燭台切光忠は誠意を尽くす


燭台切が加州の下へ訪れると、彼はその自慢の顔をいっそ見事なまでに歪ませた。
そのまま無視を決め込む加州に無理もないか、と苦笑して居住まいを正せば、雰囲気を感じ取ったのかチラリと訝しげな視線が返ってくる。
それを一度正面から見返して、それからす、と頭を床まで下げた。


「すまなかった」

「!?ちょ、」

「考えが浅かったのは僕だったのに、決め付けて非難じみたことを言ってしまった。申し訳ない」


誠心誠意、謝罪を尽くす。
薬研と話した後、まずしなければならないこととして、真っ先にこれが思い浮かんだ。
こっちの非を棚に上げたまま何食わぬ顔なんて、とてもじゃないけど格好悪くてできないしね。


「僕も全力で戦うよ。・・・皆が、怪我をしないように」

「・・・はぁ・・・、わかったから、顔上げてよ」


普段どおりの声色に、それでも一拍置いてからゆっくりと頭を上げる。
さっきまでとうって変わって呆れかえった加州の顔が、妙に間抜けに見えた。


「・・・男が簡単に頭を下げるもんじゃない、って聞いたことないの?」

「簡単じゃないからこそ、今すべきだと思ったんだよ」

「・・・伊達男」


褒め言葉だね、と小さく笑えば、加州もそれもそっか、と笑い返す。
ごく自然な空気に、加州の機嫌が直ったことを感じてほっと胸をなでおろした。


「俺の考えを誰から聞いたか知らないけど、知ってるならべにはどうしたのさ」

「薬研が先に鍛刀部屋に連れて行ってるよ。さっき乳を飲ませたから、準備が終わる頃には寝ぐずりが始まってるんじゃないかな」

「わかったわかった・・・あーあ、また夜が眠れなくなるのかぁ」


次来るのはどんなヤツかな、とため息混じりに期待する加州に、自分も夜番に参加できそうだと言ったらどんな顔をするだろう。
まぁ次の当番のときに代わってやればいいか、と反応を予想して小さくほくそ笑むと、鍛刀部屋に向かう加州の後に付いて立ち上がった。


「今回は何を狙うつもりだい?」

「んー、そうねー・・・短刀はどうしても攻撃力が落ちるから、希望としては打刀以上かな。資材もあるし、ちょっと多めに入れてみようかと思ってる」

「成程ね、いいんじゃないかな。隊のバランスも考えると、太刀辺りが出てもいいけど」

「・・・考えなしでアンタを鍛刀したときは、相当な痛手だったんだけどね・・・」


さすがにあれだけ使ったらまたジリ貧になる、とげっそりした顔をする加州は、一体どれだけ燭台切につぎ込んだのだろう。
聞きたいような聞きたくないような、と苦笑しながら加州の斜め後ろに付いて歩いた。
鍛刀は火を扱うため、この本丸で鍛刀部屋は外れの方に位置している。
そこに続く渡り廊下はそれなりに長いが、加州と軽く言葉を交わしながら歩けば、幾ばくもしないうちにべにの笑い声と薬研の楽しそうな声が聞こえてきた。
思わず二人で顔を見合わせて、どちらからともなくくすりと微笑む。
べにの笑い声は、どこかこちらまで嬉しくなる力を秘めているのだ。
その恩恵に与ろうと、薬研にあやされているのであろうべにの姿を思い浮かべながら少し早足で鍛刀部屋へと向かう。

けれど、部屋に近付くにつれて―――気配が、ひとつ多いことに片眉を上げた。

乱や秋田ではない。あの二人はまだ、部屋で休んでいる。
なら鳴狐?・・・いや、それならばお供の狐の気配もするはず。

・・・まさか。

二人同時にその可能性に思い当たると、示し合わせたわけでもないのに同時にバッと床を蹴り出す。
鍛刀部屋までの残りほんの少しの距離がもどかしく、酷く長く感じて。
ガッと掴んだ部屋の戸を思い切りスパンと開けると、中に居た面々の顔が一斉にこちらを向いた。
薬研と、その腕に抱かれたべに。
そして、二人と同じく驚いた顔で目を見開く、派手な出で立ちの男。

