歌仙兼定は怒りと悟りの狭間で


ざわざわと、耳障りでない程度の喧騒があったはずの場が、水を打ったように静まり返る。
この場に来たのは初めてのことだけれど、現状が平常とはかけ離れていることぐらい、嫌でも理解できた。


「信じらんねー。審神者は18歳以上だぜ?何でそんなのが審神者できるわけ??」


隣に立つ薬研の息遣いすら聞こえてきそうな空気の中、あまりにも場違いな声が響き渡る。
奇妙に甲高く引き上げられた声は、それだけでこちらの神経を逆なでするのに十分だ。
加州と紺野が僕らから離れて幾ばく。


『なぁ、そこの歌仙。人があのちっこいのしかいねぇみたいだったけど、まっさかアレが審神者とか言わねぇよな?』


突然話しかけてきたソイツは、こちらが戸惑いながらも頷くと、まるで水を得た魚のように我々を貶してきた。
赤子に審神者業が勤まるはずないだの。
よくあんなのを主として認められるだの。
刀剣なんかによく育てられる、というより生かしておけるだの。
復唱するのも忌々しい、心のない言葉の数々。
最初は戸惑っていた、もしくは相手にしないようにと無視を決め込んでいた我々だったが・・・、次に放たれた言葉で、一気に臨戦態勢を取らされた。


『絶対に普通には育たないね。断言できるし』


誰かの鯉口が、カチャリと鳴る音が聞こえた。
・・・頭に血が上るとは、こういうことか。
一気に視界が狭くなるのを感じながら、どこか冷静な自分が今の自分の状態を分析する。
ここで争うのはまずいと、わかってはいる。
けれどここまで言われて、黙って背を向けることはできなかった。


「・・・特例として政府の認可はおりている。他の本丸の審神者が口を出すところではない」

「いやーいやいやいやいや。フツーにあるっしょ。ヤバイっしょ。逆になんで闇落ちしてないん?わざわざ敵育ててどうするん??」


戻ってきた紺野が説明しても、歯牙にもかけずに反論される。
敵を育てる?闇落ち?
分からない言葉がいくつか出てくるが、それでもこの男が我々のことを良く思っていないことはよくわかる。
足元にいるらしい紺野の姿は狭くなった視界では捉えられないが・・・ぐっと低くなった声に、その感情は十分に受け取れた。


「本部管理官が適宜監査を入れている。今のところ問題は上がっていない」

「適宜ー?てかそれって常には見てねぇってことだろ??うっわー穴だらけの監視だって自ら暴露しちゃった感じ?的な?」

「・・・・・・これ以上は政府への不信感を煽るためのものと判断する。言動によっては審神者不適格と判断されることを頭に入れて置け」

「おぉっとぉ、怖い怖い。はーヤダヤダ、お前の本丸消すぞって脅されちゃあ黙るしかねーわなー。ま、できねぇだろうけど」

「・・・名を名乗れ」

「ていうか、お前は何よ?」


ピィン、と、空気が極限まで張り詰める。
息をしたら、張り裂けそうな空間。
周囲の誰も、居合わせただけの関係ないはずの他の審神者や刀剣男士までもを巻き込んで。
息を飲むことすら許されないそれは、けれどあっさりと崩された。


「ふぇ・・・っ」

『本丸ID234771:修一様、本丸ID878931:彩女様、3番ゲートへお越し下さい』

「ありゃっと、勝手に名乗られちった。ツマンネ」


無機質な声で場内に響き渡った放送に、男が言葉通りつまらなさそうにため息をつく。
そのまま何事もなかったかのように踵を返して受付の方向へ向かう男を、空気に耐え切れず泣き出したべにを抱えた加州が引き止める。


「っちょっと!」

「はいはい。もういいよーどうでも。どうせ全部潰すから」


五月蝿い、とでも言わんばかりに。
あからさまに両耳を塞いだ男は、そのままあっさりとゲートをくぐって姿を消した。
残されたのは、凍てついた空気の中に響き渡る、普段とは違ったべにの泣き声。
痛々しいほどのそれは、我に返った加州があやして、泣き疲れて眠るまで続いた。










