加州清光の緊張


「うわぁ・・・結構人数居るね・・・」

「参加する本丸は少なくないからな。これでもエリアごとに分かれているから少ないほうだ」

「エリア?」 

「審神者は日本の各地に拠点を構えている。ここは備中国の審神者が集まる会場だ」

「へぇ・・・」


きょろきょろと、名実ともにおのぼりさんの如く施設の中を見渡す。
紺野に連れられてやってきた道場のような広い空間には、それをするだけの価値があった。
本丸にある鍛錬場と造りは似ているが、決定的にまるで違うのが、向かいの壁。
そこにはスクリーンのようなものが設置されていて、刀剣男士の顔と、おそらく審神者の名前が表示されている。
その下に座っている人間が操作しているようで、画面は随時情報が更新されているようだった。
受付のようなそこの左右にはそれぞれ扉があり、きっとそこが演練場へと続いているのだろう。
そんな広い空間に、何人かずつの集団がいくつか、ある程度の距離を保って点在している。
見たことのある顔もいくつかあるけれど(ていうかオレが居た)、これが降ろした審神者の違いってやつなんだろう。
一瞬「あれ?今回お留守番組だよね?」と確認しそうになったのは、言わなければ問題ないということで。
加州の緊張が伝わっているのか、始めての場所で不安なのか。べには加州のマフラーをぎゅっと握り締めて、肩に顔を埋めたままだ。
けれどその顔がもぞりと少し動き、動いたかと思えば数秒後にはがばっと元の位置に戻ることを考えると・・・今の加州と同じような動きをするのも、時間の問題だろう。
実際後ろに付いてきているほかの面々も似たような反応をしているんだから、誰もとがめられないしね。

そんな連中を尻目に紺野は数歩前を歩いていて、ひそひそとざわつく後ろを振り返る様子はない。
この間ちょっと微妙な雰囲気になってから、今日まで顔を出すことはなかったけど・・・、特に変わった様子もないし、相変わらずの愛想の悪さだね。
せっかくべにに名前を呼んでもらえたっていうのに・・・いや、もしかして照れくさかったとか?
だったら面白いな、と思わずにやけそうになる顔を何とか引き締めるのと、紺野がクルリと振り返るのとはほぼ同時だった。
危ない。


「受付に向かう。加州は審神者を連れてついて来い」

「OK、僕らはここで待っていればいいのかな?」

「好きにしろ」


燭台切の質問をスパンと切り捨てる紺野。
それだけ言うとまたさっさと背中を向ける姿は、普段どおりなような、少しいつもよりキツイような・・・?
はて?と加州が首を傾げる一方、やれやれといった表情でサムズアップする燭台切は紺野の対応にももう慣れたものだが、大倶利伽羅はそうもいかなかったらしい。
ピクリと眉を動かす大倶利伽羅を目で示せば、意を汲んだ大和守が「ほっときなって」と諌めに入る。
その後ろで歌仙と薬研が一連の動きを穏やかに見守っているのを見て、まぁ大丈夫だろうと見失いそうになる紺野の小さな背中を追った。
今回の演練は、無傷の勝利にこだわらなくてもいい。
そう分かったとき、真っ先に頭に浮かんだのは“じゃあ、負けよう”だった。
相手の強さもまちまち、ともすれば第一部隊で向かっても遊ばれて終わりということもあるだろう。
ならば、まぁ。様子見ということも兼ねて。
夕食時に「強い奴と全力で戦いたい人ー」と声をかけて、真っ先に手を上げた大倶利伽羅と大和守。
興味のある視線を向けた歌仙と薬研。
もともと行く予定だった加州と、引率ということで燭台切。
三日月が羨ましそうに若干駄々をこねたが、次必ず連れて行くということで今回は大人しく留守番することに納得し・・・
結果、丁度本丸全体の平均的な錬度の編成に落ち着いた。
経験の質は相手によって違うだろうし、様子見としては十分な部隊だろう。
足の間をするすると抜けていく紺野を少し辟易しながら追いかければ、最初に目に入ったスクリーンの真下にたどり着いた。
軽い跳躍で受付の机の上に乗った紺野に、手元でパネルを操作していた人間が気付いて顔を上げる。
紺野と―――こんのすけと目が合った瞬間きょとん、と目を点にしたその人は、その後ろに加州が居ることに気付くと、すぐさまにっこりとした営業スマイルを貼り付けた。


