燭台切光忠はそれでも人を、


歌仙は言った。「君はあの審神者のところの者だろう」、と。
歌仙兼定は目を見開いた。歌仙、加州と視線を走らせて、何かに気付いた後苦々しい顔でへし切長谷部を見上げている。
僕はへし切長谷部を睨んだ。・・・けれどゆっくりと頭を上げたその顔には、一切の表情が、みられなかった。


「なんで・・・っこんなところに・・・!」


加州が、わなわなと唇を震わせながら悲鳴のように問いかける。
その姿はいつもと少し様子が違って、怒っているというよりも・・・どこか、信じられない、ような。


「・・・なんだ。闇堕ちはしていなさそうだな」

「・・・っ!?」


ちらりと加州に視線を落としていると、前方から声。
温度の乗らないその音に心臓を掴まれたような気分で顔を上げたのに、当のへし切長谷部はもう用はない、と言わんばかりにそ知らぬ顔で通信機を手に取っていた。
その余裕が、刀に手をかける僕たちを馬鹿にしているような態度が。
ふつふつと煮えたぎりそうな感情はけれど、その足元に転がったままの残骸に押し戻される。
たとえどんなに気に入らなくても・・・実力は、確かなのだ。


「・・・主、少しよろしいですか」

『どうした長谷部。何か問題か?』

「あの赤子の部隊と遭遇しました。敵意を向けられていますが、応戦してよろしいですか?」

『・・・・・・・・・赤子ォ?・・・・・・あぁ〜、はいはい、いたねぇそんなの』

「ッ・・・!!」


少しの沈黙の後に続いた、どうでもよさそうな声。
あぁ、間違いない。 アイツだ。
刀を握る手に力がこもり、誰かが砂利を踏みしめる音がやけに大きく響く。


『なぁんだ、まだやってたの?さっさと辞めればいいのに』

「・・・!」

『はーやれやれ。政府も何考えてんのかわかったもんじゃないねー。こんなのをまだ審神者に据えてるとか、イカれた黒政府ってウワサも信ぴょう性増し増しだわ』

「お主の部隊はそれなりの手練れと聞いていたが・・・」


そんなことしか言えないのか。そう言おうと吸い込んだ息は、行き場をなくして肺の中で渦巻く。
後ろから響いたよく通るその声は、普段聞くものとはまるで違っていて、思わず振り返った。


「この辺りでは相手にならないだろうに、鞠でも付きに来たのか?」


ザリ、と今度こそ一歩、踏み出したのは三日月。
名の通り弧を描いているはずの口元が、妙に歪んで見える。
僕たちの前に歩を進めた三日月の表情は見えなかったけれど


「賤陋(せんろう)が」


・・・見えなくてよかった、と、その冷え冷えとした声色に本気でそう思った。


『・・・へー。じじい居るんだ?頑張っちゃったの?まわしちゃったの??』


三日月の機嫌の悪さは声だけでも伝わっているだろうに、それを歯牙にもかけずに相も変わらず挑発を繰り返す。
察せられないのか、察してなお、この態度なのか。
『みんな好きだよね〜レア刀、』と嗤う様子は、いっそ執拗なまでにこちらの怒りを煽っているような気さえする。


「・・・そうやって、ひがむ姿は何とも雅ではないね」

『え・・・?・・・うわwwwあぁ、ひがんでるように聞こえた?www』


耐え切れずに言い返した歌仙の言葉も、滑るように流されるだけ。
いっそ見事なまでに響かない言葉たちに、何故、と首を傾げた瞬間。

ザシュッ!


『別に、そんなつもりはなかったんだけどなー?』


その場違いな声に被せるように、空間が悲鳴を上げた。
切り裂かれた空。ぬらりと光る刀身が現れて、続く、錆色の光。


「っ・・・検非違使・・・っ!!」

「・・・来たか」


通信機を片手に刀を抜き、構えるへし切長谷部。
歌仙兼定も体勢を整え、それまでと雰囲気を変える。
僕らも、現れた“検非違使”とやらの実力を一瞬にして悟りながらも、各々の本体を抜き放つ。
それぞれが一触即発な雰囲気の中、通信機から聞こえる声だけが、愉しんでいた。


