加州清光から見たじじいたち
この演練場にアイツ・・・修一が居ないと分かったショックから、「もっと鍛錬する時間ができたと考えるんだ・・・っ」と何とかかんとか立ち直るまでに数分。
「あっ、どうも・・・審神者の小珠といいます。よ、よろしくお願いします」
向こうの三日月が引っ張ってきた人間の女は、そんな俺とは目を合わせない、ごく普通の女だった。
「あー・・・ごめんね?ちょっとショックなことがあって・・・」
「そ、そうなんですか・・・あ、あーっと・・・審神者の方は?」
話題を変えようとしたのか、話を逸らそうとしたのか。加州たちの顔ぶれをざっと確認した審神者―――小珠は、「・・・あれ?七人?」と小さく呟いて首を傾げる。
「ウチの審神者は、この子だよ。べにっていうんだ」
ヨロシクね、と薬研を前に出せば、その腕に抱かれる小さな身体。
これでも大分大きくなってきて、最近は横抱きより縦抱きの方が楽になってきたんだけど。
「えっ?・・・お、おぅ・・・」
やっぱり、まだまだ赤ちゃんであることは間違いないんだよね。
小珠の反応に思わず苦笑すると、まずいことをしたと思ったのか、慌てて手と首を左右にぶんぶんと振りはじめた。
「あっ、でも逆にすごいよね!?この歳から才能を見出されてるってことだし!それを支えてる加州君たちもすごいよっ!」
「・・・あー・・・うん。ありがとう」
勢いよく弁明し始めた小珠に、ひとまず礼を言う。
言葉を飾り付けただけだったらそれもなかっただろうけど、小珠のそれは、ちゃんと心からの言葉だったし。
何故か誇らしげな隣の三日月宗近が、若干妙な圧迫感醸し出してるしね。
「どうだ?小珠は愛いやつだろう」
「成程、“俺”の目も悪くないらしいな」
「三日月・・・さっきから何張り合ってるんだ?」
その後ろから、何の前触れもなくひょっこりと顔を出した白に、思わず一瞬、身体が臨戦態勢になるかのように緊張した。
でもそれも一瞬で、気の質が違う感覚に、別の”鶴丸国永”か、と肩の力を抜く。
鶴丸国永はチラリとこちらを見たが、すぐにこちらの三日月に呆れたような表情で話しかけた。
「お前も・・・よくカンストの三日月に喧嘩売る気になったな・・・」
「カンスト?」
「あぁ、“これ以上強くなれない”って政府から太鼓判押されたやつのことさ。そっちの三日月は、まだせいぜい中堅ってとこだろう?」
聞きなれない単語を問えば、あっさりと返ってくる返事。
へぇ、と二つの意味で小さく漏らして三日月を見上げ、名の通りに作られた唇に、軽く頬を引き攣らせた。
「同じ“三日月”なのだ。いつか辿り着く領域の強さの相手に、何を恐れる必要がある?」
うん。相手が強いからって、尻込みされてちゃ困る。
けど、この人らはべにのこと馬鹿にしてないからな!?ちゃんと相手を見極めろってば!
普段の本丸や戦場ではめったに見ない怒りの表情に、見境なくなってないか!?と内心慌てる。
相手の鶴丸国永も驚いているようで―――でもそれは、どうやら違う意味らしかった。
「・・・!へぇ、こいつは驚いた。随分“生きた”目をしてるな?」
「生きた目?」
「・・・ま、同じ刀でもいろいろいるってことさ」
三日月からの威圧をそれほど気にした様子もなく、ヒラヒラと手を振って背を向ける鶴丸国永。
加州でさえ背筋の寒くなるそれをあっさりと躱せるあいつも、それなりの手練れということだろう。
これは、本気でいい鍛錬になるかもな、と唇を引き結んだ。
小珠も離れていった鶴丸国永を心配そうに見ていて、顔合わせももういいかな、と思ったんだけど。
「じぃー?」
耳に飛び込んだ音に、あぁ、もうちょっと離れられないや、と若干遠い目をしてしまった。
見なくてもわかる。
薬研の腕の中にいるべに、今間違いなく向こうの三日月宗近を見て首を傾げてる。
「ん?あぁ、あれは他の三日月だ。じじは俺だぞ?」
「んっじ、じぃー?」
「なんだ、べに?」
今度こそ三日月を見て声を出したべにに、ブワッ、と周囲を桜吹雪が舞い踊る。
さっきまでの雰囲気はなんだったんだ・・・
本丸では何度あったかもわからない花弁の強襲が、まさかここで巻き起こるとは思わなかったけど、まぁ気持ちはわからなくもない。
べにが間違えずに名前を呼ぶことはまだまだ少ないから、むしろちょっと羨ましいくらいだ。
たった数秒で180度変わった空気に、相手側は全員そろって目を瞬かせる。
その中でも、やはり自分と同じ姿だからか・・・三日月宗近はどういう表情をしていいかわからないようだった。
じいさんのあんな表情、そうそう見れるもんでもないだろうな。
複雑なような、困ったような・・・羨ましい、ような?
「・・・“俺”が満たされているのは良いことだ。赤子だからといって、手を抜いてはこちらが痛い目をみることになりそうだな。しかし・・・」
一歩、二歩とべにに近づく三日月宗近に、ほんの少しだけ身体に力が入る。
けれどこちらの警戒なんぞなんのその。
三日月宗近はかすかな衣擦れの音とともに軽く腰を屈めると、極上の微笑みをべにに披露してみせた。
「のう、お主、俺も三日月ぞ?」
「あー、あむ、じっ、じー?」
「はっはっは。これこれ、何を言う。べにのじじは俺一人だ」
「ぅ?」
「なにやってんだ、じいさんたち・・・」
流石に自分の腕の中に向けて左右から微笑まれては、いたたまれなくなったんだろう。
薬研が苦虫でも噛み潰したかのような顔で小さく文句を言えば、ユニゾンで「「はっはっは」」と笑い声が聞こえてきて眩暈がした。
『本丸ID813304:メろん様、本丸ID125320:べに様、5番ゲートへお越し下さい』
「・・・あ、じゃあそろそろ行くんで」
天の助け・・・ってほどじゃないけど、この離れるに離れられない状況を打破してくれた受付のおねーさんにちょっとだけ感謝する。
薬研もすごい機敏な動きでじいさん×2から距離を取って鳴狐の傍まで下がってるし。
じいさん×2は「うむ、あの低さは腰にくるな」とか頷きあってるし。
なんでだろ。まだ戦ってないのにすごく疲れた。
「あ、うん。じゃあ、お手柔らかに!」
ペコ、と頭を下げる小珠に、強くても、こんな人もいるんだなぁとちょっと思った。
アイツの印象が強すぎて、それ以外の審神者をしっかり見てなかったけど、もしかしたら。
もう少し、いろんなことが知れたんじゃないかな、なんてちょっと反省して。
それから、“お手柔らかに”って、それはこっちの台詞じゃないの、とも思ったけど。
“お手柔らかに”してもらう必要なんてないから、黙って手を振り返した。
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