加州清光は戦況を見る


四戦が、終わった。
最初に戦った部隊を筆頭に、どの部隊も油断ならない相手ばかり。
それでも、四戦のうち三勝を記することができた。
軽傷どころか普段は絶対にならない中傷・重傷まで追い込まれたこともあったが、それも戦場から一歩足を踏み出せば、何事もなかったかのように元に戻る。
確かにあったはずの痛みがきれいさっぱりなくなるのは不思議な感覚だったが、それでも確かに手に残る手ごたえは、今の経験は幻ではなかったと教えてくれて。
にぎにぎと何度か手の感覚を確かめてから、残るは、とスクリーンを見上げる。
さっきの戦闘が終わったとき、ガラス板の向こうでべにが起きて泣いているのが見えたから、さっさと終わらせて帰りたいのだ。
次の相手は・・・―――いや。

見上げなくても、わかっていた。


「あっれー?何か意外と頑張っちゃってる??あがいちゃってる??」


耳に飛び込んでくる癇に障る声に、チッ、とべにの前では絶対にしない舌打ちを零す。
見たくもないという思いと葛藤しながらゆっくりと振り返れば、案の定声の通りニヤニヤと人を馬鹿にした笑みの男。

―――さっきの、アイツだ。

忘れたくても忘れられない暴言の数々を思い出して、また拳に力が入るのを感じる。
あぁ、ここで一発ぶん殴れたら、どれだけスッキリするだろうに。
ギリギリと殴りたい衝動を耐えていると、雰囲気を察したのかニヤニヤ笑いをすっと潜め、興ざめしたかのように目線を横に流すソイツ。


「なーんかピリピリしてんねぇ。めんどくさっ」

「・・・お前は、絶対倒してやるからね」

「はっはー。何か言ってるし」


小馬鹿にしたような・・・じゃない。完全に馬鹿にした態度で気障ったらしく肩をすくめる男。
その後ろで、目を伏せて置物か何かのようにぴくりとも動かない刀剣男士。
きっとあれが、あの男の近侍なのだろう。
うす茶色の髪。濃い紫の服は、洋風と言ってよさそうだ。
背丈からして、打刀か、太刀か。


「―――主」

「んぉ?もう時間かよ。あーめんどくせ」


不意にその唇が動いたかと思えば、そのたった一言で男は理解して離れていく。
さっきと違って引き止める気にならなかったのは、その足がゲートに向かっていたからだ。
礼は、戦場で返してやる。
振り返る様子のない二人を見送る必要もなく、加州たちはくるりと向きを変えるとたった今出てきたゲートを再びくぐる。
係りの女が何か言っているのがかすかに聞こえ、次の―――最後の演練だ、と戦場をにらみつけた。


『修一様部隊、部隊長へし切長谷部。べに様部隊、部隊長加州清光。演練を始めます』


ビー、と嫌な音を立てて背後のゲートが閉まる。

戦闘、開始だ。





これまでと同じように近場にあった茂みに身を隠し、敵の動向を探る。
けれどまだ遠いのか、その姿はどこにも見当たらなかった。
索敵失敗か、と軽く眉を寄せて、少し後ろで控えていた皆に静かに近付く。
小さく首を振れば、ならば、と燭台切に魚鱗陣を提案された。
統率力が下がる一方で、打撃・衝力の上がる・・・短期決戦の陣だ。
燭台切も、否定しない他の面子も・・・わかっているのだろう。

相手は、強い。

さっき後ろに控えていた男・・・へし切長谷部の佇まいは、洗練されたそれだった。
他のメンバーも同じとは限らないが、決して弱くはないだろう。
長期戦になれば、不利になるのはこちら。


「基本はさっきまでと同じ・・・ツーマンセルで、各個撃破。ただし・・・」


一呼吸置いて、全員の顔を確認する。
全員の目が、闘志に燃えているのが、はっきりとわかった。
相手が強かろうが、関係ない。


「―――絶対に、勝つ」


全員がしっかりと頷いたのを確認して、茂みに身を隠しながら軽く展開し、ゆっくりと前に出る。
加州と燭台切を先頭に周囲の様子を探りながら、静かに、慎重に。
最も錬度の高いふたりを先陣にして相手部隊に切り込み、相手の陣が崩れたところで一気に討ちにかかる。
下手を打つと囲まれてしまうので諸刃の剣といえなくもないが、格上を相手どるならばそれぐらいのリスクはやむを得ないだろう。
パキ、と後ろで木の枝を踏む音が聞こえるほど、静かに張り詰めた空気。
そろそろかち合ってもおかしくない頃合。

ドクン、ドクン、と心臓が耳元で鳴り響く。
落ち着け、と自分に言い聞かせるように、細く長く息を吐く。
刀装は壊れても合戦場を出れば回復することは確認済みだし、最悪攻撃を受けても、重傷にさえならなければ―――





「恨みはない、が」





ぞくり、と。



背中中の産毛が立つのを、感じた。



「主命だ―――死ね」



「―――っ薬研!!」

「っぐぁ!!?」


とっさに声の聞こえた方角―――最左翼、薬研の名を呼びながら振り返る。
だが、遅かった。
そこに立っているのは、小柄な色白の少年ではなく、紫の男。
抜き身の刀剣が、光を反射して目に焼きつく。


「薬研っ・・・お前ぇっ!」


けれどそれを意識するより先に、薬研の隣にいた安定が振り向きざまに刀を薙ぐ。
素早く後ろに下がられたことで大きなダメージは与えられなかったが、体勢を崩したところに加勢した燭台切が追撃したことで、その傷は大きくなる。
薬研がやられたのは痛いが、他の敵も見当たらない。このまま一人倒して―――

・・・“他の敵も、見当たらない”?


