薬研藤四郎は保護者となる


怪我を負ってもいい。つまり、多少無理してもいい。
そんな状態だと、全員の動きに少しの無謀さが見え隠れするようになった。
振りかぶられた太刀にかまうことなく突っ込んで、肩口の熱と引き換えに相手の命を奪う。
避けきれない太刀筋に、左腕を犠牲にして致命傷を避ける。
べにを抱えてその一部始終をじっと見つめる薬研は、ぼそりと「癖にならねぇといいが、」と誰にともなく呟いた。










審神者にお付の近侍として、演練場が一望できる部屋に案内されて3戦。
今回は全員が気合いを入れてきていたこともあってか、多少の怪我はありつつもすべての戦闘で勝利を掲げることができた。
この部屋には、どうやら基本対戦する隊同士の審神者しか入れないようになっているらしく、べにを抱く薬研に興味津々でこちらの事情を聞いてくる人間から、ちらちらとこちらを見ながらも十分な距離を取って観戦する人間まで。
たった四人でもここまで個性が出るものなんだな、と改めて人間の千差万別な様子に感心しながら、こちらも一定の距離を保った。
丸腰の人間に何ができるとも思えねぇが、警戒に、越したことはねぇからな。


「・・・んっ・・・ぅんっ・・・ん゛ん〜〜〜〜っ・・・」

「・・・おっと」


4戦目が終わりに差し掛かるころ、べにの顔が不満げに歪み始めた。
まぁ、抱っこ好きとはいえ、何時間も同じ姿勢は辛いだろうな。
むしろ動いたり遊んだりの好きなべにが、よくこれだけの時間じっと抱っこされてたもんだ。
かといって、負けそうな自分の隊を真剣な表情で見守っている審神者の横で、のんきに遊ぶのもちっとどうかと思うし。
少し考えてからそっと部屋を抜け出すと、廊下の床にべにを解放してやった。
ここなら下の受付前のように人がごった返すこともないし、近くに段差もないから特に危険はない。
歌仙や加州、燭台切・・・結構大勢の奴に見つかったらどやされそうな光景だが、まぁいいだろ。
どやされるとしたらあれだな、「こんな硬い床に降ろして、べにの手やひざの皮がむけでもしたら」とか、そんな感じだな。


「ほらよ。べにも今のうちに少し鍛錬しとけ」


まぁ俺っちは、守りすぎもよくねぇんじゃないかと思うタチでな。
“痛い”っつーのは、それが危険だと感じられる人間の生存本能だ。
人の身を得たからこそ知れたその感覚、人間であるべにが知らねぇなんておかしな話だろ?
廊下の真ん中あたりにべにを降ろして自分は壁に背を預ければ、きょろきょろと周りを見渡した後「んっ」と掛け声に合わせて手のひらを床にぺちっと叩きつけるべに。
そのまま腰を上げて四つ這いの姿勢になったかと思えば、また降ろして。上げたかと思えば、また降ろして。
こっからがなかなかもどかしいんだよな、と進む様子のないべにをじっと見つめ続けた。
本丸では、短刀たちによる“べにを前に進ませ隊”が結成されていて、「べにちゃん!こっちこっち!」とか「べに様ぁ・・・とっ、虎さんですよ・・・!」とか、あの手この手でべにを前に進ませようとしているが、なかなか。
本人の興味があちこちにむくようになったこともあって、思い通りには動かせないらしい。
どうしたもんかね、とべにを観察しながら考えていると、視線を感じたのかべにがぱっと顔を上げた。
かちあった視線に、べにはパァッと顔を輝かせて。


「だー♪」

「―――あぁ、来いよ、べに」


見つけた、とああも嬉しそうな顔をされて、手を差し出さないやつが居たら野暮ってやつだ。
座って辺りを見回していたのをこちらに狙いを定め、手のひらを床にべちっと落とす。
そのままぺちっ、ぺちっ、と手のひらを床に叩きつけながら、2歩、3歩。


「・・・やるじゃねぇか、大将」

「んった!あ!」

「あぁ、よくやった」


べににとっては十分距離のあるだろう、1m。
それを自分のために一生懸命近づかれて、嬉しくないやつなんていない。
頭を撫でて高い高いしてやればきゃっきゃと嬉しそうな声を上げるべにに、薬研も思わず顔を緩ませた。


