加州清光は欲を張る?


「燭台切は最近、くりからに付きっ切りですなぁ」


嫌味なくらいに広く遠い青空が広がる戦場。
お供の狐が何の気なしに言ったであろう言葉が、耳からそのまま胸の辺りまで刺しこまれたように思えた。


「・・・昔馴染みなんだってー」


爪を気にするフリをしながら、低くなりそうな声を何とかいつもどおりの高さに留める。
ったく、何で俺がこんなに気を遣って話さなきゃいけないんだか・・・
内心でぶつぶつと不満を零しながらも、それを表に出して何故不機嫌なのか聞かれたときに応えられる自信がなくて、じっと爪を睨み付ける。
綺麗に切りそろえた赤い爪は少し伸びてきていて、帰ったら整えなきゃな、と漠然と思った。


「えーでも、だからって一人だけ特別扱い?おじいちゃんのときだって戦場で育てたのに!」

「はっはっは。怪我は決してするなと、無茶な注文だったな」

「さっさと大将の首掻っ攫うようになったくせに・・・ま、俺らも強くなってきたしねー。部隊編成は、確かにどうしようか悩んでたんだ」


ぷんすかと頬を膨らませる乱はかわいい。
けど、純粋であるがゆえに、その言葉は彼自身のように鋭く加州に突き刺さった。
自分の口からするすると出ていく言葉に嘘はない。
もともと遠征や本丸内での手合わせ等で実力の付いてきた短刀たちを合戦に、とは考えていたことなのだ。
けれど短刀を育てるにも、いつも行っている場所に連れて行って怪我をさせては話にならないし、あまりに実力差のありすぎる簡単な戦場では経験にならない。
だから、場数を踏んでいる加州と燭台切が、フォローしながら戦える戦場を、とは思っていたのだ。
のだ、けれど。


「戻ったぜ」

「・・・おかえり。どうだった?」

「中央の隊が引っ込んでるように見えたな。こういうときは、そこを逆につけばいいんだったか?」

「そ。確か、魚鱗陣とかいうんだったかな?」


ちなみに相手は鶴翼陣ね、とうんちくを語れば、ほぉ、とまんざらでもない反応が返ってきて少し照れくさくなる。
普段いつも索敵をしているのは加州なのだ。陣の名前を知っていても可笑しくはない・・・とはいえ、加州も紺野から陣形の呼称を聞いたのはつい最近だ。
それは黙っておこうかな、とへらりと笑って刀の調子を見る体で顔を伏せた。
今回、より経験を積ませることも考えて薬研に偵察に行かせたけれど、それがどうやら功を奏したらしい。
敵に見つかることもなく無事に帰ってきた薬研は、これからもしばらく偵察隊の座に着きそうだ。


「さ、出陣するよ。鳴狐は乱をフォローしてあげて。歌仙とじいさんはそれぞれ右翼・左翼をよろしく。薬研は俺から離れないこと。いい?」

「「了解!!」」

「無理は?」

「「禁物!」」

「軽傷イコール?」

「「即撤退!!」」

「よし、出陣だ!」


まぁ、実際指示を出すのは加州と、暗黙の了解がありはするが。
威勢のいい掛け声とともに加州と薬研が地を蹴り、それに続いて皆が一斉に走り出す。
徐々に近付く、戦場特有の重苦しい空気。
このまま突っ込んだ先で、普段なら思うままに振るう本体も、これからしばらくはそうはいかない。
守らないとね、と後ろにチラリと目を遣れば、実力差があるはずの加州に涼しい顔でついてくる薬研。
短刀の機動力は本当に侮れない、が、その分間合いの狭さが時に命取りともなりえる重傷を招く。
遠くに見えた敵の影に、でかいのを早めに始末しておくか、と刀を握りなおした。
そんな、敵と対峙するにはまだ少しあって、けれど他の刀剣たちとは距離ができたこの場所で。


「なぁ」


とつ、と、薬研が静かに声をかけてきた。
声のトーンからして、戦のことじゃない。
それだけで、まるで戦場の只中に放り込まれたかのような気分に陥った。
・・・あぁ、なんで薬研を偵察に行かせちゃったんだろう。
詮無いことなのに、そう、思わずにはいられなくて。


「今日の出陣。乱と一緒に動くのは、鳴狐の旦那でよかったのか?」

「確かに、一期の顔がすごいことになってたね」

「まぁ、いち兄は疲れが溜まってたから、休んだほうがよかっただろうってのは認める」


ウチでの三番手は、やはり太刀である一期だ。
“一期が無理だったから鳴狐にしたんだ”、って、暗に察して、納得してくれればいいのに。
うやむやにして、誤魔化して。説明できない本当の理由なんて、靄にまぎれてしまえばいいのに。
・・・勿論、薬研がそれを許してくれるはずないなんて、わかっているんだけど。


「けど、燭台切の旦那は」

「大倶利伽羅と遠征、だよ」


しまった。
食い気味になってしまった。
薬研が目を、す、と細めたのが気配で伝わる。
・・・ウチの本丸、聡いやつ多すぎでしょ。


「・・・素直に言ってもいいんじゃねぇのか?」

「は?何のこと」

「燭台切の旦那だって、言ってわからねぇ御仁じゃねえ。俺っちたちが兄弟に会うのと同じように、ちょっと舞い上がっちまってるだけだろ」

「・・・だから、何が」

「だーんな?」


これ以上逃げんなよ?と見上げる目は、これ以上話を逸らすことを許さない。
せめてもの抵抗に視線を逸らしても、追いかけてくる目は逃げることすら許さなくて。


「“俺も大事にしろ”ってな。お前の相棒は俺なんだって、言ってやりゃあいいじゃねえか」

「・・・そんなんじゃないし」

「そうか?」


そんな、甘ったるくて重苦しそうな関係じゃない。
燭台切とはもっと、仕事上の関係で・・・でも、信頼はしてて。
でも、俺が燭台切の“一番”になることはないって、どこかでわかってて、納得もしてて。
・・・じゃあ、何でこんなにモヤモヤするんだよ?


「・・・まぁ、今はそんなこと考えてる場合じゃない、ってねっ!」

「!!」


振り返りざまに薬研の頬すれすれに刀を突き立てれば、それは背後に迫っていた短刀の眼窩に突き刺さる。
ギィ、と耳障りな断末魔を上げた短刀を刀から振り払い、次に備えて重心を落とした。
いつの間にか、背後を取られる位置まできてしまっていたようだ。
薬研も敵が迫っていることに気付いたのか、少し遅れて抜き身の短刀を構える。


「すまん、気付くのが遅れた!」

「油断大敵、ってね!さっきも言ったけど、俺から離れないように!短刀を中心に、無理は厳禁!」

「了解だ!」


一気にさっきまでとは違った緊迫感に包まれ、固まりそうな身体を声を上げて奮い立たせる。
敵は少なくはない、けれど今までの戦場と違って、大太刀はいない。
それだけで随分とやりやすくなる、と太刀の斬撃を受け流した返す手でその胴を切り払った。
必ず視界に薬研を入れながらの戦闘は中々神経を削るけれど、さっきまでよりは、マシだ。
今は、いかにして薬研をフォローしつつ敵をさばくかだけを考えろ。
そうすれば、余計なことを、考えなくて、済む。


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