加州清光は孤独を嫌う


「・・・大倶利伽羅だ。・・・・・・・・・別に語ることはない。馴れ合う気はないからな」


名乗った後の沈黙が長く感じたのは、別に気のせいじゃないと思う。
もはやおなじみの反応に「よろしくねー」とべにの腕を振らせれば、大倶利伽羅の眉間の皺が二割増になったように見えた。
燭台切から鍛刀の勧めを受けて数日。
大体つかめてきた割合の資材を式に任せれば、なんだか妙に黒いのが出来上がっていた。
初っ端から無愛想な表情なんて、今までの刀剣たちとは違う感覚に、これはちょっと面倒くさいのが来たかも、なんて。


「俺は加州清光。見ての通り、この本丸の主はかわいい赤ん坊なべにだよ。出陣や内番の指示は基本的に俺か燭台切が出すからそのつもりで」


いつもどおりの口上。
これに対する反応で相手の性格もそれなりに掴めるんだけど、さて・・・とあからさまにならない程度に軽く大倶利伽羅の動向を伺う。
そんな加州の視線の先。
今までぴくりとも動かなかった表情が、少し、変わったように見えた。


「・・・光忠がいるのか」

「・・・ん?なに、しりあ」

「ねえ!誰が来たの!?」


思わぬ反応に少し首を傾げるのと、スパン!と勢いよく戸が開けられるのはほとんど同時だった。
何!?と反射的に腕の中のべにを庇うように軽く構えながら振り返れば、戸を開けた体勢で固まっている燭台切。
その目が大倶利伽羅を捉えた瞬間・・・ぱぁっと、その顔が輝いたのが見て取れた。


「・・・チッ・・・五月蝿いのが来た」

「やっぱりくりちゃんだ!うわあ、久しぶりだねぇ!元気だった?あれから刃こぼれとかしてない?」

「・・・フン」


嬉しそうに・・・本当に嬉しそうに大倶利伽羅に話しかける燭台切に、ちょっと引く。
けど話しかけられてる大倶利伽羅は素っ気無い返事をしながらも、なんだか邪険にはしていないようで。
完全に蚊帳の外な状態になんともいえない気分を味わいつつ、とりあえずさっき聞きそびれたことをそっと口に出した。


「あー・・・知り合い、なんだ」

「あぁ、昔同じ主に仕えていたんだよ。懐かしい気配がすると思ったんだぁ」

「・・・へぇ、そうなんだ」


それ以上、どう言えばいいかわからなかった。
ヨカッタネ、と口から搾り出してみても、それが感情の乗ってない音だって自分でもわかる。
当然、機微に聡い燭台切がそれに気付かないはずもなくて。
でも、自分のこの感情を、どう言葉にして説明すればいいのかもわからなくて。


「・・・?かしゅ・・・」

「あーじゃあ案内とか任せていいよね!俺、忙しいから!」


べにを抱えたまま逃げるように部屋を出て、バタバタと鍛刀部屋から走り去る。
振動のせいか、首に回ったべにの短い腕に、ぎゅっと力が入ったのを感じた。










「・・・なんで俺、逃げたんだろーねー」

「あー」


戦場分析や部隊編成の書かれた紙が広げてある机に頬杖をつき、隣に座るべにの頬を突きながら、つい数分前の自分の行動を振り返る。
ここに来るまでも考えてはいたけれど、どうにもいまいち自分の感情と行動が理解できないのだ。


「・・・なんで、こんなにもやもやすんだろ・・・」


きゅう、と、胃が引き攣れる感覚。
その部分に手を遣ってみても、異変があるわけではない。
そしてそれで“さっぱり原因がわからない”と首を傾げるほど、加州は人の身を得て短いわけでもなかった。
身に異常がないならば、原因は“心”。
じゃあその“心”は、何を訴えているの?
大倶利伽羅の態度が俺のときと全然違ったから?腹が立った?
あんな嬉しそうな燭台切を、初めて見たから?驚いた?
・・・二人が、すごく仲良さげに見えたから?・・・


「嫉妬かよ」


あまりにも子どもっぽい自分の思考に思わず笑っていると、加州の手を玩具と思ったべにが顔を輝かせて手に掴みかかってきた。
結構素早くなってきたべにの手に指を捕られれば、行き先なんて決まってる。