「・・・何っなのアイツ!」

「分からない・・・急に話し掛けてきたと思ったら、あんな調子で・・・」

「あんなに無礼なことを言われたのは、刀剣だったときを含めても初めての経験だね」

「あ゛〜・・・腹立ってしょうがねぇぞ、こいつは」


がしがしと頭を掻く薬研に、雅さを求めて注意する気も起きない。
本当は歌仙だって、今すぐあの男を追いかけて思い切り張り倒してやりたいくらいなのだ。
・・・だが、それをしたら。


『絶対に普通には育たないね』


・・・正面からルールの中で戦って、完膚なきまでに叩きのめしてこそ、あの男の言葉を否定できる材料になるわけであって。
べにに手本を見せる立場にある我々が、堂に外れたことをするわけにはいかないんだ。
それはおそらく、後ろでじっと拳を握り締めていた、大倶利伽羅と大和守も同じで。


「・・・本当は今日、適度に手を抜いて、勝っても負けてもいいかーってぐらいの気分でいたんだけど」


加州が、涙で濡れたべにの頬を優しく拭いながらそう呟く。
すー、すー、と先ほどまでとは打って変わって落ち着いた寝息を立てるべにに、愛しさと、胸を締め付けられるような悔しさを感じる。


「・・・勝つよ」


大切な主を馬鹿にされて、平常心でいられるはずがないのだ。
直接は聞いていない加州も、歌仙たちの様子と紺野とのやりとりで十分想像が付いたのだろう。
普段べにを見て幸せそうに蕩ける顔は、完全に目が据わっていて。


「僕も同意見だね。ぼこぼこにしてやらないと、気がすまないよ」


賛同する燭台切も、声こそいつもの調子だが、表情に普段の温厚さは見当たらない。
かく言う他の面々も、似たり寄ったりな表情をしているのだが。


「勝てる作戦をよろしくね。足手まといにはなりたくないから」

「・・・相手が誰だろうが関係ない。勝てばいいんだろう」

「力を試すのもいいと思ったが、殲滅するのも悪くねぇな」


闘争心というには生易しいそれを解き放つときを、今か今かと待ちわびる。


『うわっ、マジでそれ!?ありえねー!!』

『なぁ、それが例の“審神者カッコカリ”?』

『何でそんなのが審神者できるわけ??』


“それ”?

“そんなの”だって?

べにを審神者とすら認めない、お前は一体何様だ。

ふつふつと煮えたぎる内心を、刀を握り締めることで内へと留める。


『本丸ID182749:kaz様、本丸ID125320:べに様、4番ゲートへお越し下さい』


聞こえた放送に顔を上げれば、スクリーンに映し出されたべにの名前が点滅している。
まずは、肩慣らし。
同時に動き出した向こうにいる集団に目を向ければ、太刀・打刀中心の部隊。
錬度は、低くはないだろう。
だが、それがどうした。


「偵察は俺がやる。薬研、切り込み隊長は任せたから」

「りょーかい。一番弱い奴からぶっすりいけばいいんだな?」

「一期の言葉を借りれば、“各個撃破と洒落込みますか”といったところだね」

「基本はツーマンセルでいくよ。今回に限っては、怪我してもいいから」


ゲートをくぐれば、普段戦っている戦場と似た地形が目の前に広がる。
手のひらを握ったり開いたりして感覚を確かめてみたけれど、特に普段と変わりもなく。
けれど決定的に違う、ゲート手前で係りの人間に預けたべにが、中空にあるガラス窓の向こうで眠っているのが見えて。
戦場にはありえない光景ながら、“日常”を感じてクスリと頬が緩むのを感じた。


「さぁ、勝ちにいくよ」


加州の言葉に、首を戻して力を入れなおす。
―――べにの育て方が、正しいなんていうつもりはない。
けれど、奮闘しているそのすべてを、頭から否定される気も、ない。
少なくともあの男の言葉を否定するために必要なのは

―――勝つこと。

同じように向こうに現れた刀剣男士たちの姿に、スラリと刀を抜き放った。



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