両親
最初は恐る恐る、触れた瞬間に驚きの表情を浮かべて。
「かわいーね!」
「ちっちゃい!」
発見をつぶさに報告するべには、ここにビデオカメラを持ってきていないことを悔やむくらいにはかわいかった。
同時に、本丸に残っている奴らからのやっかみが怖えけどよ・・・
べにの反応を俺たちと同じように楽しみながら赤子を触らせてくれる女審神者が、ふふ、とやわらかく微笑む。
「あなたも少し前までこの子と同じぐらいだったんですよ」
「べにも?」
「はい。そして、私も、この人も。人間は、みんな赤ちゃんだったんですから」
「あかちゃー?」
丁寧な言い方に、思わず俺もうんうんと一緒に聞き入っちまう。
赤ちゃん、赤ん坊、赤子、色々な言い方があるのに、どれも“赤”がつくのはなんでなんだろうな?
一人こっそり首をかしげていると、べにもこてりと首を傾げた。
「あかちゃー、どれ、でてくーの?」
「?どれ?」
「ほーちょー?」
包丁?と今度は女審神者とシンクロして首をかしげる。
真似するようにべにも同じ方向に首を傾けていると、今度は「あぁ、」と隣から助け舟が入ってきた。
「違うよ、べにさん。人間は、刀から顕現するんじゃないんだ」
そう言われてはっと気付く。
そうか。べにがこれまで新しく“生”まれるのと出会ったのは、すべて刀剣男士。
人も同じように生まれると思っても、なんらおかしくないんだ。
女審神者も合点がいったようで、少し困ったように微笑む。
・・・こんな物分かりのいい人間も居るんだな。
「そうですね、人間はお父さんとお母さんがいて、お母さんのお腹から産まれてくるんですよ」
「・・・?おかーしゃ・・・?」
『本丸ID374582:みずき様、本丸ID560003:きなこ様、4番ゲートへお越し下さい』
「あら、呼ばれちゃった。すみません、えぇと・・・べにさん?私はこれで失礼しますね。じゃあ、この子お願いね」
「はいはい」
前半はべにに頭を下げながら。後半は後ろに立っていた男審神者に赤子を差し出しながら。
「行こうか、みんな」と周りに居た男士たちに声を掛けて、颯爽とゲートに向かう後ろ姿は、女だてらに格好いいじゃねえかと感心した。
残されたのは、少し数の減った刀剣男士と、べにと、男審神者。
さっきまでのやり取りはすべて女の方だったし、男はそう饒舌なほうでもないんだろう。
本人もわかっているようで、微妙な空気を早々に察し、「あー・・・」と言いながら気まずそうにポリポリと首筋を掻いた。
「俺はあいつみたいにうまく話せるタチでもねえから、戻らせて・・・」
「あかちゃー、どーやってつくうの?」
そのまま解散、という雰囲気だった周囲の空気がその瞬間、ピシリと音を立てて凍った。
「えっあっそ、それは・・・さ、審神者さ〜ん・・・!」
「はっ!?おおおお前らの審神者だろ!?お前らで何とかしろって!」
じゃあな!と足早に去っていく男審神者が、向こうの方でついてきた男士たちにからかわれている。
平和な光景だ。周りでも、穏やかな喧噪が響いている。
なのになぜだろう。この場だけ誰も目を合わせようとしないのは。
「ねぇ、あかちゃ・・・」
「おああああべに!人間の赤ん坊はな、コーノトリっつー鳥が運んできてくれるんだ!お前もお母さんになれる歳になったらそのうち連れてきてくれるかもなああ!?」
「っそうそう!いつか!いつかわかるよ!」
国広となあ!ねえ!と驚くくらい不自然に話を切り上げて、「あー俺たちの番はまだかなー!?」と話を逸らす。
そりゃあ、正しい知識は必要だろうさ。けどよ、流石に今はまだ早えだろ!!
流石のべにも、これには誤魔化されていることがわかったらしい。ちらりとみれば、ぷくりと頬を膨らませて静かに抗議している。
〜〜〜俺にはこういうことは向いてねえんだよ!国広ぉ、なんとかしろって!
まいっちまって国広に助けを求めれば、さっきまで俺と一緒に慌ててたくせにいつの間にか傍観者側でニコニコと笑っていやがる。
畜生!
「べに、あかちゃー?」
「・・・んあ?あー・・・もうそろそろ、赤ちゃんって歳でもねえなぁ・・・」
「べに、まえ、あかちゃ?」
「ん?んー・・・あぁ、そうだな、前はお前も、あの子くれえちっせえときもあったんだろうが、俺が来たときはもう歩いてたしなあ」
「べに、あかちゃ?」
「お?んー・・・あぁ・・・?」
かなり喋るようになってきたとは思っていたが、やっぱ難しいことはうまく伝わらねえ。
べにも伝わっていないことを察して、知っている言葉をこねくり回す。
「べにね、かたな、ないない?おかーしゃん、あかちゃ?おかーしゃん、だあれ?」
正直やっぱり、前半はわかんなかった。
けど、最後の一言で、俺は息を呑むはめになった。
「・・・べによ。我らはお主の母ではない。父でも、ない」
口火を切ったのは、岩融。
沈んだ声色に、べにが静かに聞く姿勢に入る。
「・・・どっちかっつーと、べにが俺たちの母みてーなもんだよな!」
「?はは?」
後藤が緊張に負けて、わざと明るい声で言う。
首をかしげるべにに「母っていうのは、お母さんのことだよ」と国広が静かに説明する。
それを受けて、静かに考え込むべに。一生懸命、新しく入ってきた情報を整理しているんだ。
本丸には親はいなくて、自分と、自分が作り出した刀剣男士だけだという、異常な事実を。
―――自分の中の、“常識”として。
「べに、みんな、おかーしゃん?」
「そうだね」
「おかーしゃん?」
慣れた手つきで赤子を抱える男審神者を指さしてそう言うもんだから、国広がクスリと小さく微笑む。
「惜しいね。お母さんは、女の人なんだ。あの人は男の人だから、お父さん」
「おとー・・・しゃん?」
べにが男審神者に目を向ける。
もう、べにからの質問はない。
けどたぶん、全員がわかってる。べにの、言葉にできない、気持ち。
“私の、お父さんとお母さんは?”
じっと男審神者を見続けるべにに、いたたまれない感情が湧き上がる。
それに一番に耐えきれなくなったのは、国広だった。
べにを後ろから抱きしめて、肩に顔を埋める。
「?ほいちゃ?」
「僕らは、べにの家族だから!」
あ。泣く。
「血のつながりはなくたって、生きる世界が違ったって・・・っ、僕は・・・っ!」
「俺らがべにを愛してることには変わりねえってことだよ」
国広の頭に手を置いて、声の震え始めた国広の言葉を引き継ぐ。
お前が言いてえのは、そういうことだろ?
『本丸ID125320:べに様、本丸ID883260:らんぷ様、5番ゲートへお越し下さい』
「・・・行こうか、皆」
無情な呼び出しに、それでも歌仙は近侍として声を上げる。
離れがたいとは思っても、永遠にくっついてるわけにはいかない。
けど今日は、いつも以上に頑張ろう。できるだけさっさと終わらそう。
一刻も早くべにの下に戻って、強く抱きしめてやるために。
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