一期一振は家族想い


「刀装が、・・・作れない!」


バン!と机を叩きながら加州が放った言葉に、置いてあった茶をそっと持ち上げる。
まだここに来て日は浅いが、この本丸のリーダー格である彼の若干ヒステリックな言動にはもはや慣れつつあった。
来て数日の一期がそうなのだから、初期からの付き合いである燭台切など、いつの間にか湯飲みを手にしているぐらいで。
一言そう言ったっきりへなへなと机に突っ伏す加州の頭が湯飲みにぶつからないよう、さっと湯飲みを避難させる鳴狐の姿は実に手馴れたものだった。

朝の出陣を終えて、長めの遠征に出た短刀たちを待ちながらの昼食前。
燭台切はもうすぐ昼餉の準備に向かう時間だが、それ以外・・・加州と鳴狐、一期は割とのんびりと出陣の疲れを癒していた。
のほほんと茶を飲んでいたはずだが・・・不意に何かのスイッチが入るのが、加州という男らしい。


「刀装って、いっつも戦に着いて来てくれてる、あの小さい子達?」

「そう!」

「特に問題ありませんが・・・」

「俺たちはね!問題は短刀なんだよ・・・」


さりげなく話を進める燭台切の手腕に習うように声をかければ、顔を上げた加州は頭痛を耐えるように額に手を置く。
綺麗に赤く塗られた爪は短く切りそろえられており、飾り立てる美しさの中に潜む純朴な優しさが垣間見えた。
意外なような、主を大切にする彼らしいような、と微笑ましい気持ちでそれを見ながら、「というと?」と続きを促す一期。
加州も一期のそんな内心に気付くこともなく、近くにあったそれをひょいと拾い上げた。


「少ない資材でも上等なのができるときはできるから、結構たくさん作ってみたんだけど・・・」


見てよコレ、と差し出されたのは、銀色の玉。
さっきから部屋にごろごろと転がっているのが気になってはいたけれど、あえて視界から外していたそれ。
差し出され、手に取れば・・・一期の脳裏に、小さな兵士の姿が浮かんだ。
普段戦場に出るときに装備する、刀装というもの。
理屈や原理はよくわからないが、この玉を持って戦場に出ると、そのイメージ通りの彼らが自分たちについて戦ってくれる。
不思議なものだ、と思いながらも、手に取ったことでわかったことをひとつ、口に出した。


「軽騎兵、ですね」

「そう。軽騎兵なの!俺が作るといっつもコレになっちゃうんだよね・・・」


小さな馬に乗った兵士たちは、戦場では大いに活躍してくれる。
けれど、一方で大手を振って歓迎できない要因もあった。


「・・・弟たちは、軽騎兵を装備できませんからね・・・」


そういうことですか、と加州の言いたいことがわかって呟けば、「そー」と疲れきった返事が返ってくる。


「俺達の装備はできるんだけど、短刀たちの装備ができないからまた作って、軽騎兵ができて・・・の繰り返し」


部屋にゴロゴロ転がってるのはその結果、とチラリと向けられた視線を追えば、金・銀・緑がかった銀と色とりどりの玉が転がっている。
見ただけではわからないが、すべて軽騎兵なのだろうか。
だとしたら、ある意味才能である。
しばらくは刀装を壊しても問題なさそうだな、と思う傍らで、やはり弟たちに装備がないのは心もとなく、心配だ。
「まる〜・・・まる・・・ぅ」と唸り始めた加州を、できるだけ刺激しないようにそっと声をかけた。


