加州清光は受け入れる


「赤巻紙青巻紙黄巻紙、ぼーずがびょーぶにじょーずにぼーずの絵を描いた、隣の客はよく柿食う客だ!」

「きゃーっ♪」


パチパチと背後から聞こえてくる小さな拍手にほんわかと気が緩むのを感じつつ、薬研すごいなぁと心の中だけで感心する。何気に本丸で一番早口言葉が上手いかもしれない。
「とーきょー特許きょきゃっ!」と失敗した早口言葉にも同じように笑って拍手をしているべにに和んで、それを表に出さないよう努めながら目の前で頭を抱える小珠に「だいじょーぶ?」と問いかけた。


「えぇ・・・はい、大丈夫です。ちょっと落ち着きました。えぇ、大丈夫・・・薬研君早口言葉上手ですね・・・」

「なんか、口の動きが面白いみたいでねー。みんな挑戦するんだけど、難しくって」

「小珠、逃避したって現実は変わらないよ」

「はい・・・」


あ、やっぱりそうだったんだ。
歌仙兼定に静かに諭された小珠が、コホンとひとつ咳払いをして気持ちを切り替える。
それでも中々言葉がまとまらないようで、上がってはしおしおと下がっていく頭に助け舟も兼ねて一番気になっていることを問いかけた。


「何、三日月と一期は他のと何か違うの?」

「そ、そうですね。えぇと、刀剣にはレア度というものがありまして・・・他の刀剣と違うところは、一番わかりやすいのは刀装の所持数ですかね。基本的な能力も高いです。一説では、分霊の数を少なくすることで、本霊がより大きな力を分け与えることができたという話ですが・・・一期一振・江雪左文字・鶴丸国永・鶯丸や小狐丸、三日月宗近は特に顕現しにくいというのが一般的なんです」

「へぇ・・・特に何か特別なことをしたわけじゃないけどね」

「絵馬を付けるといいという話も政府からは出ていますが、あれはほぼ意味ないですね」

「そ、そう」


妙に実感のこもった言葉に若干圧されながらも頷いて、すらすらと返ってきた返答に小さくふぅん、と感嘆の声を上げた。
歌仙兼定とのやりとりで少し頼りなくみえるところもあるが、上級を名乗るだけの実力はあるということだろう。その知識と経験に嘘はない。
たしか“人は見かけによらない”って諺あったよなーと思い出していると、小珠はようやく考えがまとまったようで、コテリと首を倒して不思議そうな顔を見せた。


「鍛刀はまだいいとして・・・、戦場でドロップしなかったんですか?普通、これだけ錬度が上がるほど戦場に出ていれば、脇差はたくさん手に入りそうですけど」

「あぁ、それなら紺野が・・・つまりは政府からの勅命になるのかな。俺たちは大丈夫だって言うんだけどね、紺野が「拾われた刀が穢れを帯びていた例がいくつか報告に上がっている」とか言って、あんまりいい顔しないんだよ」

「そ、そうなんですか・・・」


色々あるんですね、と複雑そうな顔をするが、ふんふんと頷いてどこか納得したような雰囲気を出す。
これもまた紺野の策略かと一瞬疑ったけど、小珠の様子を見る限りそういうわけでもないようだ。
穢れ―――仲間が本来の姿から道を外れた悪鬼になっていることがあるのを、できれば知りたくなかったとは、正直思う。
そういった配慮で、通常の本丸では審神者にだけ伝えられるような事柄も、確かにあるのだろう。
せっかく人の身を得て自らを振るえているのに、情で刃が鈍ってちゃ、どうしようもないもんね。
同じように、紺野が加州たちに配慮して伏せている情報だって、あるかもしれない。
・・・そう思わないと、今すぐ帰って紺野に詰め寄りたくなってしまうってのが、本心なんだけど。
ちょっと気を抜くとのたりと顔を出す猜疑心に何とかかんとか蓋をして、「でも、」と続けた小珠に顔を上げた。


「そうなると、ドロップ縛りになるんですね・・・てことは多分、錬結もしてないですよね?」

「錬結?」


また新しい言葉が出てきた。
若干「次は何、」という空気がにじみ出てしまったのか、小珠はぱっと手を振って安心させるように笑顔を見せる。
「あっいえ、これは後々で大丈夫です」と慌てて取り繕う様子に眉をひそめても、誤魔化すように軽くうつむいて目を合わせない。


「それなら、鍛刀は積極的にした方がいいですよ。資源も手伝い札も、遠征をうまくまわせばたくさん手に入りますし」


そう矢継ぎ早に続くアドバイスは明らかに“錬結”から話を逸らそうとしていて、普段なら別に、言いたくないならいいか、と思うんだけど。
「ねぇ、」と言葉を遮ると、小珠はわかりやすいくらいにひく、と息を詰まらせた。


「・・・俺たち、本当に何もわかってないんだよね。情報源がないから。だから、アンタが言わないでおこうって思っちゃうと、俺たちは本当に何も知らないままこれからも戦わなくちゃならない」


それは、嫌だ。
自分たちの身の守り方も知らず、戦い方も知らず。それで戦場に行くなんて、犬死にもいいところじゃないか。


「できれば、全部。教えてほしい」


真っすぐに小珠の目を見つめれば、気圧されたのか目を泳がせる小珠。
けれど、歌仙兼定にそっと背中を支えられて、瞼を閉じて一呼吸。次に目を開けた時には、すでに落ち着きを取り戻したようだった。


