燭台切光忠は粋を求め


「僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって切れ・・・る?」

「燭台が切れるかどうかなんてどうでもいいの!あんた、育児経験ある!?」

「あるわけないだろう!?」


新しい主との対面だ。
第一印象でコケちゃ格好つかないよね、と考えに考え抜いた台詞は、まさかの光景に途中で疑問系に変わってしまった。
強い力と、それに負けないくらい強い意志がかぶさってきて、ぐっと引きずり上げられる感覚。
目を開けてすぐ、以前の主のような・・・伊達男、とは言わないけれど、とにかく男がいるものだと思っていた。

なのに、まず目に入ったのは性別は確かに男なんだろうけど人間じゃない子。
これは主じゃない、と視線を泳がせても、それらしき人物は近くに居ない。
あれ?と首をかしげたところで浴びせかけられた言葉は、思わずテンポのいいツッコミを返してしまうくらいには意外なものだった。


「あ、ごめんね、えっと・・・もしかしていくじって、いくさごとの戦事?子どもを育てるアレじゃない?」

「子育てのほうのソレだよ!」

「ふあーっ、ふあーっ、ふあーっ、・・・っふあーっ!」

「あぁ、もういいよ!もう我慢しなくていいからねー!おむつ替えましょーねー!」


一縷の望みを託して問うても、あっさりと一刀両断されてしまう。
でも、慣れないながらも腕の中の赤ん坊をあやそうとする姿に、新たな可能性が浮上してきた。


「もしかして・・・え?・・・君、刀剣だよね?子供居るの?」

「んなわけないじゃん!これが俺たちの主だよ馬鹿!あんたも来て!」

「あ、ちょ・・・・・・・・・え?」


そう言い捨てて走り去っていく男に、遠ざかっていく泣き声。
中途半端に待ったの形で片手を上げたまま、ぽかんとそれを見送った。


「あ・・・主?あの、赤ん坊が?」

「・・・事実だ。早めに受け入れてもらいたい」


何かの間違いだろ?と乾いた笑いをこぼすと、どこからか聞こえてくる低い男の声。
これだよ!と輝いた顔で振り返って、見えた先にある小さな狐の姿に顎を落とした。


「・・・反応が加州清光と同じだぞ」

「き、狐・・・いや、うん・・・まぁ・・・きつね、かぁ・・・」


まぁ、刀がこうして肉体をもつ時代なのだ。
狐が話しても、そこまで面妖な話でもないのかもしれない。
燭台切はひとつ頭を切り替えて、うん・・・うん・・・と何とか自分を納得させた。
そうでもしないと話に全くついていけそうにない。


「でも、それじゃあこの本丸は大変だろう。出陣もままならないんじゃないかい?」

「理解が早くて助かる。そしてお前が来てくれたことは吉兆だ」

「・・・ん?」

「他の審神者からの情報によると、燭台切光忠は料理が得意ということだ。審神者が離乳食を食べるようになったら、食事の面倒は任せたぞ」

「・・・んんん!?」


言うことは言った、とばかりにすたすたと部屋を出て行く狐を、また呆然と見送るはめになる。
カリ、とやり場のない手で眼帯の縁を掻いて、んー、とじっくり考えた。
そして、導き出した結論は。


「・・・家政夫、かな?」










こうしていても始まらない、と燭台切が鍛刀部屋から足を踏み出したのは、それから少し経ってからだった。
赤ん坊の泣き声はもう聞こえないし、と、先ほどの足音を参考に建物の中を覗きながらゆっくりと歩く。
庭からは、鳥のさえずりと木々のさわめき。
それから時折、鯉の跳ねる水の音。
人の声が全くしないことから考えるに、この本丸はまだ新しいのだろう。
まさか、あの赤ん坊を主にしてブラック本丸ということはないだろうし。


「なんだかすごいところに来ちゃったみたいだね・・・」


誰にともなくため息混じりにつぶやいて、これからのことに思いを馳せる。
食事の準備を、と言われて、戦わなくていいのか、と肩の力が抜けたことは否めない。
けれど、逆にどこかむずがゆくなるような、物足りないような感覚も確かにあって。
戦闘狂のつもりはなかったんだけどな、と苦笑しながら廊下の角を曲がった。
その先に見えた障子の開いた部屋に、あそこかな、とあたりをつけてひょいと中を覗く。


「あぁ、いたいた」

「!遅いってば・・・」

「ごめんね、少し状況理解に時間がかかって」


赤子を覗き込むようにしていた加州が、声に反応してばっと顔を上げる。
もうおむつ替え終わっちゃったよ、と不満を漏らす加州の髪で遊ぶ赤ん坊に、思わず顔がほころぶのを感じながら傍に腰を下ろした。
赤ん坊は突然近づいてきた燭台切に驚いたのか、髪を握ったまま目を丸くして固まっている。
安心させる意味も込めて微笑んでみせると、「あぅー、あ、あ」と髪を掴んだままでこちらに手を伸ばしてきた。
少し恐る恐るその手をつついてみて、ふにふにとやわらかい感触にわかってはいたものの驚く。
普段から刀を振るっている主の固くなった手しか知らない身からすれば、もはや別次元の生き物だ。