―――誰だ。


「か、加州?」

「・・・薬研、そいつ、誰?」

「あ、あぁ、紹介するぜ。粟田口の一人、一期一振。まあ、俺っちの兄貴だな」

「初めまして、先人方。聞けば、弟たちがすでに何振りか世話になっているようで。弟たちともども、よろしくお願い申し上げる」


ゆるりと優雅に腰を折ってみせる優しげな男は、顔を上げるとにこりと笑ってみせる。
刀剣。いや、それはわかっている。
問題は、何故新しい刀剣が今この場に居るのか、で。


「・・・薬研、お前、べに・・・」

「?」

「泣かせて・・・?え、もうあやして・・・?」


混乱のあまり上手く聞くこともできない加州に、薬研と一期が同じように首をかしげて見せる。
成程、兄弟・・・とどこか違うところに納得しながら、燭台切も必死に言葉をまとめた。
混乱しているのは、自分とて同じなのだ。


「えっと、・・・つまり、だね。鍛刀するのに、薬研、べにを泣かせた・・・の?」

「?いや、遊んでただけだぜ」

「紺野―――――!!テメェどういうことだコラァ―――!!!」

「「!!?」」

「ふぇ・・・っ」

「あのクソ狐ひっ捕まえて来る!」

「・・・いってらっしゃい」


目を丸くする兄弟をよそに、加州が開け放たれたままだった部屋の扉から飛び出していく。
薬研の説明を聞き終わるか否か、食い気味の勢いで感情を爆発させた加州に、今何を言っても無駄だろう。
自分もそうだけど・・・、加州だって大概早とちりの気があるんじゃないかと思うわけだ。
だけど正直なところ、燭台切も同じような心境で。
状況がわからずに目を白黒させる薬研と一期に、「えーっとね、」と視線を泳がせた。


「・・・べには、泣くことで審神者としての力を発揮するって、聞いてたんだけどね?」

「え・・・あ、そう、なのか・・・?」

「もしよかったら、どういう状況だったか教えてもらってもいいかい?」


コクリ、と頷く薬研を、心配そうな顔で見つめる一期。
短刀で、弟分とはいえ、薬研はずいぶんしっかりしているし・・・そんなに心配しなくてもいいんじゃないかな。


「俺っち、普通にべにを高い高いして・・・楽しそうに笑ってっから、いないいないばぁとか、して・・・」

「・・・・・・」


一期の表情が、「見たかった!」って語ってる。うるさいくらい語ってる。
正直僕も見たかった。どっちをとは言わないけど。


「気付いたら、式たちが妙にイキイキしてたからよ。どうしたって聞いたら資材よこせっつーから、適当に渡したんだ」


山の端っこ切り崩して、と指差された先にある資材の山は、最初の状態を見ていないからなんとも言えないけれど、十分あるように見える。
つまり、そんなに過剰な資材を投入したわけではない・・・のだろうか。


「そしたら、式がすげぇ勢いで鍛刀して・・・出来上がった刀を見てもしかしたらいち兄じゃねぇかってよく見てたら、べにが手ぇ伸ばして・・・」


懸命に思い出しながら話す薬研の腕の中で、べにがパチクリと目を瞬かせる。
さっきの加州の大声に泣きかけたのは、どうやら引っ込んだらしい。
なんだか加州の大声に耐性がついてきているように思えるのは、喜んでいいのか嘆けばいいのか。


「あぁ、そうだ。べにが刀に触っちまって、あぶねぇ、って身体を引いたら、・・・いち兄が現れたんだ」

「私は、恐らくその時にやわらかくもとても楽しげな力に引き上げられて、こちらに」

「・・・成程、ねぇ・・・」


これはやっぱり、紺野に一言もの申す必要がありそうだ。
そう思いながら、「遅くなってごめん、」と自己紹介と本丸の説明を始める。
主が赤子であることに驚かれるという恒例行事は薬研がある程度終わらせていたらしく、「私も精一杯頑張ります」としっかり頷かれた。
どうやら太刀みたいだし、貴重な戦力になってくれそうだ。





一期に本丸を案内しながら、今後の予定と一緒にべにの審神者としての力についても考える。
今回の一件で“泣く”でなくとも、感情が大きく動けば力は発揮されるのではないか?という可能性がでてきた。
少なくとも、一期一振が現世に現れたのは、べにが泣いたからじゃない。
“笑い”でもいいのなら、よっぽど精神的に楽になるんだけどなぁ。
まぁ、加州からの報告を待つとしようか。
いつの間にか乱と秋田も加わってにぎやかになった案内に自然と笑えば、腕の中のべにが嬉しそうに「あーだー!」と笑い声を上げた。


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