燭台切光忠は懸念する


「っん!ふんっ!」

「そうそういいよ!べにちゃんその調子!」


ぺちん、ぺちんと大きく腕を振り上げて畳みの調子を確かめるように何度か床を叩いた後、こちらを確かめて一度はちけんばかりの笑顔を見せる。
「おいで、」と笑顔を見せれば、身体の向きを調整してこちらに向けて上体を倒してきた。

・・・それだけで、なんて可愛いんだ僕の主は・・・っ!

盛大ににやける顔を片手で隠せば、笑顔は隠れて不思議そうな表情になるべに。
慌てて表情筋を総動員させて顔を整え、手をどければ再び嬉しそうに顔を輝かせた。


「あーっ♪」

「ふふ、うん、頑張れ頑張れ。もうちょっとだよ」

「うー・・・ぶぶぶ・・・ぶぶ、ぶぶぶぶぶ」

「おーい」


声を出していたかと思えば、唇が上手い形になったのか、唇を震わせて繰り返し音を鳴らす。
床に少し飛んだ唾が光って目に付いたのか、ベチン!と一度床を叩いて。
あっさりとあちこちに意識を奪われる姿は見ていて飽きないけれど、それよりも・・・


「・・・んーまぁーっ、まーまっ、んまっ、まーっ」

「〜〜〜〜〜〜っ!!」


最初の目的を思い出した瞬間の、「見て!すごいよ!!」といわんばかりのこの表情!声!!


「堪らないよね・・・っ!」

「口に出てますよぅ、燭台切殿」


よろしいので?と鳴狐と一緒に首を傾げて気遣ってくれるお供の狐には悪いけど、これはもうどうしようもない。
ウチの子、可愛すぎでしょ!


「・・・って、帰ってたんだね、鳴狐君。おかえり」

「ただいま戻りました!ご覧くださいこの成果!」


そう言って軽やかにくるりと一回転してみせる鳴狐の身体には、傷ひとつ見当たらない。
今までよりひとつ前の時代に向かったはずだから、そこで完全勝利してきたのであればそれは確かに戦果だろう。
「すごいじゃないか」と素直に褒めれば、少し照れくさそうに微笑んだ。


「燭台切殿、疲れはとれましたか?」

「あぁ、べにちゃんと遊べば一発だよ」

「・・・そうだね」


鳴狐が部屋の中を舞い散る桜に視線を向けて、その通りだと頷く。
数時間前までは燭台切も最前線で戦っていたが、流石に疲れが出てしまい、一度第一部隊を外れたのだ。
けれど、こうして元気になったからと言って、すぐ誰かと代われるほどに今の第一部隊は甘くない。


「誰か疲れが溜まっているような子は」

「おりません!」

「・・・そう」


鼻高々と宣言するお供の狐に、思わず喜んでいいのか落ち込んでいいのかわからなくなってしまった。
競争率の高い出陣メンバー、一度離れてしまえばそう簡単に戻れるわけもなく。
・・・逆に、誉をよく掻っ攫ってくれる加州や大和守が、ほとんど出ずっぱりというのも少し、気になるのだけど。


「・・・まぁいいや、そろそろ夕食だからね。夜戦は夜目の利く子に任せることになるんだし」

「弟君達もそろそろ起きてくるころでしょう!」

「じゃあ起こすついでに、誰かべにちゃんを見ててくれるように声をかけてもらってもいいかな?僕はこれから夕食の準備に入るから」

「わかりました!」


威勢のいい返事とは裏腹に(出所が違うのだから当然とも言えるが)静かに部屋を出て行く鳴狐を少し見送って、膝に上げていたべにをそっと降ろす。
もう、たとえバランスが崩れても自分で手をつけるようになった彼女に、クッション等をかう必要はない。
そんなところにも主の成長を見て、にんまりと頬が緩むのを感じた。


「・・・さて、皆が来る頃にはある程度できてないとね。べにちゃん、ちょっと待っててくれる?」

「たい!」

「ん、いいお返事♪」


タイミングよく上がった声に頭を撫で、懐から歯がためを出してべにに手渡す。
受け取ったそれをすぐさま口に運ぶのではなく、何かを確認するかのようにじっくりと検分しはじめたべにに微笑んで、さて、と調理台に向き直った。

