加州清光は大切にする


万全の準備を、してきたはずだった。
錬度は今出陣している合戦場を傷一つなく制覇できるほどに上げていたし、刀装だって金色でそろえてきた。
なのに、なんでだ。


「なんでだよ・・・っ!」


傷一つなく元通りになった身体に、それでも残る“斬られた”感覚が、じわじわと心を蝕む。
何で、あいつらは俺たちより強い?
どうして俺たちはあいつらに勝てないんだよ?
握りしめた拳をどこかにぶつけたい衝動を、必死で抑えながら広間への道をひた歩く。
後ろについてくる5振りも、きっと似たような心境なんだろう。
誰も一言も発しない。


「・・・よぉ、おつかれさん」

「・・・!べに、薬研・・・」

「・・・・・・ぅ・・・」


そんな加州たちを迎える声に顔を上げると、どこか苦しそうな顔をした薬研と、その腕に抱かれるべにが通路に立っていた。
そうか。こっちが終わったんだから、べにたちも解放されたんだな。
そう思ってごく自然に腕を伸ばす。
べにの定位置は加州の腕の中。それは、本丸の者誰もがなんの疑問も抱かずに思っていること。
けれどその考えは、当の本人が薬研の首筋に顔を伏せたことで打ち砕かれた。


「?・・・べに?」

「悪いが加州、まずはその顔を何とかしてくれや・・・べにが怖がるのも無理ねぇぞ?」


困ったように笑う薬研は、落ち着かせるようにべにの背中をポンポンと叩く。
声も出さずに薬研にしがみつくべには、確かに少し怯えているように見える。


「ヤバ、まだ戦場の顔だった?」

「まぁ、そこそこな」


いけないいけない、と両手でぺちぺちと頬を叩く。
べには敏感だから、ちゃんと気持ちを切り替えないと簡単にばれてしまうのだ。
ふぅ、と息を吐いて顔を上げれば、こちらをこっそりと窺っているべに。
その可愛さが最後の後押しとなり、自然と普段通りの顔で「べに、おいでー」と言うことができた。
安心したのか、薬研から顔を上げるべに。
しかしその短い腕がこちらに伸ばされるのと同時、加州の顔は再び凍り付いた。


「あ、どうも!お疲れさまでした」

「!・・・アンタ・・・」


薬研の後ろ。通路の角から姿を現した小珠の姿に、ざわりと身体が警戒態勢をとる。
演練はあくまで訓練ということは頭ではわかっていても、たった今やられた相手を見て冷静でいられるほど、加州も演練慣れはしていなかった。
ましてや、その後ろから近侍であろう歌仙兼定がついてきたとなれば、なおさら。
薬研はどうやら知っていたようで、特に驚くでもなく「あぁ、」と頷いた。


「なんでも、上級審神者、ってやつらしい。さっきの演練について、助言がもらえるんだと」

「助言・・・?」

「あれ、聞いてませんか?演練は一応審神者同士の情報交換や戦闘のアドバイスの場でもあるので、普段は演練を見ながら上で審神者同士がお話ししてるんですよー」


「今回は薬研君が加州君に伝えた方がいいって言ってたんで、こうしてお話の機会を設けさせていただきました」と続ける邪気のない顔に、若干身体の力が抜けるのを感じる。
これだけ警戒している相手の気を抜かせられるのだから、ある意味大したものなんだけど。


「やあ。先ほどはお疲れさま」

「・・・・・・」


その後ろから片手を上げて出てきた影には、やはり身体が警戒するのを止められなかった。
返事もしない加州に、けれど「仕方ない」というかのように苦笑した歌仙兼定は、困ったように上げた手で軽く頬をかく。


「そう睨まないでくれよ。よき先達であるよう、僕らは全力を尽くしただけだ」

「・・・だから、“センセイ”かよ・・・」


ぼそりと吐き捨てた言葉は歌仙兼定には届かなかったようで、不思議そうに首を傾げられる。
その姿に敵意は感じられず、堂々とした立ち振る舞いには言葉の通り、手本になろうという気概が見られた。
・・・決して、アイツのような人を見下す視線じゃない。
実力者だからと胡坐をかいて、上からものを言う態度でもない。
そうはわかっていても、気持ちというのは面倒なもので。


「・・・薬研、もう少しべにを任せておいてもいい?」


俺もう少しの間、いつもの表情に戻せる自信がないや。










「さて・・・と。実は、言いたいことはいくつかあるんですけどね」


廊下での立ち話もなんだから、と別室に移って腰を据えてすぐ。
歌仙兼定が全員に出した茶を「ありがとう、」と断って一口すすったかと思えば、小珠はキッと目を吊り上げて加州を睨みあげてきた。


「まずは、・・・みんな、逸りすぎです!なんですか、あの中傷重傷まっしぐらな戦い方は!!」


ドン!と湯呑を置く小珠の気迫はなかなかのもので、何が来る、と少し緊張していた加州は思わず肩をびくりと跳ね上げてしまった。
失態だ、なんて思うのは加州だけで、小珠は些細な加州の変化に気付くことなく怒りの表情のまま続けた。


