加州清光は勉強が苦手


「まぁお互い、一度落ち着くことだね」


歌仙兼定にそう言われて、それぞれが目の前の茶に手を伸ばす。
淹れられて以来一度も手を付けていなかったそれは少し冷めてしまっていたけれど、喉を潤し、気持ちを落ち着けるには十分な美味さがあった。
それは加州の後ろに控えている面々も同じようで、ほぅ、と小さなため息が部屋に響く。
うんうんと嬉しそうに頷きながらそれを見守る歌仙兼定に錬度が高いだけではない落ち着きを見た気がして、ああいう風になれるだろうか、なんて少しだけ考えた。


「えぇと、そうですね・・・」


茶を置いた小珠が、考えるように視線を彷徨わせる。
右に、左に数回首を傾げたかと思えば、困ったように笑って口を開いた。


「一番言いたかったのはさっきのあれなんで、あとは細かいこととか、逆にそちらが困っていることを雑談ぐらいの気持ちで話せればいいんですけど・・・」

「困ってることかぁ・・・」

「一応、審神者業に関することで頼むよ」


最近べにが、と話し始めようとしていた出鼻をくじかれて思わず黙り込む。
歌仙兼定がやっぱりか、とため息をつく一方で小珠は「私もそんなに詳しいわけじゃないけど、ある程度なら・・・」と聞く姿勢を作っていて、それを歌仙兼定に「時間は限られているんだ。上級審神者としての務めを果たすべきなんじゃないのかい」と叱られてしょんぼりしていた。
多分、普段からこんな感じなんだろうなぁ・・・
うちの歌仙が大体そんな感じだから、簡単に予想がつくそれに少し笑って改めて“困っていること”について思考を巡らせた。


「うーん・・・正直、右も左もわからない中を手探りでやってきてるようなもんだからさ。困ってることっていうより、できることやるだけでいっぱいいっぱいなんだよね。俺たち見て、なんかおかしなとこあったら教えてもらえる?」

「あー・・・いろいろありますもんね、お疲れ様です。・・・おかしな、ってほどのことではないんですけどね。誰も馬積んでないなぁと思いまして」


「まぁ皆機動はそんなに低くない面子ですけど、」と言って首を傾げる小珠に、同じように首を傾げる。


「・・・・・・うま」

「え。あ、はい。馬」


知識はある。確かに、あれに乗って戦場を駆ける時代もあっただろう。
加州たちが活躍した時代はもう合戦場を駆けまわるときではなかったから、あまり馴染みはない・・・のだけど。
後ろで「言われてみれば、」と言わんばかりの燭台切とか、その方がしっくりくるかもしれない。
・・・それは、わかる。うん、わかった。


「・・・馬って、鍛刀や祈祷でできるものなの?」

「へぇ!?」


素っ頓狂な声を上げた小珠に、自分の想像が外れたことを察して内心若干ほっとする。
よかった。そこまで広さがあるわけでもない鍛刀場や祈祷場に馬が顕現するようなことがあったらどうしようかと思った。
でも、本丸にあそこ以外新しく何かが生まれる場所はない。
なら、一体・・・?


「私のところは、政府から出されてる課題をこなしたらもらえましたよ?」


答えは、至極あっさりと。
当然のように、なんてことないことのように小珠から発せられた言葉に、今回は着いてこなかった鉄仮面な小狐の姿を思い浮かべた。


「・・・まじ?」

「え?はい。確か合戦場をいくつか制覇したら、報酬にもらえましたけど」

「・・・いくつか」

「う、うん?えっと確か・・・江戸辺りまで遡った頃、だったと思うけど・・・」

「江戸ォ!?」

「ひぇっ!?」


そんなの、とっくに制覇してるけど!?馬らしい影の一つも見なかったけど!?!?
どういうことなのあのクソ狐!!


「・・・そういえば少し前、“合戦場で見つけた馬は連れ帰って良い”みたいな内容の御触れが来ていなかったかい?こんのすけが得意気に話していたが」

「・・・多分そういう“御触れ”的な情報、全部紺野の管轄だから」


うちの本丸で、こんのすけがそういう情報を持ってくることはあまりない。
紺野は必要な情報を精選しているんだ、とか言ってたけども。
アイツが情報操作しようと思えば、簡単にできる、・・・ってわけだ。
「紺野?」と首を傾げる二人に「政府の人間、」と吐き捨てるように説明する。
・・・今まで、大した疑問も抱かずにやってきたし、アイツもべにのことを思ってくれてると思って、疑いもしなかったけど。


