影絵芝居


「お小夜、今日の演練はどうでした?」

「うん。・・・ええと・・・」


このにぎやかな本丸が嘘みたいに静かになる、夜の時間。
僕らは同じ刀派の兄弟のような関係で、当然のように同じ部屋を使っている。
最初は二人の布団に挟まれて寝るのは少し落ち着かなかったけれど、慣れてくると・・・とても、居心地がよくて。
寝る前のたわいもない会話が欠かせなくなって、いつの間にか、習慣になっていた。
別行動した日は特に、べにと一緒にいた人の話が中心。
今回は当然のように演練はどうだったと二人から聞かれて、僕は、今日あったことを思い出しながら枕を抱えた。

べにが演練の受付をしたこと。それを自慢げにみんなに伝えていたこと。
これは帰った後もべにが自分で触れ回ってたくさん褒めてもらっていたから、幸せそうな顔でうんうんと頷く二人のところにも行っていたのかもしれない。
それから、演練の成績は中の上だったこと。形勢は有利だったのに、相手を一撃で沈められなくて実力不足を感じたこと。
さっきと同じような顔で「お小夜は頑張っていますから、そのうち成果となって現れますよ」と慰められてしまった。
それから・・・と枕に顔を埋めて、ふと、あの小さな赤子のことを思い出した。


「・・・審神者の夫婦がいたんだ。べにより小さな赤子を抱えていて、・・・生まれたばかりみたいで、とても、小さかった」

「なんと・・・」


口から出してみて、自分のあの赤子に対する印象が“小さい”がほとんどだということに驚く。


「それは、可愛らしかったでしょうね・・・歩けなかった頃のべに殿など、映像の中でしか知りませんし・・・」

「ましてや生まれたばかりともなると、想像すらできませんね。お小夜はその赤子に触れてきたんですか?」

「ううん・・・僕みたいなのが触ったら、汚れてしまうから・・・」


・・・だから、なのかな。
僕が、僕なんかが触れてはいけないという感覚があるから、江雪兄様のような考えになれなかったんだろうか。
実際、べにと初めて出会った時も、最初は顔を合わせないように避けていたし。
・・・でも、何故だろう。
同じ、人間の幼子のはずなのに。


「お小夜」

「・・・っえ?」


深く考え込んで、聞き逃してしまった。
静かに呼ばれた名前に顔を上げれば、さっきまでよりも少し曇った二人の顔。
・・・しまった。そういえば二人は、僕がさっきみたいなことを言うのが好きじゃないんだった。


「ご、ごめんなさい・・・」

「全く・・・」


ため息をつきながらも、それ以上は叱らない兄様たちに少しほっとする。
それから、さっき考えていたことを聞いてみることにした。


「ねえ・・・兄様たちは、べにが他のと違うと感じることはある・・・?」


二人は赤子を見ていない。でも、演練には何度も行っている。
最初にそれを感じた時、べにがまだ赤子だからそう感じるのかと思っていた。
赤子は純粋無垢で、汚れを知らないから。だから何か、他と違うように感じるのかと。
でも、違った。


「他の審神者と・・・ですか?そりゃあ、べには可愛いですし小さいですし・・・」

「・・・そういうことでは、ないのでしょう・・・?」


指折り数える宗三兄様をよそに聞いてくる、確信をもった江雪兄様の言い方に、コクリと小さく頷く。
外見的なことじゃない。
感じる、何か。


「・・・私たちはべに殿に顕現されましたから・・・影響は、少なからず受けているでしょう・・・」

「うん・・・でも、それだけ・・・なのかな・・・」

「むしろ特別でなくては困ります。あんな幼いうちから戦に駆り出されるなんて・・・」


はぁ、と悲し気にため息をつく宗三兄様には悪いけど、僕の思っていることと少し意味が違う気がする。
江雪兄様も、僕の言いたいことを図りかねているみたいで、じっと僕から目を逸らさない。
どうしてもその視線に耐えられなくてまた目を伏せてしまう。
だって、僕自身、はっきりと何が“違う”と伝えられないから。


「・・・もう、寝ましょう。宗三、貴方も明日、出陣でしょう・・・」

「・・・そうですね。あまり遅くまで起きているのも、性に合わないですし。ではお小夜、貴方もあまり考えすぎてはいけませんよ」

「・・・うん・・・」


促されて布団に入ると、宗三兄様が電気を消してくれる。
隣の布団にごそごそと入り込む気配を感じて、少しして静かになった部屋の中で、瞼も閉じずに考え続けた。

どうして僕は、“べにと違う”と思ったんだろう。
・・・“力”をもった幼子だから?幼子だから、霊力がさらに純粋に感じられたんだろうか。
今日出会ったあの赤子にも、少なからぬ霊力は感じられた。親もそれをわかっていて、審神者になるかもとほのめかしていたし。
でも、べにとはやはり違った。どちらかというと、両親と同じ、他の審神者と同じ質のそれ。
これは違う、と一度瞼を閉じて、なら、とまた頭を働かせる。

直に霊力を受けた、親のような存在だから?
・・・ならば、他の審神者のもとに居る刀剣男士も、同じことを感じているのだろうか。
自分の審神者の霊力は、他の審神者のものとの見分けがつくのだろうか。


「(・・・聞いてみる、なんて・・・)」


同じ本丸の兄弟刀ですら、この反応なのに。
他の本丸の刀剣男士にそんなことを聞くなんて、僕の性格ではできそうもない。
これ以上はもう無駄かな、と一度諦めると、いつの間にかまた開いていた瞼はとろとろと落ちてくるもので。
いつの間にか、身体が沈み込むように夢の中へと落ちていった。


**********
back/back/next