加州清光の過信


「それじゃあ、行ってくるね〜」

「はーい、いってらっしゃい!」

「あーい!」

「き、気を付けてくださいね・・・!」


短刀たちと一緒になって元気よく手を振るべにに、幸せな気持ちで手を振り返して背を向ける。
だいぶ“いってらっしゃい”の意味が分かってきたみたいだな、とべにの成長を噛みしめながら、前を向くのと同時に気持ちを戦場へと切り替えた。
新しい戦場へと足を踏み入れることを決めたのは、紺野に出陣する時代の幅を広げろと言われたその日。
だがそれはなにも、紺野に言われたからだけじゃない。
確かに政府から報酬として渡されるものは大きいだろうが、それよりも、今行っている戦場では少し温いと感じ始めていたところだったのだ。
怪我を恐れずとも、無傷で帰ってこれることがほとんど。ともすると敵を弱いと感じることもあって、多少の物足りなさも感じていた。
一方で、それと同時に成果として得られるものも少なくなっているような気もして、紺野の言葉は渡りに船だったのだ。


「久しぶりだね、二人そろって出陣するの」

「最近はどっちかが本丸に残ってたしねー」


戦装束の燭台切と肩を並べて歩きながら、なんとなくしっくりくるこの感じをこっそりと噛みしめる。
最近は安定も実力をつけてきて、一緒に出陣するのはもっぱらそっち。
背中を預けられるようになってきた安定と戦うのは楽しいし、それは燭台切にとっても大倶利伽羅がそのようで、嬉しそうに大倶利伽羅の成長を語ってくれた時のことを思い出す。
あの時は大変だった。主にべた褒めされて恥ずかしさに耐えきれなくなった大倶利伽羅が暴れるのを止めるのが。
それでも、呼吸がわかるのはコイツだけ、という信頼感があるのは、互いに互いだけ。
そしてだからこそ、新しい戦場でも、余裕をもって戦えるのだ。











『ァグガアアアアア!!!!』

「・・・っと。一丁上がり〜、ってね」


ドゥ・・・と砂煙を上げて倒れこむ亡骸を避けながら、本体に付いた血を振り払う。
パタタッ、と地面を彩るそれにどこか“美”を感じていつもつい見てしまう、なんて言ったら不謹慎だと怒られるだろうか。


「あっちは・・・まぁ、この程度なら大丈夫かな?」


今回のメンバーは、念のため腕利きでそろえてきている。
最右翼に燭台切を据え、そこから順に大倶利伽羅、三日月、歌仙、安定、そして最左翼に加州。
そちらから聞こえる剣騒も収まっているし、一旦集まってもいいかな、と隊の中心に向かって歩を進めた。
中心に向かえば、自ずと安定の倒した敵の亡骸が見えてくる。
安定の姿がないところを見ると、あいつももう敵を倒し終えて中心に向かっているのだろう。
順調順調、と積みあげられていく戦績にルンルン気分で頬を緩めながら、自分の手のひらに視線を落とした。
顕現したときよりも、ずっと硬くなった手のひら。
初めのころはすぐに溜まっていた疲れも、今では日常的に癒しながら戦える。
これが成長ってやつなのかな、と本丸の小さな主を思い浮かべて幸せに浸った。
強く、なっている。確実に、成長している。


「・・・待ってろよ」


“普通には育たない”なんて、二度と言わせない。
こうして、育つ。べにも、自分も。

そしてこの“強さ”であの子を守るのは―――





『―――ニンゲン、フゼイが・・・―――!!』


「・・・・・・・・・は、」


突然耳に飛び込んできた、声ともつかぬ異音。
陰った空にふと空を見上げて、そこにある存在に動きが止まる。
なんだ、こいつは―――!?
ヒュン、と風を切る音に、はっと条件反射で本体を翳す。
ガギン!と弾けた音に、さっきまでの戦闘はただのお遊びだったのではないかと勘違いするほどの衝撃を受けた。


「ぐぅっ!?」

『ツケ、アガるナ・・・!ワレら、レキシをタだすモノ―――・・・!』

「っな、何だよ、お前ら!?」

『イブツは、ハイジョすルノみ!!』

「ぐわぁっ!!?」


ぶおん、と大きく振られた太刀が、旋風と共に頭をかすめる。
あと一瞬反応が遅れたら、持っていかれたのは髪だけでは済まなかっただろう。
血の気が引くのと同時に、一刻も早く帰城しなければ、と脳が撤退命令を出す。
敵わない。敵うわけない、こんな敵。
どういうことだ。今までの戦場では、ひとつ戦場を変えただけでここまで極端に敵の強さが変わることはなかった。
さっきまで倒していた敵だって、想定の範囲内のもの。
体勢を立て直してそいつに背を向け、全力で走る。

皆に伝えないと。ヤバイ。逃げないと。

一体だけとは限らない。もし、皆のところにも現れていたら。
その想像に、一瞬呼吸が乱れた。

その、瞬間。


『―――死ネ』

「・・・―――ッ!!!!」


他方から現れた、槍。
人は、死に直結した瞬間、時間が止まったように感じるらしい。
それは脳が高速化し、過去の経験からその危機を乗り越えるための手を探しているとか。
今この、目の前に迫っている槍が、脳天に突き抜ける前に、できること―――

―――・・・ただ、その瞼を閉じることだけだった。

ガキィン!!


