一期一振は待ちわびる


初めて、“留守番”というものを味わった。
主の居ない本丸を、今か未だかと待ちわびる感覚。
事故に遭っていないだろうか。忘れ物はなかっただろうか。
はらはらしながらウロウロと門の前と自室を行ったりきたりしていると、乱に「いち兄じっとしてなさい!」と怒られてしまった。


「み、乱・・・」

「こんな落ち着きないいち兄なんて初めて見たよ!いち兄かっこ悪い!」

「!!」


思わず吐血しそうになった。
ぐさりと鋭利な刃が胸に刺さった気がしたが、手を当ててみても何もない。
いや、乱が味方に刃を向けるわけないのだが・・・なるほど、言葉には殺傷能力があるのか。
力が抜けそうになる足をぐっと踏ん張ってこらえ、腰に手を当てて仁王立ちする乱を説得しようと試みる。


「し、しかしだね、乱。もしなにかあったとき・・・」

「加州も燭台切も居るんだよ?何かあっても対処できるってば!」

「な、なにか入用かも・・・」

「行った面子の中には薬研も居たでしょ。いち兄よりもずっと早いよ!」

「う・・・け、けれど・・・人手が必要かもしれな・・・」

「・・・いち兄・・・、僕たちの主に6振り以上で群がって、なにができるの・・・?」

「・・・・・・」


完敗である。
後半なんて、半ばこじ付けのように理由を挙げていたせいもあってか、乱ももはや呆れ顔だ。
これ以上は何を言っても兄としての威厳がどんどん削れていくだけだろう。
若干かわいそうなものを見る目になっている乱の頭を誤魔化すように数度撫でて、「わかった、部屋に戻るよ」と微笑んだ。
本当に、もうすぐだとは思うが。
じと目で見上げる乱の視線から逃げるようにそそくさと広間へ向かえば、乱も少しして後を付いてくる。
行き先は、同じ。
誰もが宛がわれた自室ではなく広間に集まっているあたり、皆気持ちは同じなのだと思うのだが。
後ろ髪を引かれる思いで、けれど後ろに乱が居る手前振り返ることもできず、広間に向かって歩く。
けれど十数歩も行かないうちに、それは起こった。


「・・・あっ」

「!」


本丸の、主が戻ってきた感覚。
たった今踏み出したばかりの足を勢いよく反転させ、驚く乱も通り過ぎて先ほどまで居た場所へと急ぐ。
ほんの数時間前のことなのに、もう随分経った気がする。
彼らの背中が消えた、門の前。
いまや開かんとばかりに門の隙間から漏れる光は、主の帰りを祝ってのそれか。
高鳴る胸を押さえつつほんの少し乱れた息を整え、コホン、とひとつ喉の調子を確認する。
大丈夫。イメージトレーニングは何度もした。
まずは姿勢を整えて。声がひっくり返らないように注意して、第一声。
すぐにあったことを聞くのでは不躾だから、まずは身体を労わって・・・
そこまで考えたところで、光の中から演練に向かった面々の身体が少しずつ見えてきて、慌てて表情を整えた。


「おかえりなさいませ。お疲れで・・・、」

「ほらぁ!もうおうちついたよ!加州君交代!」

「え〜?だって見てよホラ、べにったら俺のマフラー掴んで離さないんだよ?これは抱っこやめようとするだけで泣いちゃうやつだって〜」

「往生際が悪いぞ、加州。べになら燭台切の顔を見れば安心して代わるだろう。それで10分したら次は僕の番だからね」

「・・・お元気な、ようで・・・?」


わいわいと騒がしく門をくぐる面々に、思わず目を丸くする。
こんなに賑やかな姿もまた、珍しいものではあるが・・・何かいいことでもあったのだろうか?
一期と乱に気付く様子もないし、どうしたものか・・・と乱と顔を見合わせていると、「あぁ!」とすこぶる上機嫌な加州の声が耳を付いた。


「一期に乱じゃーん!お出迎え?アリガトー♪」

「い、いえ・・・あの・・・?」

「ん?・・・ムフフ〜気になる?んもーべにったら超かわいいんだよー!」

「は、はぁ・・・」

「俺らが戦ってる間、政府の人に与っててもらったんだけどね?人見知りしちゃってもー大泣き!それなのに、俺の顔見たとたんに泣き止んで手伸ばしてくるとかもう可愛すぎじゃない!?抱っこしたらしたでもー全然手ぇ離そうとしないしさ!」


なるほど、それは可愛い。
うんうんと頷けば何振りかに若干冷めた目を向けられたが、貴方たちだって実際見たら表情を緩ませるでしょうに。
べにが一番!とハートを乱舞させながらべに様を抱きしめる加州の機嫌のよさはこれか、と得心がいってそっと肩の力を抜く。
よかった、いつもどおりだ。


