加州清光は存外策士
こんのすけは、基本呼べばすぐに現れる。
いつもどこに控えているのか、「こんのすけー」と適当に声をかければ三秒後には「お呼びでしょうか!」、だ。
「紺野おぉおぉぉ!!!こんのすけええぇぇええ!」
だから、こうして大声で呼びながら本丸中を駆け回っても姿を現さないということは、ある意味期待大、ということで。
「・・・何事だ」
「!てめぇ見つけたぞこの野郎!!!」
今こんのすけは、目的の人物、紺野に繋がっているということなのだ。
角からひょっこりと顔を覗かせた小さな狐の口から放たれる尊大な言葉に、イラつく暇もなくその身体をひっ捕まえる。
前もこんなことしたっけなぁと一瞬冷静な部分が浮かんだけど、それも刹那。
「・・・次は歳でも聞くつもりか?」
「え、何ソレ気になrじゃなくて!べにの力について!ちょっと確認したいことがあるんだけど!?」
嫌になるくらい冷静に首を傾げる紺野に、逆にヒートアップしていくのを感じた。
紺野が人間の身体だったら胸倉を掴んで引き寄せているくらいのイメージでこんのすけの身体を引き寄せても、紺野は涼しい顔だ。
こんのすけのときはまん丸のつぶらな瞳が、紺野だと少し半眼になっていることに今更ながらに気付いた。
「ねぇ、べにって泣かないと審神者としての力を発揮できないんじゃなかったの?なんかさっき、泣かなくても鍛刀できてたみたいなんだけど!」
「泣くことに限定したつもりはない。感情の振れ幅が大きく、かつ最も赤子が表現しやすいのが“泣く”という感情だっただけだ」
「チョットヨクワカラナイ」
「・・・思い切り笑わせるなどすれば、鍛刀も刀装作成も可能だ」
「なんっでそれを早く言ってくれないかなぁあああ!?」
手に持ったままの紺野を床に叩き付けたい衝動に駆られつつ、こんのすけに非はないんだ、と自分に言い聞かせてそのまま絞めつけそうな手から意識して力を抜く。
空中に放り出された紺野はくるりと一回転して着地を決めて不満げに加州を見上げたが、しゃがみこんで頭を掻き毟っている加州には何の効果もない。
「あーもう、散々泣かせて・・・ていうか泣いてるの放置してきたから、最近べにの表情がよくないって思ってたんだよ・・・!こんなことならもっと早く薬研に任せておけばよかった・・・!」
「・・・・・・」
「ねぇ紺野、アンタのほうが人間やってる期間長いんだから、赤ちゃんが笑わない・泣かないってどんだけやばいかわかるだろ?わりとその一歩手前まで来てたんだよ?」
自分の声が、徐々に低くなってきているのがわかる。
俯いて反応する気配のない紺野に「・・・最悪、」と吐き捨てて立ち上がり、降下した気分をべにに癒してもらおう、と紺野に背を向けた。
人の身を得てからそう長くはないけれど、それでも赤子の弱さなんて刷り込みのレベルで知っている。
そして、赤子は感情表現こそが身を守る唯一の手段だということも、知っている。
それを忘れてしまった赤子が、大人への信頼を失ってしまった赤子がどう育つかなんて・・・考えたくも、なかった。
けれど少なくとも今、べには笑顔を忘れていない。
なら、これからは目一杯べにを甘やかしてやろうと小さく決意する。
赤ん坊なんて、笑って何ぼなのだ。
紺野がどう思っているのか、狐の表情なんて読めないからよくわからないけど・・・チラリと振り返った先でそのふさふさな尻尾は床にペタリとくっついてたし、何も感じてないってことはなさそうで。
そんな殊勝な姿に少しほだされて、つりあがっていた眉が少し下がるのを感じる。
そうだよ、要は今からどんどん笑わせていけばいいんだし。
・・・まぁ、伝達ミスはこっちだって確認しなかったっていう落ち度があるんだし。
泣かせた分、俺たちがもっと笑わせてやればよかったってのも、あるし。
「・・・感情が死んで審神者の力を発揮できなくなるのは困る。癒してやってくれ」
あ、やっぱり腹立つ。
こっちは自分の悪かったところを反省してるのに、なんなのそれ!?
「・・・あーもう!べには道具じゃないんだけど!?」
「・・・そんな、風には」
「思ってなくても言ってる!あの滅茶苦茶可愛い主を見てよくそんなことが言えるよね!?」
再び紺野を掴み上げてガクガクと振ってやっても、「機能がショートする。止めろ」と淡々とした声が返ってくるだけでどうしようもない。
こんのすけが壊れるのはこっちとしても困るわけだし、と額に青筋を立てながら再び手を放せば、やっぱりくるりと一回転して着地した。
この、朴念仁の鉄化面が・・・!