「・・・ニキが・・・かわいい・・・だと・・・?」


不意に聞こえてきた第三者の声に、べにを膝の上に降ろしてそちらを見やる。
少し気を抜きすぎたか、と内心で小さく舌打ちすると、数m先で立ち止まっている審神者の姿を捉えた。


「・・・あぁ、あんたか」

「あっ!どうも、小珠です!」


ショックを受けたような表情を慌てて整えて、ガバリと頭を下げる小珠。
演練が始まる前に、広間で顔を合わせた審神者だ。
本人曰く、今回の演練で一番強い相手。


「先ほどはどうも!どうです?今回の調子は」

「まぁ、悪くはねぇが・・・ちっとばかし突っ込みすぎなのが気になるな」

「へぇ〜」


気さくに話しかけてくる心象は悪くねぇが・・・聞いといて、目線はべにに釘付けだ。
目はキラキラ輝いてるし、「興味があります!」って語ってるようなもんだな。
さっきまでの奴らとは、またちょっと表情が違うのも気になるが・・・


「さっきも思ったんですけど・・・」

「おう、なんだ?」


まぁ、基本的には同じなんだろう。
どう来る。「審神者が赤子なんて珍しい」?「大変じゃないか」?
ここ4人の審神者は、口では同情しながらも、裏を知りたい、という魂胆が多かれ少なかれ伝わってきた。
こいつはどう聞いてくるかな、という興味と、ほんの少しの面倒さを感じながら言葉を待つ。
まぁ何であれ、こいつで5人目、これで終わり―――


「めっっっちゃ可愛いですね!?ちょっとあの、かまってもいいですか!?」

「・・・お、う。いいぜ、ほらよ」

「やたーっ!」


思わぬ言葉に、一瞬言葉に詰まってしまった。
とても嬉しそうに距離を詰めてきた小珠は、べにと目線を合わせると「こんにちは、小珠です!」と笑顔で挨拶をする。
べにをちゃんと一個人として扱っている様子に、まぁ、少しくらいならいいか、と警戒を緩めた。


「・・・・・・」

「ほれ、べに。挨拶だろ?」

「・・・・・・」


人見知りしているのか、声を出すこともなく、じっと小珠の目を見返すべに。
久しぶりに見るその姿に少し笑って、小珠と向き合えるようにべにを軽く抱えなおした。


「はあああめっちゃ柔らかい・・・!ごこちゃんもやわこいけど、なんだこれ魔法の手触りか・・・!」

「・・・・・・!」

「あっ」

「お?」


小珠がべにの頬を軽くぷにぷにとつついて、至福の表情になっていたのもつかの間。
声も出さずに顔を背けたべには、あっという間に薬研の胸に顔をうずめてしまった。


「はぅぅ・・・い、嫌がられた・・・」

「あー・・・まぁ、人見知りの時期なんだ。勘弁してやってくれ」

「人見知り・・・人見知りかぁ・・・」


はぁぁあ〜・・・と大きなため息をついて目に見えて落ち込む小珠に、これ以上どう声をかけるべきかと少し悩む。
抱かせてやってもいいが、それだとべにが泣くことが目に見えてるんだよな。


「そういや、アンタは何でここに?」

「あっ、そうだ、次の対戦、べにちゃんとことなんですよ。それで、そろそろ終わると聞いたので来てみました」


話題を変えれば、思い出したように姿勢を正す小珠。
ちらちらと名残惜しそうにべにを見てはいるが、その辺りは流石実力者ってとこなんだろう。


「外に出てたってことは、終わったんですか?」

「いや、」


べにの気分転換に、と答えかけたところで、丁度さっきまでいた部屋から対戦していた審神者が難しい顔で出てきた。
こちらに気付くと形ばかりにペコ、と頭を下げて、すぐに広間の方へ踵を返す。


「・・・ちょうど、終わったところだ」

「ですねー」


おそらく、ウチが勝ったんだろう。
多少の無茶はあったかもしれないが、それでもこれで、同レベルの相手との勝負では負けなしの結果だ。
次は、小珠の隊との対戦。
アイツと同じレベルの相手と、腕試し。


「じゃあ、改めて・・・宜しくお願いします」

「おう、こっちこそな」


思わずピリ、と張った空気に、薬研の服を握る小さな手がこわばったのを感じた。


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