苦悩
ーーー思えば、兆候はあった。
「出陣先は、いつも加州が決めているのか?」
「ん?うん、そうだよ」
「どのようにして出陣しているのだ?」
深く気に留めるほどのことでもないはずの質問は、一瞬、喉の奥を締めさせた。
互いに戦いの中に身を置く者。一瞬を隠すのも、一瞬を見破るのも、その熟練度がモノを言う。
当然本来なら練度の高い加州に軍配があがるが、こと今回に関しては、言い訳をするなら、こちらは気を抜いていて、相手は寸も見逃すまいと研ぎ澄ませていた。
「いやなに、いつも気付いたら戦場だからな。どうなっているのか気になっただけだ」
「・・・俺もよくは知らないんだよね」
はっはっは、と、いつもと同じ笑い声に、気の抜ける笑み。
疑わせるつもりはないと先手を打たれれば、これ以上警戒するのは悪手。
極力気にしていない体を装って、ひょいと肩を上げてみせた。
「この端末に行き先を入れると設定されるみたいだけど」
「ふむ・・・」
最近はもう常に小脇に抱えている端末を軽くあげてみせれば、当然その視線はそこに向く。
その鋭さに、今度こそ、嫌な予感が顔を見せた。
それを顔に出すなんてことは勿論しない。今ここは、既に“気の抜ける”本丸ではなくなってしまったのだから。
けれど同時に、一瞬で自分が“そういう”方向に思考を持って行ったことに、頭の片隅で驚く。
“いつかそうなる”なんて、思っていたわけでもあるまいにーーー
「加州」
「ん?」
「いつも一人で大変だろう。どれ、その役このじじいにもできんか?」
「あはは、ありがとねー。もう慣れたから大丈夫だし、燭台切も使えるから」
話は終わり。そう、片手を上げて目を伏せることで伝える。
スタスタと、不自然にならない程度に早足に、この“戦場”から抜け出す。
少しだけ速くなってる心拍数を胸に感じ、廊下の角を曲がり。相手から見えなくなったのをいいことに、緩く眉間にしわを寄せた。
「・・・パスワード、変えとこうかな」
いや、そこまですることでもないかもしれない。ていうか、そう思いたい。
当初の目的地である執務室までの道のりを歩きながら端末のロック画面に“べに”と打ち込み、改めて安直だよね、と反省する。
でも、そもそもパスワードを付ける必要も感じていなくて、もし自分に何かあった時、他の誰かがすぐに思い付けるもので、と思っていたんだけど。
そこまで考えて、ふと、他の面子の手にこの端末が渡ったところを想像する。
例えば、一度心の折れかけた今剣。大丈夫だろう、むしろ何処かに置き忘れていたら開けるなんて発想なく持ってきてくれそうだ。
例えば、“拾われ”と自分の出自を気にしていた堀川。大丈夫だろう、彼は一度敵の誘いを断った実績もある。
では、彼は。
べにのことを溺愛しているのはわからないはずもない。デレデレと蕩けた笑みが偽物とは思えない。
ましてやべにを馬鹿にされたことにひどく腹を立てていた一面もある。
・・・まぁ、燭台切の言いつけを守らず、おやつを与えていた前科はあるが・・・
でもなぁ、と胸にくすぶる何かを感じながら執務室に戻り、所定の位置に端末を置く。
この位置も・・・とか果てないことを考え始めた自分に一つため息をつき、気持ちを切り替えるためにも、と机の前に腰を下ろした。
トントン、とノックの音が聞こえてきたのは、しばらく経った後のこと。
「加州、僕だけど・・・今いい?」
「燭台切?うん、いいよー」
少し控えめな挨拶に続いて、静かに入ってきた燭台切。
浮かない表情に、今日の出陣は問題なかったはずだけど、と身体ごと向き直った。
「どうしたの?何かあった?」
「うん・・・ううん、まだない・・・というか、僕の思い過ごし・・・だと思いたいんだけど、一応・・・と思って」
「?」
煮え切らない様子の燭台切に、一先ず、と座らせる。
出陣先も、面子も、問題はなかったはず。帰還後に怪我の報告も受けてないし、見た限り皆疲れている様子もなかった。
もしかして遠征?いつも余裕をもって隊を組んでいるはずだけど、もしかして間違ったかな。でもその程度でここまで言いづらそうな様子になるとも思えないし。
あ、もしかして食材が手に入らなかったとか?これは一番可能性高いかな。食材管理、任せっきりだもんなー。
燭台切が言葉を探す間、思いつく限りの想像を巡らせる。
けど、甘かった。
「・・・まず、事実だけ伝えるね」
その言葉は、誤解を避けるためのもので。
「・・・三日月さん、に・・・」
その事実は、身を切られるような痛みを、感じさせた。
「・・・端末の使い方を、聞かれたんだ」
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