「―――・・・わざわざ弱い時代に逃げるとは。腐りはてた性根だな」

「・・・っえ・・・!?」

『グァ・・・!キ、サマ・・・!』

「恨みはないが、主命だ。―――死ね」

『ギャアアアア!!!』


悲鳴が、二つ。

・・・速すぎて、見えなかった。

“死”を覚悟した加州の目の前に、翻る二本の布。
それが風に乗ってゆっくりと男の背に落ち着くのを呆然と見上げて、ようやく、助かったのか、と自覚した。
一体何が、と思ったが、この男に助けられたのだと察するのに時間はかからない。
振り返った顔に見覚えがあったが、同位体だし当たり前か、なんて、無駄なことをゆっくりと考えた。
・・・どうやら、脳はさっきの高速稼働で疲れてしまったらしい。


「・・・災難だったな。怪我はないか」

「あ・・・だ、大丈夫・・・ありがと」


チン、と刀を仕舞いながら聞いてくるへし切長谷部に、はっと意識を戻して答える。
自分が座り込んでいることにもようやく気付いて、慌てて立ち上がろうとするも・・・、情けないことに、腰が抜けてしまったようだった。
助けられた上に、こんな情けないところを見せるなんて・・・!


「ご、ごめん!すぐ、立つから・・・」

「・・・・・・」


恥ずかしさで俯きながら何とか足に力を込めていると、唐突にぐいっと手を掴んで立ち上がらせられた。
驚きで見上げたけど、さっきよりずっと近くにあるへし切長谷部の表情は大して変わっていなかった。


「・・・奴らを取り逃がしたのは我らの隊だ。迷惑をかけたな」

「い、いや・・・あっ!他には!?二体だけ!?」

「・・・まだ二体居るはずだ。お前も、部隊の仲間はどうした」


一人で出陣してきたわけじゃないだろう、と眉を寄せる様子に、はっとなってさっきまで自分が行こうとしていた方向に目を向ける。
皆のところに、さっきのやつが行ってないとは限らない。


「早く助けに行かないと・・・!!」

「・・・その必要はなさそうだぞ」

「はぁ!?何言ってんだよ!?」

「あいつらだろう。お前の仲間は」


くい、と顎で示されてそちらを見れば、遠くから小さく見えてくる姿。
急いでこちらに駆けてくる元気そうな姿に、長谷部に腕を持たれたまま、また腰が抜けて地面にへたり込んだ。


「よかった・・・無事、か・・・」

「・・・検非違使は初めてか」

「検非違使?・・・あいつら、歴史修正主義者じゃないの?」

「奴らは、歴史修正主義者と俺たちを同列に扱い、歴史を正すために動いている俺たちにも刃を向ける。困った奴らだ」

「そんな、奴らが・・・」


初めて聞いた。今まで会ったこともなかったし、演練でも聞いてない。
今みたいなのが不意に襲って来ては、怪我をしないで戦うなんて、到底不可能だ。
一体どう対処したら・・・と途方に暮れていると、表情に出ていたのかへし切長谷部が言葉を続けた。


「奴らは妙な感知能力があり、部隊の一番強い者のレベルに合わせてかかってくる。隊の中でレベル差をあまりつけないことだな」

「そうなんだ・・・」

「・・・お前たちの審神者はそんなことも考えていないのか?」

「・・・仕方ないだろ、赤ん坊なんだから・・・」

「・・・・・・・・・」


パ、と手が放された。
突然解放された腕に違和感を覚えるも、こちらにたどり着いた面々に「大丈夫か!?」と声をかけられてその疑問流れる。
加州を囲んでくる5振りに慌てて立ち上がって、自分の無事を伝えた。


「聞いたことないような声と気配がして、慌てて走ってきたんだけど・・・!」

「怪我はない!?」

「だ、大丈夫。そいつに助けてもらったから」


そいつ、とへし切長谷部を見れば、さっきよりも数歩分遠い。
加州の部隊の面々が集まってきたから身を引いた、にしても、表情が硬い。


「・・・・・・」

「・・・長谷部?」

「長谷部!」


思わず声をかけると、それと被るようにへし切長谷部の後ろから歌仙兼定が姿を現した。
うちの歌仙ではない。ということは、へし切長谷部の仲間か。
歌仙兼定はへし切長谷部の足元に転がっている検非違使の残骸を見て、ほっとしたように表情を緩める。


「あぁ、見つけたんだね。ではあと二振り・・・おや?そちらの部隊は?」

「・・・・・・」

「・・・長谷部?」


こちらに気付いた歌仙兼定がへし切長谷部に問うも、へし切長谷部は答えない。
ただじっとうつむく様子に何が、ともう一度声をかけようとして、声を上げたのは別の者だった。


「・・・君、見覚えがあるな」

「歌仙君?」

「同位体だからね。同じでも、違いが判るようだ」


歌仙の目は、まるで、敵を。憎いものを、見るかのようで。


「・・・君は・・・あの時の・・・、下劣な言葉を僕らの主に、べにに吐いた審神者のところの者だろう!」

「・・・・・・!?」


へし切長谷部が、黙ったままゆっくりと顔を上げる。
その目に、さっきまで映っていたはずの加州は、いなかった。


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