「念のため確認するけど、この子が主なんだよね?」

「そーだよ。ったく、赤子が戦場に出るなんて聞いたことないよ・・・」


赤ん坊が加州の髪を口に入れようとするのを察してその手からするりと引き抜くと、加州は改めて燭台切に向き直る。


「改めて、俺は加州清光。川の下の子、河原の子、ってね」

「僕は燭台切光忠だよ。名前の由来は前の主が人を切ったとき、傍にあった青銅の燭台まで一緒に切られたから・・・ってね」


お互いに何となく生まれや育ちのことは深く突っ込まないようにしようと察して、「これからよろしく、」とさらりと流す。
不自然にならない程度に、次の話題を・・・と視線を泳がせて、じっとこちらを見上げてくる目とかち合った。


「そういえば、この子の名前は?」

「え?名前?」

「主でも構わないけれど、こんなに小さな赤ん坊なんだし、たくさん名前で呼んであげたいよね」


ちょいちょい、と頬をつつけば、食べ物だとでも思ったのか口に含もうとする赤子。
そっと指を離せば、「あーぅ」と不満そうな声が上がって思わず笑ってしまった。


「・・・・・・知らない。聞いてなかった」

「おっと。それじゃあ聞いてこなくちゃ。おーい、狐くーん」


こんな風に呼んで来るものなのかな?とも思ったけど、あの小さな体躯をこの広そうな家の中から探し出すのも骨が折れそうだ。
さっき鍛刀部屋から出て行ったっきり、ここに来るまで姿も見ていないし。
うーん、と悩む燭台切をよそに、加州はうつむいたまま渋面をつくった。
主の名前を聞いていなかったことに、言われてようやく気づいたのだ。
主のことが大好きと自負している身としては、なんだか燭台切に負けたようでひどく居心地が悪い。


「・・・って、あぁ、そういえば彼の名前も聞いてないや。加州君、知ってる?」

「あっ・・・あー、確か、こんのすけ、とか・・・?いや、でもなんか名乗ったって感じじゃ・・・」

「御用でしょうか!」

「「うわっ!?」」


燭台切の困ったような声に一瞬食いついた加州は、自分のチョロさに情けなくなりながらも知っている情報を伝える。
けれどそんな加州の言葉を食わんばかりの勢いで現れた小さな狐に、思わず二人そろってのけぞってしまった。
目を丸くする二人を歯牙にもかけず、その狐は恭しく頭を下げてみせる。


「刀剣男士の方々、お初にお目にかかります。こんのすけと申します。何か御用ですか?チュートリアルですか?」

「ちゅーとりある?」

「い、いや・・・っていうか、声・・・?も、性格も・・・」


どう見ても、さっきまでの狐とは別ものだ。
外見は同じに見えるけれど、獣の違いがそこまではっきりわかるわけでもない。


「お初にお目にかかる、ってことは、他にも狐がいたってことかな?」

「この本丸に、狐と呼べるものは現在私一匹です」


当然の結論と思えたそれに「あぁ、」と加州が頷く一方で当の本人(狐)にさらりと否定されてしまっては、それ以上言及することもできない。
ゆらゆらと振られる手触りのよさそうな尾に目を奪われつつ、燭台切は混乱し始めた頭を懸命に働かせた。


「え・・・と・・・・・・じゃあ、あの声の低い方は?」

「私の通信機能を利用して、他の場所から声だけをこちらに通じているのです!」

「あー・・・成程ね。なら、君でもいいか。この赤ん坊の名前を教えてもらえるかな?」

「申し訳ありません、存じ上げておりません」

「・・・あ、そう・・・」


さも当然といわんばかりの声色でペコリと下げられた頭に、肩透かしを食らったような気分になる。
いや、こんのすけが伝令役みたいな立ち回りなのだとしたら、知らなくても可笑しくはないのだけれど。


「・・・なら、通信してた相手は?あいつの名前、教えてよ」

「申し訳ありません、存じ上げておりません」

「・・・・・・」


嫌な予感がひしひしだ。
さっきとまるで同じ動きでペコリと頭を下げて返答するこんのすけに、ひくりと頬が引きつっていくのを感じる。
でも、聞かないときっと何の進展もない。
もしかしたら、もしかしたら、単に聞いた内容がたまたま答えられないものだったのかもしれないし。
一縷の望みをかけて、ごくりと喉を鳴らしてから口を開いた。


「・・・あの男に、こっちから連絡をとることは?」

「申し訳ありません、現在の機能では不可能です」

「だあああっ!!!」

「か、加州君落ち着いて・・・」

「ストレスはお肌の大敵なのにぃ!!」


頭を抱えて叫ぶ加州に、赤ん坊の目がまん丸になる。
そのままうるりと込みあがってくる涙に、燭台切は全力で加州を外に引きずり出すことしかできなかった。


**********
prev/back/next