『そーそー。さっきのじじいの言葉だけど。検非違使がこっちに逃げたから追いかけて来ただけだよ』


検非違使が、太刀を大きく振り上げる。
全員が腰を落とし、斬撃に備える。


『助けてあげる俺、やっさしーでしょ?』


ただ、修一の言葉だけが浮く中で。


「はいっ!」

『グッ・・・ガアアアァ―――ッ!!?』

「はっはっは・・・おお、すまんな。怪我はないか?」


唐突な悲鳴とのんびりとした声が、僕らをさらなる混乱の中へと叩き込んだ。


「え、みか・・・え・・・?」

「・・・遅いぞ、三日月」

「なに、少し遊びすぎてな」


チン、と刀が納められ、遅れて、ドゥ、と検非違使なるものが倒れこむ。
二体、同時に。一撃で、倒したというのか。
一瞬うちの三日月かと錯覚したけれど、へし切長谷部が呆れ顔で話しかけていることからして、おそらく修一部隊の三日月宗近。
そして、実力は見ての通り、ということだ。


『俺、平等に育てる派だから〜?お気に入り決めちゃってる奴とは違うんだよね〜・・・ブハッwww』


・・・とことん、こちらの神経を逆撫でるのが上手いことで。
大きく息を吐いて怒りをやり過ごしていると、通信機に気付いた三日月宗近がきょとんとした顔で首を傾げる。
その様子を見て、へし切長谷部がくい、と親指をこちらに向け、目で何かを伝えた。
・・・僕らに聞かれたくないことなら、どこかへ行って話せばいいのに。
もう用は済んだろうし、脅威がないならさっさと帰ってくれないかな。
僕だけじゃない。皆もう、目の前に存在されるだけで苛立ちが募っていっているのを感じる。
きっとそれは次の敵に容赦なくぶつけることで解消されると思うのだけど。
こちらを振り返る三日月宗近に、早く帰れと念を送っていたのに。


「おお、もしやお主らが主の気に掛けている赤子の部隊か。どうだ、調子は?」

「・・・は?」


まるで旧知の間柄のようににこやかに挨拶をされてしまうとは、一体どういう了見か。


『長谷部、三日月の口閉じさせて』

「はっ」

「はっはっは。こらこら、じゃれ合いは本丸でやらんか」


通信機からの声にへし切長谷部が当然のように三日月宗近に斬りかかって、けれど三日月宗近は当然のようにそれを避ける。
“じゃれあい”と称すにはあまりにも危険なやり取りにしばし呆然として、けれどはっと意識を戻すとごくりと唾を飲み込んだ。


「・・・そ、の・・・少し、いいかい。前も歌仙たちの話を聞いていて、気になったんだけど・・・」


これは、都合のいい思い込みかもしれない。
そうであればいい、と。何の理由もないこれまでの仕打ちに、綺麗な夢を見たいだけなのかもしれない。


「・・・まさか、わざと憎まれ役を買って、僕たちを強くしようと・・・?」


でも、少しくらい。
人を信じることだって、間違いじゃないと思いたいんだ。


「うむ。強きことはよきかな、よきかな」

『へし、まだなのっ?』

「今、すぐ・・・っ」


もはや、へし切長谷部の斬撃はほぼ光の線としか認識できない。
それをひらりひらりと優雅に交わす三日月宗近の錬度は一体どれだけなのか。そう考えつつも、言われた言葉に歓喜が胸を踊る。
ようやく。ようやく、言葉が通じたような気がしたんだ。


「ならっ、やめてくれない!?ああいう言い方をするの!僕ら、あの子を大切に育てたいんだ!」

「何を言う」


憎まれ口はもういいから、と言いかけた言葉は、へし切長谷部の攻撃を避けながらも笑みを浮かべた三日月宗近の目に、殺された。
あぁ、きっとさっき。三日月もあんな目をしていたんだろう。


「いつ辞めても、一向に構わんのだぞ」


ぞ、と。

美しすぎる笑みに、背筋を凍らされた。


次の瞬間ゴッ、という鈍い音と共に三日月宗近の頭がすごい勢いで落ち(首が、でないだけマシなのか)、鞘に収めたままの刀をやり切った表情で腰に戻したへし切長谷部が姿勢を整えた。


「終わりました、主」

『遅いよ、へっし・・・』

「ありがたき幸せ」

『あれ?これ通信繋がってるよね?おーい、聞こえてる?』


呑気なやり取りに一瞬肩の力が抜けそうになって、戦場だということも相まって慌てて気を引き締め直す。


『まいーや、これでもうこんな低レベルな時代には用無しだ。修一部隊、一旦帰城〜』

「はっ」

『あーそうそう、じじい発見祝いに、ひとつ。イイコト教えてやるよ』


修一の指示に通信機を切ろうとしたへし切長谷部が、間をおかずに続いた修一の声に手を止める。


『闇落ちとか、傾国ならぬ傾本丸とか、ブラックとか。中心にいるのは、8割以上が三日月宗近だぜ』


ご丁寧にこちらによく聞こえるよう、通信機を掲げなくて結構だ。


『お前んとこのは、いつ“そう”なるかねぇ?』


聞きたくない毒は、傍若無人に耳へと入ってくるのだから。


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