今日は何作ろうかなー。昼に冷やしうどんを食べたから、夜は麺類以外がいいよね。
冷凍庫を開ければ、作り置きの離乳食がいくつか。
タッパーにメモしてある中身を見ながら、バランスよくいくつかを取り出した。


「あーぅ?あー、ば・ば・ば・ば・・・」


メニュー的には和食かな。昨夜は肉だったから、今日は魚で。
ちょっとずつあむあむできるようになってきたし、食感の楽しめるものがあってもいいよね。
となると、ブロッコリーを添えて・・・あんかけにしようか、ホイル焼きにしようか。
やっぱりまだパサつくものを嫌がるところがあるから、無難にあんかけかな。

スルスルと思い浮かぶレシピにあわせて、身体が半ば自動的に調味料に手を伸ばす。
待たせて怒るような子がいるわけでもないけれど、べにの食事の時間がずれるのは芳しくないからね。


「あ!んーだっ!あぶっ!ばっ!」


・・・?なんだか妙に元気な・・・
普段なら歯がためを口に入れて、静かになっているはずのべにが、やけに大きな声を上げることに違和感を感じて振り返る。
だが・・・今さっきべにを降ろした場所に、その姿はなく。
探すまでもなく目に入った光景に、・・・体中から、血の気がうせるのを感じた。


「―――!!!!危ない!!!!」

「っ!!!」


大声に、ビクッ、と身体を震わせたべに。
場所は、縁側。
頭上に伸ばした手の先には、一匹の蝶。
バランスを崩したべにの姿が、縁側の下に消え―――


「―――っとぉ・・・、やれやれ、危機一髪、だな」

「・・・ふ、ぁ、・・・・・・・・・っふあ゛ぁーっ、ふあ゛ぁーっ、ふあ゛ぁーっ」


縁側の下から、聞こえてくる声。
太鼓のように胸を叩く鼓動が、伸ばした手を振るわせる。
一歩、二歩とヨロヨロと縁側に近付けば、その影から出てくる、黒い頭と・・・


「よしよし、びっくりしたなぁ、べに?」

「・・・・・・や、やげ、ん、君・・・」


砂まみれの白衣を気にも留めず、腕の中のべにに笑いかける薬研。
その落ち着いた様子に、どっと体中の力が抜けるのを感じた。


「た、助かったぁ・・・・・・」


へなへなとその場に座りこめば、苦笑した薬研が足の裏をはたいて縁側から入ってくる。
多分、ここに来る途中でべにに気付いて、慌てて庭に降りたんだろう。
「ほらよ、」と渡されたべには大泣きしているけど、怪我をした様子もない。
驚いただけだ、という事実に、もう一度大きく息を吐いてからべにをぎゅっと抱きしめた。


「よかった・・・・・・」

「べにも随分動き回れるようになったもんだ」

「そうだね・・・まさかたったあれだけ目を離しただけで、こんなことになるなんて・・・」

「こりゃ、一時も目が離せなくなったな」


「俺っちたちの姫さんはおてんばだぜ」と白衣を脱ぎながら笑う薬研も、きっと考えていることは同じ。
一時期、紺野に「おんぶ紐は要らないのか」と聞かれたこともあったけど、そのとき断った理由と同じだ。


「ちょっと!べにどうしたの!?」

「あぁ、いいところに、加州」

「何振りくらい鍛刀するか、ちょっくら話し合いといこうぜ」


バタバタと足音を響かせて集まってくる皆に、まずは夕食を振舞って。
少し“強さ”に急きすぎてる皆と、食後にゆっくりお茶でも飲もうか。
戦場に行きたがる血気盛んな子の膝には、べにに陣取ってもらうとして。


「・・・強くなれても、主に嫌われてちゃ意味ないからね」


元気な君を、制限することはしたくないから。
君の隣で、君の自由を守るよ。


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