「・・・どこまで信用していいんだろうね?」


俺たちは、戦うために生まれてきた。
それは人の身を得た今でも変わらないし、これは存在意義であり、証明だ。
でも、それがもし、俺たちを使い捨てのように扱うものであると、言うのであれば。


「・・・・・・」

「あーっ、えーっと、ま、まぁ馬が居ないなら、刀装は軽騎兵になるのかな?」


妙に緊迫してしまった空気をほぐすように、小珠が明るい声で聞く。
「そーね、」と頷いて応えれば、ほっと安心したように肩の力を抜いて人差し指を立てた。


「今後馬が手にはいれば、重騎兵とかもいいですよ。速さに難は出やすいけど、やっぱり火力がいいですしね」


おじいちゃんとか一期さんは3つ持てるでしょ?とまたもや当然のように言われて、思わず二人をばっと振り返る。
視線の先では二人も驚いたような顔をしていて、気づいていなかったのか、とどこか抜けたその感じに思わず脱力感を覚えた。


「なるほどなるほど。俺は三つも持てたのか」

「言われてみれば確かに・・・身の軽さを重要視しているのかと思っておりました」

「そ、そうだったんだ・・・」


どういう違いで二人が3つ持てるのかはよくわからないけど、多く持てるならそれに越したことはない。
ボロボロと出てくる新事実に、そのうち眩暈でも起こしそうだなと頭を抱えた。
「あとは、」と徐々に饒舌になっていく小珠に次は何だと顔を上げる。
若干楽し気なその様子に、アドバイスを受けている身でありながら思わずため息が出そうになった。
いや・・・とっても貴重な機会なんだけどさ?
こう・・・自分たちの力不足や認識不足をまざまざと突きつけられてるような。もうちょっと手加減してほしいような。


「今回は参戦してなかったけど、薬研君たちみたいな短刀には歩兵より投石兵とか、弓兵とかを積んだほうがいいんじゃないかな?投石オススメですよ、投石!先制攻撃になりますし、あわよくば相手の刀装引っぺがして白刃戦で一撃でやれますからね、火力の補填になります」

「・・・ん?でも投石兵とか弓兵って、結構レアじゃない?資材つぎ込まないと出てこないから、ちょっと使いにくいんだよね」

「先ほど言われた重騎兵とやらも、私は見たことがありませんな。燭台切殿はご存知ですか?」

「うーん・・・?ちょっと覚えがないなぁ」

「え゛。・・・あぁ!レシピ!じゃあレシピ・・・資材の配合を教えますから!」


加州たちの反応にすごい顔をした小珠は、何かに気付くと慌てて近くに置いてあったメモ用紙に文字を連ねはじめる。
どうやら、出やすい配合があるらしいが・・・どれだけの経験を積めばそんなことがわかるようになるんだろうか。
そんな貴重な情報をこんな簡単に譲ってくれるなんて、と小珠の器の広さに驚く一方で、改めてその経験の深さに感心して、自分たちも頑張らなければ、と腹に力を込める。
「ある程度はハズレもあるけどね、」と手渡された紙には数字がずらりと並んでいて、帰ったらいくつか試してみよう、とポケットにそれをしまい込んだ。


「最後一つ、編成!太刀・打刀だけってちょっと苦しいですよ!大太刀とか、薙刀とか、広範囲の子達も連れてきましょう!逆に打刀がいるなら、脇差も入れて二刀開眼狙うべき!偵察も高いし、陣形有利とるために結構重要なポジションですよ?刀装の片方には統率を補う盾があるといいかも。もう片方に投石とかの遠戦をつけるのがオススメで、重歩兵で打撃補填もありですよ」


つらつら、つらつら。
流れるような言葉の奔流に、押し流されつつもなんとか意識を引き留める。
待って。待って。今いろんな情報が一気に入ってきた。ちょっと整理させて。
とにかくまずは一つ目。えぇと?俺たちの編成が太刀・打刀だけだから駄目で、編成に入れた方がいいのが・・・


「・・・大太刀・薙刀って・・・」

「脇差共々、まだ当本丸には実装されておりませぬな!」


鳴狐が声高らかに宣言したうちの紛れもない事実は、部屋の空気を小珠たちの側だけ一瞬凍らせた。
その雰囲気にべに側が「?」と首を傾げて、どうやら遊び疲れてしまったらしいべにの寝息が聞こえるほどの静寂ののち。


「三日月と一期一振がいて、脇差が居ないってどういうこと!!??」


悲鳴のように上がった小珠の声に、そろそろ帰りたいな、なんて、そっと現実逃避を企てた。


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