「ぅわー!下手したら流血だから!!やめて!!」


小さい割りに鋭いまるで短刀のような歯に、すでに軽傷にさせられた者もいる(三日月とか)。
本丸で怪我なんてカッコ悪い!と慌てて懐から輪っかを出してべにに差し出せば、手と見比べてまるで“しょうがないな”と言わんばかりの表情で標的を輪っかに移してくれた。


「もう飽きてきたの?あんまり増やせないんだから、あるもので納得してほしいんだけどね・・・」


言葉が、尻すぼみに消えていく。
言ってて、まるで刀剣(おれたち)のことみたいだと思ってしまったのだ。
輪っかをかみかみしたり床にぶつけたりして遊ぶべにを眺めながら、さっきのことに思考を戻す。
正直、挙げた理由はどれも、しっくり来ない。
別に燭台切にとっての一番が自分じゃなきゃ嫌だ!なんて子どもみたいなこと言うつもりはないし、
加州にとって一番が大事なのは、主にとってのそれだ。
べにの純粋無垢な笑顔を見て“愛して!”なんて望むはずもないし、現状には十分満足している。
いる、のだけど・・・


「・・・あぁ、もう。これだから“心”ってやつは面倒なんだよねー」


あるのはわかるのに、原因がわからない、なんて。
原因がわからない以上、対処のしようもないから、困る。
これ以上考えても意味ないかな、と軽いため息をついてべにの頭を撫で、机の上に目を向けた。
とにかく、新入りが来たんだから、経験を積ませないとね。
丁度そろそろ短刀たちも合戦に連れて行こうかと思ってたし、全体の見直しを―――


「加州、ちょっといいかな」


トントン、と軽くふすまを叩く音とともに入ってきた声は、燭台切のもの。
一瞬跳ね上がる心臓に気付かないフリをして、努めて普段どおりの声を出した。


「燭台切?いいよ、どうぞー」


律儀にも返事を待つ燭台切が、スラリと開けたふすまの間から顔を覗かせる。
そしてその後ろに、部屋に入ってこようとはしないものの、大倶利伽羅の姿が見えて、取り繕うまでもなく首を傾げた。
加州が鍛刀部屋を飛び出してから、まだ四半刻も経っていない。
その程度の時間で案内しきれる本丸でもないし、ましてや案内が終わったからといって加州に報告する義務があるわけでもない。


「どーしたの?何かあった?」

「あぁ・・・まあね」


歯切れの悪い返事に、今度は自分の眉が動くのを感じる。
普段端的に、必要なことをはっきりと話す燭台切だからこそ・・・そのあいまいな話し方は、妙に不安感を煽った。
部屋に入ってきた燭台切は机の上にある資料にちらりと目をやると、「ごめんね、仕事中に」と申し訳なさそうにする。
正に今手をつけ始めただけで、まだ何もできていなかった事実に「あぁ・・・うん、」と若干気まずい思いをしながら応えた。
居住まいを正すように少し離れて正座する燭台切も、やはり何か、言いづらそうで。


「そろそろ部隊編成を見直そうかな、って。ほら、短刀たちも大分慣れてきたでしょ?戦場に慣れてる俺たちがフォローしながらいけば、一度に二振りずつくらいは・・・」

「そのこと、なんだけど」


取り繕うようにするすると口から出てきた言葉は、燭台切の一言にぴたりと流れを止められる。
同時に呼吸も止まってしまったようで、どくどく、と、心臓が嫌に早くなっていくのを感じた。


「しばらく、くりちゃんと一緒に遠征部隊にいてもいいかな?経験を積みたいのもあるけど、次にいけそうだと言っていたところ、短刀や打刀では難しい土地みたいだから」

「・・・いいよ、行ってきたら?」


普通の顔、できたろうか。
自分がどんな顔をしていたか、自信がない。
少なくとも、可愛い顔じゃなかったろう、なぁ。
燭台切と大倶利伽羅が去った部屋の中、大人しく腕の中に納まるべにをぎゅっと抱きしめて、隠れるようにため息をついた。


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