加州清光の動揺


「フー・・・」


緊張で高鳴る胸を大きく膨らませて、ゆっくりと息を吐き出していく。
前回と同じような、新しい場所に来たことによる緊張ではない。

強くなった。
この日のために、力をつけた。

この日の―――アイツを倒す、この日のために。


「ほぉ、ほぉ、成程。ウチの鍛錬場と少し似ているか?」

「!ちょっとじいさん!あんま適当にうろつかないでよ!」

「はっはっは、あいすまん。なにぶん、目新しいものが多くて・・・ん?あれはなんだ?」


そう言ってふらふらと人ごみの中へ入り込んでいく天下五剣に、さっきの緊張は何だったのかとため息をつく。
どこまでもマイペースな人柄は、良くも悪くもこちらを翻弄してきりがない。


「・・・まずは受付を済ませろ。前回受け取ったパスは持っているな?」

「あるけど・・・」


呆れたような声色の紺野に促されて一歩踏み出すも、じいさんを放って行っていいのか?と不安が残って二の足を踏んでしまう。
そんな様子を見た燭台切が「三日月さんは僕たちで面倒見ておくから、行ってきて」と気を利かせてくれて、ようやく加州は「・・・わかったよ」と頷いた。
二回目ということもあって少し慣れたのか、きょろきょろと周りを見渡すべにを薬研に任せて受付へ向かう。
全く・・・戦うどころか、受付前からこの疲れって。





今回、連れてきたメンバーは加州も入れて7振。
アイツとの再戦を考えて、今本丸にいるベストメンバーで編成を組んできた。
隊長には、本丸内で一番の錬度を誇る、加州。
副隊長として燭台切を抑えに、機動をカバーする意味でも普段からいい働きをしてくれる鳴狐。
そして、多少の攻撃にはほぼ無傷で対処できる三日月と一期は固定メンバーとして・・・
もう一振りが、なかなかに揉めた。


『・・・俺が行く』

『嫌だよ。僕だってあんな風にやられて、悔しいんだから』

『・・・お前は俺より錬度が低いだろう。行っても返り討ちだ』

『・・・言うじゃんか。なら手合せでケリつけようか?実力をみてあげるよ』

『望むところだ』


大倶利伽羅か、安定か。
そのまま本気で死合いそうなのを燭台切と一緒になって慌てて止めたのも、つい最近の話だ。
他のメンバーの意見を聞こうにも、


『そう、ですね・・・お二方ともよく戦ってくださいますので、どちらがどうということは・・・』

『はっはっは。よきかなよきかな』


二振りはそんな調子で話にならないし。


『やっぱり本人の言うように、錬度も高いし、打撃力と統率力のあるくりちゃんのほうがいいんじゃないかな?』

『安定はそこをカバーできる速さがあるだろ!俺との息も合うようになってきたし』

『それを言ったらくりちゃんだって!』


・・・燭台切とは、譲り合えなかったし。
結局、決め手になったのは、そんな俺たちをオロオロと見守っていた鳴狐


『『鳴狐、お前(君)はどっちだ!?』』

『っ・・・・・・』

『恐れながら、私めは大倶利伽羅殿の方がよろしいかと!』

『!?な、なんで!?』

『大倶利伽羅殿の方が、私めを撫でる手つきがお上手であります!』


―――の、お供の狐の一言だったりする。
ちなみに前回の反省(戦っている間、べにをよく知りもしない政府の人間に預けてしまった)を踏まえて、常にべにの傍に控える近侍として、薬研の抜擢だ。
戦えない上、一日べにを抱っこしているだけ、という役割に不満が出るかと思ったが、こちらも思いのほか争奪戦だった。
それらのやり取りを思い出して、笑えばいいのかため息をつけばいいのか。
何とも言えない気分のまま、身体だけはすんなりと受付にたどり着いて、「これ、よろしく」と机の上にパスを差し出した。


「こんにちは、参加者の方・・・あら?」

「あ。どーも」


顔を上げた受付嬢を見て、あ、前と同じ人だとぼんやり思う。
向こうも何か首をかしげているけど、これだけ何振も“加州清光”が居る状況で“俺”が区別できるわけないし。
おおかた、前と同じように“審神者の方は?”って感じだろう。
今回は紺野もついてきてないけど、二回目なんだし説明したらわかってくれないかなぁ・・・
そんなことを思っていたら、少し考える素振りをした受付嬢は「少々お待ちください」と言ってパスを受け取り、機械に通した。
そのまま何か操作したかと思うと、画面に表示された文字列を見て、「あぁ、やっぱり」と何か納得する。
どこか嬉しそうなその様子は予想と違っていて、むくりと興味が頭をもたげた。


「・・・何?」

「あ、すみません・・・もしかしたらべに様のところの、と思った予想が当たっていたものですから」

「え、うっそー。なんでわかったの?」


この会場にさえ、何振りもいる加州清光。
その中から、“もしかしたらべに様のところの、”なんて思えるわけが・・・いや、赤子審神者なんて、十分衝撃的だとは思うけど。
でも普通、その近侍まで覚える?
思わず目を見開いていると、その反応にか、ふふ、と面白そうに笑う受付嬢。
思わず、目を奪われた。