「こんにちは。参加者の方・・・あら?審神者様はどちらに?」

「うちの主はこの子だよー」


はい、とべにの手を上げようとして、その腕が加州のマフラーから全く離れなかったせいで若干首が締まった。
思わぬ抵抗に驚いて顔を覗き込もうとしても、肩から頑として顔を上げようとしない。
それどころか人見知りを発揮してしまい、ぐりぐりと肩におでこを押し付けるべに。
さらには加州のマフラーに頭をもぐりこませようと奮闘していて。


「(可愛すぎだろ・・・!)」


加州がべにの可愛さに半ばやられかけている一方で、加州の言葉をようやく理解した受付嬢の顔が、ゆっくりと営業スマイルのまま固まった。


「・・・はい?」

「歴史修正主義者対策本部管理官の紺野だ。この者は特例だ。ID125320でデータを参照しろ」

「ほっ、本部管理官・・・!?しょ、少々お待ちください・・・!」


こんのすけが話したことには驚く様子もなく(通信機能が付いていることを知っていれば当然か)、女性はその内容に目を見開く。
見るからに慌ててパネルを操作しだした女性には聞こえないよう、加州は机の上で悠然とおすわりを決めこむ紺野に小さく声をかけた。


「・・・何、アンタ偉い人だったの?」

「肩書きが大仰なだけだ」


つんと澄ました声で端的に返される言葉に、自慢や驕りは見られない。
本当にそう思っているのか、それともこの質問に慣れているのか。
まぁどっちでもいっか、と視線を女性に戻して、もぞりと顔を動かし始めたべにを抱きなおした。


「しょ、照合が完了しました。べに・・・様、ですね。えぇと、次回からこのパスを使用してください」


机の上にぺたりと置かれたカードには、“審神者 べに ID125320”と印字されている。
この一瞬で作ったのか、と現代の技術に感心する暇もなく、「戻るぞ」と紺野が机から飛び降りた。
慌ててカードを取って踵を返せば、後ろから「御武運を・・・」と間違いなくマニュアルどおりに口をついただけの言葉が追いかけてくる。
やっぱり赤ちゃんの審神者なんて珍しいよね、とその反応になんともいえない気分になれば、周りからの視線もおのずと意識してしまうというもので。
さっきまでは気にならなかった、ざわめきの中の「赤子・・・?」だとか「加州が抱いてるあれ・・・」だとかが妙に耳をついた。


「(まぁ・・・俺だって、今だからべにが俺たちの主だってはっきり言えるんだけどね)」


加州だってきっと、べにと初めて出会ったときは同じ反応をしていた。
自分たちが慣れる頃には、きっと向こうも慣れているだろう。
そんな期待とも願望ともいえない思いを抱えながら、それでもしっかりと顔を上げて皆の下へ少しだけ早足で急ぐ。
早くほっとしたかった。
演習とはいえ周り皆敵だらけ、しかも好奇の視線に晒され続ける状況に、べにを晒したくなかった。

なのに。




不意に、向かう方角がざわりと騒がしくなる。
ひしひしと伝わってくる不穏な気配に、まさかと思いつつも半ば走るようにそこに向かえば。


「・・・ちょっと、何があったの?」


燭台切を先頭に、皆がそろって同じ方向を睨みつけていた。
人ごみのせいで何を睨んでいるのかまではわからなくて、とにかく、と燭台切に駆け寄る。
自分たち六振りの周りにぽっかりとした空間ができているのが、この騒動の原因を嫌がおうにも感じさせて。


「・・・ねぇ、何さ、これ?」


燭台切からの返答はない。
ただじっと前を睨みつけるその隻眼に、普段の優しさは一切見えない。
戦場のそれと同等、もしくはそれ以上に敵意のこもったそれに、一体何が、と視線の先を見るよりも早く。



「うわっ、マジでそれ!?ありえねー!!」



「・・・・・・は?」


あざ笑うかのような、不快感を逆撫でされるような、そんな、声。
腹が立つよりもまず、わけがわからないという思いが先行して。
振り返った先に立つ男の表情を、見た瞬間に。


「なぁ、それが例の“審神者カッコカリ”?」


“あぁ嘲弄されているのか”と、あまりにもすんなりと、理解できた。



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