「予想外だったか?ガラ空きだぜ!」

「っ!?」


今度こそ感じた悪寒にとっさに刀を構えながら振り返れば、ガキン!と強烈な音が目の前で鳴り響く。
二振りの刀を挟んで向こう、止められたことが予想外だったのかキョトンとした表情を見せる白い男。

・・・っぜんっぜん、可愛くないなぁ・・・!

表情とは裏腹にギリギリと押し付けられる力は、その細い腕のどこに筋肉があるのかと思えるほどに強い。


「いい反応だ。驚いたぜ」

「っ・・・そっちこそ・・・っ!、こそこそと、隠れるのが上手いんだね・・・っ!」


キョトンとした表情から一転、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる男は、「まぁな、」と軽口を叩いて一旦距離をとる。
後ろからはいくつもの剣騒が聞こえてきていて、いつの間にか完全に囲まれていたことに気付いた。
楽しげに刀を構える男を警戒しながら後ろを見れば、燭台切と安定、歌仙と大倶利伽羅で組んで戦っているのがわかる。
なら、俺の仕事はコイツをさっさと倒してどちらかに加勢することだ。
正直なところ自分より強いことは十分わかるし、薬研の力を借りたいところだけど。

さっき見えた姿は、4振りだけ。

甘えてばっかりもいらんないよね、と刀を握りなおした。
その、瞬間。


『・・・あー、なるほどね。何でお前らみたいなガタガタチームが勝ててんのか・・・要はチートじゃねえかよ』

「!?」


突然頭の中に響いた声に、目の前の敵も忘れて目を白黒させる。
何で、アイツの声が聞こえるんだ!?
『陣形がほとんど関係ねーじゃん?ツーマンセルとか“庇う”機能有りかよ』とブツブツ言い続ける声は、間違いなくアイツのものだ。


「な、なんで・・・!?」

『は?ロクに説明も聞いてなかったの?バカなの?死ぬの??』

「っ・・・!」


確かに、入るときに何か言われてたのは、気が立ってて聞けなかったけど!!
いきなり焦りだした加州を不思議そうな顔で見ていた男が、「こないなら行くぞ?」と飛び出してくる。
慌てて構えて刀を受ければ、ギャリッ、と嫌な音がして身体が軋む。
これ、軽傷負ったときの感覚だ・・・っ!


『まーやっさしー俺が三行で教えてやるとだな、審神者がアレ、お前が代理、俺がセンセイってことだ』

「わっけ・・・わっかんないんだけどっ!」

『はぁ?理解しろよ能無し』

「っ・・・!!!」


これはあれか。頭に血を上らせて、攻撃を単調にしようっていう魂胆か。
そうやって無理にでも冷静にならないと、白い男とアイツが重なってただがむしゃらに突っ込んでいくだけになりそうだ。
それでも若干耐え切れず全霊を込めて足を振り上げるも、色々な危機を察した男は「おっと、そっちか」とだけ呟いてスルリとかわす。


『なー。初心者っぽさ全開のお前らに、菩薩のごとき俺がちょっとだけ情報を教えてやるよ』


次の切り合い。集中したいのに、男の声が邪魔をして余計な力が入る。
「オラァ!」と首を狙った攻撃は力を流すように上に払われ、空いた胴に一閃。


「ぐはっ・・・!」

『演練ってさー。大抵5回戦マッチなの』


淡々と、坦々と。
男は、語る。


『似たようなレベルの審神者を集めて戦わせるんだけど、低レベルのうちは一組だけ、段違いに強い審神者を入れることがわりとあんの』


がく、と力の抜けた膝を気力で支え、続けざまに振るわれた刀を何とか避ける。
視界が狭い。まずい、ことは、わかる。
やばい。これじゃあ、加勢どころの話じゃない。


『そんでもって、そいつとの対戦は必ず最後。・・・何でか、わかる?』


負けたくない。
負けたくない、のに・・・っ!!


「くぅ・・・っ!!」


ガキン!と重く振り下ろされた太刀は、真っ向から受けるにはあまりにも不利。
でも、体勢を整える隙も、ましてや避ける暇すら与えられなかったそれは、ビリビリと腕を震わせて。
裂けた腹から、血と一緒に他の何かまで出ていってしまっているみたいで。


『順調に勝ち進んで、思い上がった審神者に、現実ってもんを教えるため・・・ってわけ』

「悪い、僕も結構邪道でね!」


世界で一番嫌いなアイツの声と、後ろから聞こえてきた声が重なって、混ざり合う。
それと同時に背中に襲い掛かった熱に、意識が黒に染まった。


**********
prev/back/next