鳴狐はひたむきに


「はっはっは。成程成程」

「・・・っ!」

「鳴狐!鳴狐大丈夫ですか!?」


お供の焦ったような声が、少し遠くから聞こえる。
きっと耳元で叫んでいるのに、ドクドクとした心臓の音の方が煩くて聞こえない。
は、と短く息を吐いて、血で滑りそうになる本体をギチリと握りなおした。

―――すでに、残りは半数。

初めに一番錬度の低い倶利伽羅が狙われて、組んでいた三日月も中傷。
一期が助けに入ったけど、歌仙兼定と鶴丸国永の連撃は強力で、三日月は戦線離脱を余儀なくされた。
それでも一期と協力して道連れのように二振りを倒すあたり、流石だと思う。
その一期は、堀川国広と山姥切国広の連携攻撃によって倒されて、そして。


「よく避けたな。今の一撃、とどめのつもりで放ったぞ?」

「フー・・・っ、フー・・・っ!」

「随分な無理をする。中傷・・・どころか、今のかすり傷でも破壊寸前の重傷だろう」

「っ・・・!」

「鳴狐!しっかりしなさい!」


倶利伽羅が山姥切国広の刀装を剥がしてくれていたから、二振りを相手取ってもなんとか戦うことができた。
けど、三日月宗近の言う通りだ。
堀川国広の突き刺さった肩は焼けるように熱いし、山姥切国広に切られた腹からはドロリとした血が止まらない。
潮時。
これが普通の戦だったら、引いていただろう。
命あっての物種だと、お供に説教されていただろう。

―――でも。


「フー・・・ッ!」

「・・・そこまでして尚戦う理由が、俺にはわからん」


負けられない。負けたくない。
お前になんて、わかるもんか。
強いから。強いからで、幅を利かせる奴らへの苛立ちを。
自分たちの弱さへの悔しさを。
苦いものでも噛んだかのような三日月宗近の表情を、射殺さんばかりに睨み上げる。
血が抜けたことで震える手足を叱咤して構えをとれば、ため息をついた三日月宗近が応えるようにゆるりと姿勢を変えた。


「わからん・・・が、相手をするのが道理だろう」


すらりと持ち上げた太刀が、三日月宗近の表情を隠す。
刃が眼を覆って―――


「仔狐や、―――近う」


―――見えた表情に、身体中の毛が逆立つのを感じた。


「オラァ!」

「むっ」


その瞬間、三日月宗近の背後の藪から飛び出す影。
はっとなってそちらに目を向ければ、見慣れた黒。
振り下ろされた白刃は、確実に三日月宗近を捉えた。


「加州・・・!」

「加州殿!」


思わず上げた声を意に介することなく、仕留められなかったのか三日月宗近から距離を取る加州。
奇襲に反応しきれなかった三日月宗近は、俯いたまま動く気配はない。
もしや、好機・・・?と踏み込んだ足は、加州の舌打ちに力をなくした。


「・・・くっそ、硬ぇんだよ・・・!」


そう言う加州の服や身体はボロボロで、自慢のネイルは血の色と混ざって判別がつかない。
辛そうに肩で息をする姿は、今の一撃に手ごたえを感じているようには見えなかった。
ゆらり、と三日月宗近の身体が傾ぐ。
コキリと首を鳴らした蒼に、息が止まるのを感じた。


「ふむ・・・中々、やるな」


いけない。

ここにいては、いけない。

身体をもらったときに得た、生存本能が叫ぶ。

逃げろ、と。

けれど、震える、足が。
血が抜けたせいだと、言い聞かせていた足が。


「どうした、来ないならこちらから行くぞ?」

「鳴狐っ!!」


お供の声とともに感じた痛みに、はっと意識が眼前に戻る。
甲高く刀同士のぶつかり合う音がすぐ傍に迫っていて、反射的にその場から飛びのけば、風圧とともに通り過ぎる光。
戦場だ。ぼーっとしていれば、ついでで殺されても文句も言えない、戦場。
どうやらお供に噛まれたらしい耳の痛みは、生きている証拠。
いけない、ともう一度目を閉じて、すぐに開く。
もうできることも多くはないかもしれないけれど、何もせずただ折れるのを待つ意味もない。
せめて加州を援護して、この手に、勝利を。
強いやつに好き勝手言われなくなるくらいの、力を。


「っ!?」


唐突にぶつかった大きなものに、慌てて背後を振り返る。
まさか、また回り込まれていたのか。
そんな予想は、違った形で裏切られた。


「っ鳴狐君!?」


振り返った先に見えた燭台切の表情と、その見開かれた隻眼に映る自分の表情が同じで。


「失礼するよ」


固められたと気付いた時には、時すでに遅し。
はっと振り返った目に映る、萌黄色。
そして―――弧を描く、三日月。


「それっ!」


大きく横薙ぎに振られた大太刀は、一気に三振りの身体を切り裂いた。





ただ、強くあれば。

武器として強くあれば。


べにを守れると信じて、疑わなかった。


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