「・・・私は行くぞ」

「あぁ待って紺野。聞いときたいことがあるんだ」


用は済んだとばかりに足元をスタスタと通り抜けていく紺野殿を見送れば、さっきまでと変わらない、明るい調子でかけられる声。
足を止め、嫌そうに振り返った紺野殿にニッコリと笑いかけて、加州が一言。


「次の演練、いつ?」


ざわ、と。

空気がざわめくのを、感じた。


「・・・あまり急いで参加しても、結果は変わらない」

「どうせ話を聞いたら他のみんなも行きたがるんだ。なら、予定ぐらい知っておいてもいいでしょ?」

「・・・一週間後だ」

「アリガト」


話は済んだ。
紺野殿がそうやって話を切り上げようとするのはよく見るけれど・・・加州が紺野殿に対してそんな態度を取るのは、初めて見た。
明るい調子のときと、声のトーンは変わっていない。
けれどそれが、逆に空々しさを感じさせて。


「・・・何が、あったの?」


乱の問いは、留守番組だった本丸の誰が居ても同じ言葉が出ただろうと思えるほど、率直なものだった。
加州のマフラーから顔を上げたべに様が、笑みを貼り付けた加州の顔を不思議そうにぺたぺたと触る。
・・・作り物にでも、見えたのだろうか。
けれどそれもつかの間、気付いた加州がべに様と目を合わせたときには、とろけんばかりの本物の笑みが加州の顔に広がっていた。


「・・・さ、べには俺と一緒にお風呂入りに行こうね〜。ちょっと長湯してみようか?べにはお風呂大好きだから、出たり入ったりも楽しいかもよ?」

「あーぅ?」

「もちろん!水分補給はしっかり、ってね♪」


キョトンとした表情のべに様を抱いて、スタスタと本丸へ向かう加州。
その背を半ば呆然と見送ると、はぁ、と大きなため息が聞こえてきた。


「・・・じゃあ、皆を集めてきてもらってもいいかい?」


詳しく思い出すのは、一度だけにしたいから。
さっきまでの賑やかな雰囲気はなんだったのか。
残った5振りの表情は、どう見ても憤怒。
よく、先ほどまでその感情を漏らさずに居られたものだと、思わず感心してしまった。


「・・・今、呼んでまいります」

「頼むよ」


そして、聞いた内容は。




あまりにも、我ら刀剣の誇りを、踏みにじる言動で。




「あ・・・っあんまりですぅ・・・!」

「なんでそんなこと言われなきゃならないの!?ヘンだよそれ!」

「はっはっは」


五虎退は泣き顔で。乱は激怒して。


「鳴狐、そこまで言われて黙っている道理はないでしょう!」

「・・・そうだね。強く、ならないと」

「ぼ、僕もお手伝いできることがあれば・・・!」

「はっはっは」


鳴狐は本体を握り締め。秋田は奮い立ち。


「ごめんね。僕らも、その場でやり返せればよかったんだけど・・・」

「・・・べに様の御身を考えれば、その判断も大切です。それに、最も腸が煮えくり返る思いをしたのは貴方たちでしょう」

「はっはっは」


唇をかみ締める燭台切にねぎらいの言葉を掛ければ、三日月の笑い声が耳に残った。
燭台切から演練での出来事を聞き始めたときからずっと笑い続けていた三日月に当惑していると、耐え切れないといったように大倶利伽羅が苦言を呈す。


「・・・おい。いつまで笑っているつもりだ」

「はっはっは。・・・・・・・・・いやなに、随分と」


けれどそれも、月にひたりと見据えられれば、終い。





「面白いことを言う童が居たものだ、とな」




「・・・っ!」


加州の冷気が可愛く思えるほどの、絶対零度。
指一本、動かせば死ぬのではないかと思えるほどの、殺気。
・・・年の功とは、よくいったものですな。
怯えて息ができなくなってしまっている五虎退の背中にそっと手を当てて、呼吸を促す。
気持ちは分かりますが・・・あまりこう、無差別に向けられても困りものですが。


「次の演練は一週間後、と言っていたな?」

「・・・あぁ。紺野に確認したから間違いねぇ」

「では、それまでじっくりと準備運動するか。じじいは身体が固くて困る」


す、と立ち上がった三日月が、何事もなかったかのように広間を出て行く。
次の演練、面子は一人決定か。
・・・いや、それどころかしばらくの出陣も。
広間に居る全員に伝わった暗黙の了解と殺気からの解放感に、全員でほっと息をつく。
けれどまぁ・・・
腹を立てているのが貴方一振りだけだとは、ゆめゆめ思わぬよう。


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