「ちょっと、紺野はべにと交流すべきだと思う。その玉鋼みたいな顔面溶かしてもらいな」
「赤子は苦手だ」
「そういう主張だけ早いとか・・・ま、無視させてもらうけどね」
着地した紺野に手を伸ばして首根っこをひょいとつまみ上げ、そのまま肩の上に誘導する。
首の後ろを掴まれるとどうしようもないのは猫と同じなようで、抵抗もできずに加州の肩に乗る羽目になった紺野は器用にもその狐顔をしかめてみせた。
「おい、何を」
「鳴狐の真似ー。っていうか、手は自由にしておきたいし?」
適当なことを言って歩き出せば、思いのほか揺れるのかバランスを取るように何度か足を踏みしめる。
それでも安定するポイントを見つけたのかしばらくすると動きが止まり、はぁ、と小さなため息が耳元で聞こえた後は静かなものだった。
多分まだ鍛刀部屋だよな、とべにの居る場所に当たりをつけて、一応なるべく身体を揺らさないように歩く。
紺野を肩の上―――急所のすぐ傍に置いたのは、いくつか意味があった。
紺野の首根っこを掴んだまま行ってもよかったが、そこまで完全に拘束してべにに会っても、中身だけ帰ってしまっている可能性がある。
かといって後ろから着いて来いと言ったところで来るやつでもないし。
加州の肩の上という、何もしなければ必然的にべにの下へたどり着いてしまう位置に置いておけば、意外とあるがままな紺野は多分べにと会うことになるだろう。
だから、ひとつは紺野をべにと会わせるため。
そしてもうひとつ―――
「・・・あんたのこと、それなりに信用してるんだからさ。そっちももう少し歩み寄ってきてくれてもいいんじゃない?」
「・・・・・・」
今回の思い違いに関してもそう。
お互いコミュニケーションを取っていれば、すぐに気付けたような間違いだ。
確かに紺野がこちらに来れる時間は限られているのかもしれないけれど、それでも事務的すぎると常々思っていた。
こんな小さな狐に何かされたところでそう簡単に壊れるたまでもないけど、こうして物理的な距離を縮めて急所を晒すことで、少しでも紺野の警戒心を解ければ、と・・・思ったのだけど。
「・・・俺は、あくまで管理官だ。この本丸の懸案事項に、対処しているにすぎない」
「・・・ホント、お堅いお役所思考で・・・」
間近で聞こえた硬い声は、あくまで“仕事”と割り切っていて。
これは、べにを立派な大人に育てるのと同じくらい難しいかもな・・・と加州は遠い目をする羽目になった。
「おぉ、紺野の旦那か。見てみろよこのべにの笑顔!可愛いだろ?」
「ほぉ・・・貴方が紺野殿ですか。お話は聞いております。弟たちともども、よろしくお願いします」
「おや、君がそんなところに居るなんて珍しいね。一瞬鳴狐かと思ったよ」
「失礼ですぞ燭台切殿!私めはあんなに丸くはございませぬ!」
いつの間にか一人増えている鍛刀部屋では、べにがたらいまわしに抱っこされていた。
それだけなら普通に参加するだけなのだが、べにがもう眠そうなことに加え、あちらとしては加州の肩に乗った紺野も十分話題のネタにできるものだったようで。
「恐れながら、紺野殿は私めより四足歩行にお慣れではないでしょう?ならば、私めのほうが上手くべに様をあやすことができましょう!」
「・・・根にもってる」
「な、何を言うのですか鳴狐!そんなことは!決して!」
「なら丁度いいや。紺野、お供の狐に習ってあやしてみれば?」
「・・・・・・」
「加州殿、紺野殿がすごい表情になっておられますよ」
「俺は狐の表情とか読めないから気にしなーい気にしなーい」
ほら、とべにを受け取って腕に抱き、ついでに鳴狐からお供の狐も受け取る。
若干いろいろ乗られすぎだろうとは思ったけど、まぁ一つ一つは大した重さじゃないからよしとしよう。
お供の狐はストンとべにの腹の上に乗ると、「ねーんねーん、ころーりーよ、」と思いのほか優しい声色で小さく歌いながら、前足でぽすぽすとべにの胸の辺りをゆっくりと叩く。
ゆらり、ゆらりと揺れる尻尾に釣られたのか、べにの目はあっという間に半分くらいまで瞼が落ちていった。
どやぁ!と鼻を高くしてみせるお供の狐を鳴狐が撫でれば、「ささ、このようにするのですよ」とそのまま腕を伝って鳴狐の肩に戻っていく。
加州の肩の上からその様子を凝視していた紺野が「・・・潰れるだろう」とぼそりと呟いたのを聞いて、思わず噴出してしまった。
「人ならそうかもしれないけどさ、今アンタこんのすけだよ?大丈夫だって!」
ほらほら!と肩を揺すってやれば、仕方なさそうに腕を伝ってべにの上に身体を乗せる紺野。
その体中に緊張が走っているのは、普段以上に大きく膨らんだ尻尾からバレバレだ。
「(・・・意外と、いい手なのかもね?)」
紺野から見えないのをいいことにニヤリと悪人面をしてみせた加州は、べにが寝やすいようにゆっくりと身体を揺らす。
紺野の前足がぽす、ぽす、とべにの胸を叩くのに合わせて、べにの瞼はあっさりと閉じられた。
意外と感情の読みやすい尻尾と、先輩狐?もいるこの本丸。
紺野が自分から歩み寄ってくれるのを、べにの成長に合わせて見守ってみようか。
静かな寝息を立てるべにと安心したため息をつく紺野をそろって抱えて、加州は満足げな笑みを浮かべた。
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