「その、もしよければ、自分も作ってみましょうか?上手くできるかはわかりませんが・・・」

「僕も協力するよ。もしかしたら、コツや癖みたいなのがあるのかもしれないし」

「鳴狐も協力するつもりでおります!」

「・・・そうねー。俺ももう、丸めるの飽きちゃったし・・・」


ほんと、あやして、丸めて、笑わせて、丸めて・・・とぶつぶつと呟き始めた加州に、もう少しべに様の世話を引き受けるべきだろうかと考える。
正直なところ、まだ不慣れな部分が多いため、一人で対応するのは不安が大きかった。
大丈夫だろうか、と加州の隣で横になっているべに様に目を移す。
腹ばいで件の刀装を両手で持ち、畳にぶつけたり、こすったりして遊んでいるべに様。
今は機嫌が良いようだが、泣きはじめると未だどうにも上手く落ち着かせることができない。
初めは弟たちの面倒を見るのと同じだと高をくくっていたところがあったが、言葉が通じない時点でまるで勝手が違った。
乳も与えた、おしめも清潔、なのに身体を大きく反らして泣くときなど、どうしてよいかわからずに途方に暮れてしまう。
そしてそれを見た加州や鳴狐がひょいとべに様を受け取ると、嘘のように泣き止むのだから。
「人見知りの時期なのかもしれませんね!」と鳴狐のお供の狐は言ってくれるが、それはそれで寂しいものもあるし、それこそ一期にはどうしようもない事態になってしまう。
到底入らないそれを一生懸命口で確かめている姿に愛らしさは感じるが、世話に責任をもてるかと聞かれたら尻込みするしかないのだ。
むむ、とべに様を観察していると、険しい顔で見すぎたのか加州もふい、とべに様に視線を落とした。


「あれ?いつの間に・・・」

「?どうかしましたか?」

「いや、さっきまで仰向けで寝てたんだけど・・・あれ?俺、うつぶせにさせてたっけ」


首をかしげる加州に、どうだっただろうか、とこの部屋に入ったときの記憶を思い返す。
言われてみると確かに、上を向いていたような・・・?と首をかしげるのと、べに様がバランスを崩してコロンと横に倒れるのはほぼ同時だった。
それを見ていた何人かの口から、同時に「あ」と声が出る。
しっかりと肉のついた丸い身体はそのまま上を向いてしまい、べに様の口からは「あーぶ」と不満げな声が聞こえてくる。
一同で微笑ましくその様子を見守っていると、べに様はそのままバタバタと手足を動かして、ぐいっと身体を反らし、足を前に出して・・・
くるり、と仰向けからうつ伏せに体勢を変えてみせた。
・・・あぁ、寝返りも打てるのか、と小さく感心したのは、一期のみ。
一瞬の沈黙の後、その場は一気に騒然となった。


「おぉ、べに様!新しい動きですな!」

「すごい・・・」

「ちょ・・・え、え!?い、いま、いま!」

「ね、・・・寝返り!?嘘、べにちゃんいつの間にそんなことできるようになったの!?」


「もう一回!もう一回!」と騒ぎ出す二人と一匹に、身を乗り出して覗き込む鳴狐。
一気に話題の中心になったべに様は、上手く動けたことにか、注目が集まったことにか、三人と一匹の顔を見上げて得意げに笑っている。
一歩乗り遅れた一期は、小さく苦笑してその後ろから軽く覗き込んだ。


「赤ん坊の成長はめまぐるしいと聞きますが・・・この調子ですと、歩くのもすぐやも知れませんね」

「べにちゃんが、歩く・・・!?」

「か、考えたことなかった・・・!」


それはどうなのか。
一期は賢明にもその言葉を飲み込んで、微笑をたたえるだけに収める。
一期とて、実際寝たきりの赤子がどうして歩けるようになるのかもわからないのだから、ずっと寝ている姿しか見ていない彼らにとっては信じられない事態なのかも・・・しれないし。
「お願い、もう一回みせて!」とべに様を仰向けに寝かせる姿を見ながら、一期はゆっくりと胸中に満ちる感情をかみ締めた。


「あ、でも確かに、うつ伏せでも頭が落ちること減ってきたし、首は据わってるのかも・・・!?」

「あっ!もうちょっとですよぅ!頑張ってくださいべに殿!」

「ほっ、ほら、えーと、その下になってる腕を抜いて、あぁっ」

「お、惜しい・・・!」


きっと彼らの頭の中にはもう、刀装のことはない。
少なくとも今は、べに様のことで一杯だ。
けれど、これがこの本丸の姿なのだろう、と、一期は小さく納得する。
この小さな主のささやかな成長を喜び、祝うことが一番の日常。

―――なんて温かく、幸せな“家”なのだろう。

表面だけではない、内面から温まる気持ちを感じながら、感情のままに表情を浮かべる。
きっと今、自分は弟たちを見ているときと同じような表情をしているだろうという自覚があった。


「・・・頑張ってください、べに様」


今はひとまず、刀装のことは置いておいて。
この小さな主の頑張る姿を、目に焼き付けておこう。
昼時になり、帰ってきた短刀たちがべに様の勇姿を見損ねたこと、そして昼食の準備ができていないことに唇を尖らせた姿が申し訳ないながらも可愛かったことも、記しておこうと思う。


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