夜も更けた頃、布団にくるまって枕元の携帯電話を眺めてはため息をつく。そろそろ考えるのにも疲れたと、寝返りを打って瞼を閉じた。あれから数日。中原さんから例の話を聞いてから、携帯の着信に怯える日々が続いていた。
こっそり調べたところによると、組織は"ほぼ"壊滅状態。上の人間は生きているらしいが、未だ連絡が来ることはなかった。月に一回ほどかかってくる大して中身のない業務連絡はいつも公衆電話からで、それもつい二週間くらい前に行ったばかり。私がマフィアに潜入してからの数年、その間隔が狂うことはなかったが、まさかこんなことになるなんて。さすがに今回ばかりは私に何か司令が来てもおかしくない。そう考えると、いつ携帯が鳴り出すのか怖くて怖くてたまらない。もう一度寝返りを打って、無言を貫いたままの携帯を睨んだ。

 万が一の場合こちらから連絡出来るようにと、幹部の電話番号が書かれた名刺は持っている。しかしそれは今も机の引き出しの奥に眠ったままだ。もちろん今が「万が一の場合」に違いない。それでも、私はずっとその名刺を取り出せずにいた。ーーなぜ?
 根本を辿れば、それはきっと「私が弱いから」に違いなかった。
 もし、私が組織にコンタクトと取ったらどうなるのだろう?撤退を命じられるかもしれない。ポート・マフィアへの報復を命じられるかもしれない。そうしたら私の立場は?居場所は?中原さんとの関係は?そんなことを考えては、ため息を吐くために息を吸う。こんなときにも中原さんのことが頭にちらつく自分が情けなくて、ぎゅうと目を強くつむった。
「……恋って、なんでこんなに苦しいんだろ」
 薄暗い部屋に、私のか細い声が小さく響いた。



 悶々と考えるだけで何一つ行動できない中、それでも毎日は平淡に過ぎていく。怪我人の治療、書類整理、エリスの相手。いつも通り変わらない毎日だ。
「おい、みょうじいるか?」
唐突に中原さんが訪ねてきた。
「はい。どうかしましたか?」
「暇だからな、みょうじの相手でもしてやろうと思ったんだよ。どうせ手前も今暇だろ」
確かに私はこの部屋で暇を持て余していることが少なくはないけれど。それは、中原さんにとって暇つぶしになるのだろうか。
「じゃあ紅茶でも淹れますね」
「ああ、有難う」
 最近新しく買った茶葉の缶を開けた。中原さんと同じ空間にいると思うだけで、嬉しいからか緊張からか、何故だか指が震えた。



「みょうじ、疲れでも溜まってるのか」
「え?」
「顔見りゃ分かんだよ。ちゃんと寝てんのかよ」
「あー…、最近寝つきが悪くて。でもそんな気にするほどじゃ」
「嘘つけ」
中原さんの手が私の頬に伸びた。ーーかと思った瞬間には、彼の親指がまるで砂糖菓子に触れるみたいに、そっと私の目の下の辺りを撫でていた。真剣な瞳とかち合う。
「隈、出来てるだろ。顔色も悪い」
あ、近い。そう思ったときにはすでに中原さんの手は離れていて、あれが一瞬のことだと悟る。
「……すみません、見苦しいところを見せてしまって」
「そういう意味じゃねえよ。悩みでもあるなら聞くが」
「別に、ただ寝られないだけで、大したものでは、」
ごにょごにょと誤魔化そうとする私に中原さんがそれなら、と呟いた。
「食事でも行こうぜ。こういうときは美味い飯と美味い酒だろ?気分転換に丁度いい」
「はっ?」
「俺が奢ってやるっつってんだ、断りは聞かねえからな。明後日の夜、空いてるか?」
「空いてますけど……!」
「なら決まりだな。また後でメールする」
邪魔したな、と中原さんは颯爽と去って行った。私はただただ間抜けに口を開くしかない。

「何着て行こう……!」
 今はただ、それしか言えなかった。



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