」
「大丈夫。中也はああ見えて鈍感だから気付いてないよ。それは保障する」
その言葉にへなへなと体の力が抜けた。……全く、何なんだ、この人は。
「しばらく楽しませてもらうことにするよ。―――ああ、それと、」
帰るのか(むしろ早く帰ってくれと心から思った)よいしょと立ち上がった太宰さんが言葉を切る。
「―――その傷、私の人間失格では治せないのかい?」