相縁


「お」


最初にその子に気付いたのは、和泉守だった。
少し嬉しそうな声に何かあったのか?と同じ方を見れば、ちょっとした人だかり・・・ならぬ、男士だかり。
でもそう思ったのはちょっと違ってて、どうやら二人の審神者が同じ場所に居るから、二つの部隊が集まってそう見えているらしかった。
そして、その二人の審神者はすごく仲がよさそうで。
雰囲気で女の人が抱えている“何か”が話題の中心なんだろうってことはすぐに想像がついたんだけど、肝心の“それ”は、俺の位置からじゃ見えそうにない。


「どうしたの?兼さん」

「ん?あぁ、国広の位置からじゃ見えねえか?あの審神者、赤ん坊連れてるぞ」

「えっ!?」


堀川が慌てて位置を変えるのと同時に、俺も思わず身を乗り出す。
だって、初めてだ。べにと同じ、小さい人間なんて!


「どこ!?」

「女の審神者が抱えてるだろ。まぁ、俺もちらっとしか見えてねえけど」


見間違いじゃあねえけどよ、とじっとそちらを見つめる和泉守と、黙ってるけど同じように興味津々な岩融。
歌仙と小夜はべにを連れて受付に行っちゃったけど、絶対みんな注目するって!
・・・って思ってめっちゃ見てたんだけど。


「・・・うわ・・・!小さい・・・!」

「おお・・・まだべにの半分ほどしかないのではないか?」

「・・・え?どこ!?」

「はぁ?・・・あぁ、後藤はちっせえから見えねえのか」

「がはははは!ではしっかりつかまれ!」

「ちっさいって言うっわあ!?」


突然膝をつかまれてバランスを崩し、危うく後ろに尻もちをつきそうになる。
けど俺のケツは何かを踏んづけてそのまま滑るように太ももだけが着地。
んでもって、俺の腹の前には赤茶の頭が。
それに驚いていれば、「よっ!」という掛け声と、一気に身体が持ち上がる感覚がして。


「うわっ!」

「これで見えるだろう!」

「いや見えるけど!めっちゃ目立つ・・・え?」


自分に集まる視線を否が応にも感じられて、逃げるように視線を動かすと、これまたばっちり視線の合ったさっきの審神者たち。
自然とその手元に目が行って、一瞬で自分への注目なんて忘れてしまった。


「・・・え?あれが、赤ちゃん?」

「応よ!小さくてかわいいなあ」

「うっ・・・嘘だろ!?べにの半分くらいしかねえじゃん!」

「そう言っただろうに」

「いや、それは年齢的な話しで・・・!」


「何を騒いでいるんだい?」

「目立つ・・・」


岩融と高いところでギャンギャンやってたら、ちょっとした騒ぎになっていたらしい。
手続きを終えた歌仙と小夜が帰ってきて、歌仙に訝し気な顔で、小夜にボソッとそう言われてピタリと口をつぐんだ。
この二人、怒らせると口きいてくれなくなるからな。
原因の一端を担うはずの岩融は、そういうこと気にしてくれないし。


「おお!べにより小さい者がおったのでな!」

「え、べにより?」


そう言って、二人も「ほれ」と指し示されたほうに目を向ける。
けど、それから大した時間差もなく、件のその方向から「あの、」なんて声がかかってきた。


「こんにちは。・・・今、よろしいですか?」


岩融の肩の上で振り返れば、声を掛けてきた人のつむじが目に入る。
手に抱えたその子もしっかり見えて、あぁ、やっぱりちいせえなぁと改めて思った。


「構わないよ。僕たちに何か用かな?」


丁寧な話しぶりに、歌仙の態度が軟化する、その後ろで小夜が目立たないようにべにを守る位置に移動する。上からだとこんなにいろいろわかるのか、と一人違うところに感心した。


「用と言うほどではありませんが、可愛らしいお連れ様だと思いまして。私たちもこうして子宝に恵まれたのですが、今後審神者業を続けながらどう育てていくか、懸念しておりまして・・・。もしよかったら、ご両親にお話を聞きたいと思うのですが」

「それだったら申し訳ない。べには僕らが育てているんだ。生みの親は本丸には居ない」

「え?」

「・・・どう見えるか、逆に聞いてもいいかい?」


最初、二人の審神者は顔を見合わせた。
驚いて、困惑して、・・・少し、受け止められなくて。
少しの沈黙に空気が固まりかけた時、それは意外なところから柔らかく崩された。


「べにねー、えんえん、おねがいしましゅってれきたよ!」


どやさ!とちっさい胸を張るべに。
そうだよな、今回初めて自分で受付してみるって話で、一生懸命どう言うか練習してたもんな。
上手にできたのを報告したくってしょうがなかったのを、今まで待ってたんだろうか?
えらいえらいと頭を撫でてやりたいのに、今の俺はべにのはるか上空。
・・・べにと目線が近いなら、でかくなくてもいいかも。


「・・・とても素直で、可愛らしいと思います」


女の審神者がふっと表情を緩めて、べにに視線を合わせるようにかがむ。
べにも女審神者に目をやって、そこでようやく手に抱えているものが目に入ったのだろう。みるみるうちに目をまん丸にさせていく。
けれど人見知りを発動したのか、慌てて岩融の後ろに隠れて。


「こんにちは」

「・・・・・・」

「ほら、べに。ご挨拶は?」

「こ・・・こんいちわ・・・」

「ふふ。ご挨拶できて、えらいですね。私のこの子も、あなたのようになれるかしら」


女審神者が、愛し気に赤ちゃんを揺らす。
つられるように右、左と首の動くべにに、意外とやり手だな、なんてちょっと感心した。


「・・・ちーさいね?」

「そうですね。よければ、撫でてくださいな」

「・・・いーの?」

「勿論」

「・・・おい」

「いいじゃないですか。私、こういう子に育ってもらえたら嬉しいですよ」

「・・・まぁ、そう、だな」


こわごわとぎこちなく赤子の頭を撫でるべにの表情は、上からは見えない。
こんなに小さくなりたいと思うのなんて、多分これっきりだ。
立ったままの男審神者はまだ少し腑に落ちていないようだったけれど、女審神者の言葉に背中を押されるようにして眉尻を下げる。


「いろいろ大変だろうが、頑張ってくれや。もしコイツも審神者になるようなことがあれば、よくしてやってくれ」

「・・・ああ。この縁を大切にさせてもらうよ」


落ち着いた声で歌仙の目を見て言われた言葉は、やけに胸に響いた。
頭から、今度は頬の柔らかさを堪能しているべにはきっと、目を輝かせていることだろう。
赤子はそれを気にすることもなく、ただすやすやと穏やかな表情で空気を和らげる。

この、二人がいつか。
いつか、改めて縁を結べたら。


「かわいーね!」

「・・・ああ。かわいいね」


それはきっと、俺たちにとって大きな一歩になるんだろう。


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