「私も本丸を持っておりまして。初期刀は加州だったんです。私のところの加州も、ここで見かける加州も・・・爪は少し長めに整えてありますし、髪は大抵、前に流してありますから」

「・・・ふーん、そっか」


確かに、べにと触れ合うときに邪魔になるから、髪は後ろで縛るようにしている。
爪なんて、顕現したその日に短く切りそろえた。
前にここに来た時も、確かに今と変わらないスタイルだったけど、それに一発で気付くなんて・・・


「・・・大事にしてもらってるんだ」

「はい?」

「なーんでもない。“俺”のこと、これからもよろしくね?」

「・・・はい、こちらこそ」


パスを返されて、それを受け取ってひとつ微笑む。
返される微笑みは心穏やかになるもので、踵を返してからも少しの間顔が笑みの形から崩れることはなかった。





「・・・なんでちょっと浮気したような気分になるんだと思う?」

「は?」


皆のところに戻って、なんのもめ事も起きてないことにひとまずほっとして。
燭台切に思わず零せば、「なんのこと?」とごく当然の反応を返された。


「なんでもない・・・じいさんは確保できた?」

「・・・ん〜、それがさぁ」


見てよあれ、と指さされた先。
なぞってそちらに視線をやって、思わず天を仰いだ。
だから、なんであのじいさんはちょっと自由すぎるんだ。


「何を言う。俺のところの審神者も負けておらんぞ」

「はっはっは。宵の刻には、まだ早いぞ?」

「そなたこそ。夜更かしでもしすぎたか?」

「はっはっは」

「はっはっはっはっは」

「え、なにあれ怖い」


笑っているのに、周囲に漂う火花たるや。
絶対零度でないだけましととるか、着いて早々に何もめ事起こそうとしてるんだととるか、そこが問題だ。


「なんか、ほかのところのおじいちゃんとエンカウントしちゃったみたいなんだよねぇ・・・、いつの間にか、自分のところの主自慢になってて」

「よし、じいさん負けるな」

「ちょっと加州君!?」


気持ちはわかるけど!と慌てて突っ込む燭台切にヒラヒラと手を振って冗談だと示し(半ば本気だけど)、そのまま薬研に抱かれているべにの頭をポンと撫でる。
もはや癖になりつつあるその動作を何度か繰り返して少し心を落ち着かせ、・・・グルリ、と部屋の中を見渡した。
目的の人物は、居ない。


「・・・・・・見た?」

「いや、俺っちはみてない。まぁこの身長だし、皆に囲まれてたから気付かなかっただけかもしれねぇが・・・」

「・・・・・・」


燭台切に視線で問うても、返ってくるのは無言の否定。
受付まで行って帰ってくる間も、注意深く観察しても見つからなかった、あの癪に障る顔。


「まさか・・・居ない?」

「いや・・・遅刻してるだけかも。一番最後に戦うって言ってたし」


三振りでべにを囲んで難しい顔を突き合わせる。
薬研の腕の中からキョトリと見上げてくるべにを、今度こそ守らなければ。
でも―――居ない、としたら?


「薬研、薬研。近う寄れ」

「は?ってちょ、おいっ!?」

「ほれ、見てみろ。うちの審神者の方がずっと愛らしいだろう?」


唐突に薬研の肩が引かれ、三振りの輪が崩れる。
何事、とそれを目で追えば、さっきまで向こうで話していた三日月×2がすぐ傍まで迫っていた。
薬研を、というより、薬研の腕の中にいるべにを呼び寄せたかったらしい。
どうやら主自慢はまだ続いていたようだ。
三日月×2の顔が近づいて、一瞬目をぱちくりとさせたべに。
けれどそれもつかの間、「あー♪」と嬉しそうに笑いながら短い腕を一生懸命伸ばすべにに、相手の三日月(多分)は「ほぅ・・・」と感嘆のため息を漏らした。


「これはこれは。赤子の審神者とは恐れ入る」

「ふふふ、そうだろう、そうだろう」

「だが、こちらの愛らしさもまた格別よ」

「ちょっ、何!?おじいちゃんどしたの!?」


今度は、向こうの主自慢が始まったらしい。
唐突に引き合いに出された審神者は状況がつかめていないようで、「おっ、おじいちゃんだ!」と少しはしゃいでいるように見える。
正直、他の本丸の審神者なんてどうでもいい・・・けど、ちょうどいい。


「ねぇ、ちょっと聞きたい事あるんだけど」

「えっ?」


三日月に掴まれている方と反対の腕を取って、詰め寄る。
目を白黒させているその女にかまわず、さっきからずっと気になっていることを問いかけた。


「今回の演練ってさ、強い役割の人、誰?」

「えっ?え、えーと・・・たぶん、・・・わ・・・私、かな?」

「・・・なんだよくっそおおおお!!!!」


覚悟とか、準備とか、その他諸々。
一瞬でぱあになったそれらと、そんな俺たちを見て鼻で笑っているアイツの顔が浮かんで・・・思わず床に拳を叩きつけた。
泣いてなんかないんだからな!


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