「突っ込みすぎというか・・・索敵失敗したのに、統率の下がる陣形だったじゃないですか。余計な怪我の元ですよ!ああいうときは統率の上がる横隊が無難なんです。刀装がカバーする範囲が段違いですから!」

「そ、れは・・・でも、演練は別に刀装がなくなったって困らないし、中傷ぐらいなら動けるし・・・」


むしろ、命の危険が迫ったことで感覚が研ぎ澄まされでもするのか、時折普段以上に相手の動きを鮮明に感じることができるのだ。
その時の感覚を普段から引き出せることが当面の目標だけれど、今はまだ、本気で切羽詰まらないとその感覚を覚えることはできない。
ならばなおのこと、演練でその感覚は覚えておきたい。
なにしろ、怪我を負っても手入れのいらない、貴重な機会なのだから。


「・・・加州君。怪我してもいいとか、思ってない?」

「っ」


まさに思っていたことを言い当てられて、今度こそ息を詰める。
分かりやすい変化に今度こそ小珠も気付いて、はぁ、と大きなため息をついた。


「演練はあくまで実戦のための模擬戦。実際の戦場に出ていることを想定しながら戦わないと意味無いですよ」

「・・・・・・」

「それに、そんなに血気はやってちゃ、べにちゃんが可哀想です」

「・・・?どういう、こと?」


正論を突き付けられて黙るしかないっていうのも情けない話だけど、べにが可哀想って言われて黙ってるわけにはいかない。
顔を上げれば、少し気まずそうな表情の小珠が逆に目を伏せた。


「・・・ごめんなさい、さっきのやり取り、ちょっと見てたんです。べにちゃん、戦帰りの顔の加州君を怖がってたから、きっと普段は綺麗な姿しか見せてないんじゃないですか?戦いにばっかり気を取られてあの子を見ないなんて、そんなの可哀想すぎます・・・!それに、べにちゃんが、これから大きくなって、怪我をした加州君たちを見慣れちゃったらと思うと、すごく可哀想で・・・」


血まみれの姿なんて、べにに見せるつもりはない。
大事に、大事に育てて。
汚いものも。醜いものも。全部全部、蓋をして。

・・・・・・でも、きっと。

それってすごく、辛いんだろうなぁ・・・


「そういやぁさっき、べにがハイハイ成功したぜ」

「「「「「「うそっ!!?」」」」」」

「おう、マジだ、マジ」

「んーぁ?」


薬研のやつ、道理でさっきから桜吹雪いてると思った・・・!
部屋の隅でべにをあやす薬研の口から何気なく放たれた事実に、愕然として机に突っ伏す。
そんな・・・ここ最近の一番の楽しみが・・・っ!
薬研に先を越されたどころか、見逃した、だと・・・!?


「最、悪・・・だ・・・」

「うわぁ、効果は抜群だ・・・」


多分俺だけじゃなくて、出陣していた6振り全員が同じような状態なんだろう。
小珠の若干引き気味な反応にももはや取り繕うこともできず、「クソッタレ・・・」とただぼやく。


「ま・・・まぁ、私が言いたいのは、戦場ばっかり出てるとこうやってべにちゃんの成長見逃すぞ!ってことですよ!」


「す、すぐ今度は伝い歩きとかが始まりますって!」とフォローのように続ける小珠は、随分お人好しだけど。
放った言葉は図星、どころじゃない。
そうした結果がまさに今、目の前にあるんだから、こればっかりはどうしようもない。


「・・・守りたい、んだ・・・。べにを守れるくらい、強く・・・強く、なりたくて・・・」


こいつに、言ったところで、どうなるとも思えないけど。
ていうか、何言ってんだろ、俺・・・


「・・・そのための、上級審神者です」


落ち着いた声色に、つられるように顔を上げる。
斜め後ろに歌仙兼定を控えさせて、綺麗に座る小珠。
その表情は、実力に裏付けられた、確かな自信に満ちていた。


「誰だって初めは初心者ですよ!強くなるために何が必要か、ビシバシ教えていくんで、覚悟してくださいね!」


小さくガッツポーズをつくる小珠。
・・・べにのときも思ったけど。
厳格な人でもない。ましてや、男でもない。
それなのに。


「・・・・・・うん、」


自分でも驚くくらい、素直な声が出た。
これは、“主”としての俺の、俺たちの望む姿の一つ。
強き者として、弱き者を虐げるのではなく、支え・護る。
控える歌仙兼定が、誇らしげに小さく微笑むのが、視界の端に映った。


「・・・わかった。よろしくね、小珠」


俺たちの“主”も、君みたいになってほしいから。
この子を育てるのに、力を貸してください。


「・・・は、ハイッ!」


頭を下げれば、妙に声の裏返った返事をする小珠。
思わず様子を盗み見ると、笑顔のままの歌仙兼定に後ろから小さく小突かれている。
「う゛っ」と小さく唸る小珠に、あぁ、こういう関係も悪くないな、なんてこっそり笑ってみた。


**********
prev/back/next