「・・・錬結は、私たちでも解釈に困っているところなんです」


加州たちとしっかりと目を合わせて、けれど苦しそうに眉を顰める、その心は。
後ろで控える歌仙兼定が守っているのは身体だけではないのだろうと、察するには十分だった。


「私たちは政府から、刀剣男士の魂を糧として、他の刀剣の力を強化すると習いました」

「魂・・・」

「はい。・・・ただ、錬結すると、魂となった刀剣はいなくなる・・・言い方を変えただけで、“生贄”だと言う方もいるので・・・」

「・・・そう」


生贄、か。
確かに、糧となった刀の魂は今後も共に在るとはいえ、言葉を交わすことも、触れ合うこともできなくなる。
それを“死”と表現する気持ちも、わからなくはなかった。
・・・だが、それでも必要とあらば、加州はそれを行うだろう。
強くなる、そのために。


「・・・あの、ずっと思ってたんですけど・・・前に何かあったんですか?」


ふいにそう聞かれて顔を上げれば、困った・・・というよりも、悲しそうな表情の小珠と目が合った。
・・・ピリピリしている自覚は、あったけど。・・・駄目だなぁ、女の子にこんな顔させちゃ。
無意識に握りこんでいた拳から、ため息と合わせてふっと力を抜く。


「・・・前に、演練で出会った上級審神者に、最低の奴がいてさ。強くなってそいつを叩きのめしてやらないと、気が済まない」

「え・・・な、そ、そんな人が・・・!?何があったんですか!?」

「・・・お前らなんかにべにを育てられないとか、わざわざ敵を育ててどうするんだとか。・・・今思い出しただけでも腹が立つ・・・!無駄に強いせいで、今の俺たちじゃ勝てなかった・・・っもっと、強くなって・・・!あの修一ってやつ、絶対にぶっ倒してやる・・・!」

「・・・・・・・・・!?」


冷静に話そうとしても、無理だった。
加州の怒りを感じたのか、小珠も軽く身を乗り出したまま固まって、言葉も出せない。
それでも呆然としたままゆらりと身体を戻すと、さっきまでよりも一段と難しい顔で口元に手を当てて考え込んだ。


「・・・上級は、一応・・・それなりに審査を通った人だけがなれるんですけど・・・」


そこまでは言ったものの、それ以上言葉が続かないらしい。
自分が悪いわけでもないのに、小珠は「すみませんでした・・・」と机に付くくらい深々と頭を下げた。


「・・・礼節は、私たちが当然身に付けていなければならないことなのに・・・」

「・・・いーや。アンタみたいな人もいるってわかったから、十分収穫だって」


「だから頭上げて、」と軽い調子で促せば、それでも少しの間頭を下げたままだったが。


「・・・私は、普通のことをしただけです・・・でも、そう言ってもらえると助かります」


申し訳なさそうにはにかみながらそう言って、小珠はゆっくりと頭を上げた。
ちょいちょい敬語は抜けるし、近侍がお目付け役になるような頼りない部分もあって。
それでもこの子に会えてよかったと、心から思えたから、本心から言えたんだ。
礼を言うのは、こっちだって。


「・・・さて、話は尽きねぇんだろうがお二人さん。そろそろいい時間なんじゃねぇか?」

「あーっ、がーう!!」


声に振り返れば、薬研に抱き上げられたべにがぺちぺちと薬研の肩口を叩いていた。
表情も少し不満げだし、薬研の言う通り長話しすぎたかもしれない。
そんな気はなかったけどな・・・と思いながらも、時計を見ればそれなりに時間は進んでいて。むしろよく我慢できたね・・・!とべにを褒めたくなるような時間になっていた。


「ごめんごめん。長話しすぎたね。帰ろっか。・・・じゃあ、ありがとう、小珠」

「・・・あっ、あのっ!」


立ち上がって扉に手をかける加州たちに、慌てて小珠が声を上げる。
しかし、呼び止めたものの上手く言葉にならないのか、小珠はうつむいたままだ。


「ごめんなさい、加州君たちがその人に怒る理由もすごくよくわかるから、本当は余計な事言わない方がいいんでしょうけど・・・」

「・・・うん?」


ぼそぼそと言い訳のように続く言葉に、扉を開けながら思わず首を傾げる。
けれど上げられた顔に、その目に宿った強い思いに。身体は自然と真っ直ぐ小珠へと向いていた。


「その人の言っていた事を、全部ひっくり返してしまえばいいんじゃないでしょうか!?その人に勝つことよりも、立派な刀剣男士になって、べにちゃんを立派に育てて、見返してやる事の方がずっといい気がします!」

「(・・・すごい、な)」


第三者だからだろうか。少し離れた場所からの意見は、それが正しいのだろうとストンと胸に落ちる説得力があった。
漠然とした“強くならなきゃ”よりも、アイツの言葉を正面から否定する事実。
べにを立派に育てて、どうだ、良い子に育っただろう、と。


「・・・・・・ありがとう、・・・本当に」


小珠に心を込めて礼を言いべにを見下ろせば、こちらを見上げていたべにと目が合う。
・・・純粋で、まだ何にも染まっていない輝く瞳。
無性に愛しくなってその頭を何度か撫で、嬉しそうにその手を*まえる小さな手に微笑みをこぼした。


「(・・・育てよう、この愛し子を)」


“正しく育てる”ことが何なのかは未だよくわからない。
けれど、その魂が、輝くように。この子が笑って、生きられるように。


「今回の演練が、べに隊の成長の糧になりますように!!」


背中にかけられた声に、大きな荷物が一つ、ストンと肩から降りたような―――気がした。



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