鳴狐が笑う時


本日も本丸は平和である。
以前に比べると格段に増えた鍛刀により、古株のものはもう何度も本丸の案内を繰り返している。
けれど顕現した刀剣男士の反応には個性があって、これもまた楽しいものだ。
皆一様に主が幼子であることに驚いて、そのあとは概ね笑うか困惑するかのどちらかだが。


「・・・なぁ、あれ、何やってんだ?」

「・・・?」


今回仲間に加わった獅子王は、戸惑いのほうが大きかったらしい。
恐る恐るといったふうに小声で話しかけてくる獅子王に足を止めれば、視線の先にはべにと歌仙。
広間の一角に陣取って遊ぶ二人を案内役の自分の後ろに隠れて伺う辺り、慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。
本人曰く、じっちゃんの相手なら誰にも負けないらしいが・・・


「あいっ!」

「はい、ありがとう」

「あいっ!」

「はい、ありがとう」

「あいっ!」

「はい、ありがとう」


べにがこちらに気付かないくらい遠くにいるのにこんなにコソコソしているようでは、幼子に慣れる特訓のし甲斐もあるというものだ。


「・・・本人に聞いてみるといい」

「えぇ!?」

「それがよろしいでしょう!何事も経験でございます!」

「チビすけまで・・・」

「獅子王殿!何度も言っておりますように、私めの名前はチビすけではございません!」


ぷんぷんと怒る狐を宥めて、目で獅子王を促す。
何事も経験、なんて上手く言ったものだけど、実際、自分たちだってあの二人が何をやっているのか、答えようがないのだ。
最近のべにの言動は、色々と自分でできるようになった分、前以上に理解が難しい場面も多い。


「あいっ!」

「はい、ありがとう」


今だって、何故か大量に取り出されているティッシュの山を片手にわしづかみにして、そこから一掴み分千切り取ったかと思えば、とてもいい笑顔で歌仙に「あいっ!」と渡しているのだ。
歌仙も歌仙で、全く同じ調子で「はい、ありがとう」と微笑みながらそれを全て受け取って自分の横に山を築いているし。
一体どういう経緯があってこんなことになっているのか・・・獅子王が気付かなければ、自分たちが聞いていたかもしれない。
ちょうどいい、と不安げな目でこちらを見る獅子王に頷けば、観念したのかごくりと一つ喉を鳴らして二人に近付いていった。


「あー・・・その・・・歌仙?それ、何やってんだ?」

「おや、獅子王。丁度良かった、べにの相手をしていてくれないかい?昼の仕度を頼まれていてね」

「え?あ?」

「何、べにの差し出すティッシュを『ありがとう』と受け取ればいい。それが楽しいようでずっとやっているから」


容赦ない。
テキパキと指示を出す歌仙に、思い浮かんだのはその一言。
彼が昼当番なのは本当だからべにの相手を代わってほしいのも嘘ではないだろうけど、歌仙はこんな放り投げるように任せる者ではない。
そそくさと立ち上がる様をじっと見つめていれば、視線に気づいた歌仙がこちらにひとつ目配せをして微笑んだ。

―――慣れろ、ということか。

やはり容赦ないな、と小さく息を吐いて茫然と立ち往生している獅子王に「・・・とりあえず、座ったら」と声をかける。
しばらく戸惑っているようだったが、きょとんと見上げてくるべにの視線に負けたのか、先の歌仙と同じようにべにの前に座った獅子王はぎこちないながらもぺこりとべにに頭を下げた。
べにも最初は「ではね、」と去ってしまった歌仙を見送ったり、二人から少し離れたところに座った自分たちを見たりと状況を確認していたが、ふと自分の手に持ったティッシュに気付いたらしい。


「・・・あい」


少し警戒気味ではあったが、獅子王にちぎったティッシュを差し出してきた。


「お、おう・・・ありがとな」


歌仙に言われた通り、礼を言ってティッシュを受け取る獅子王。
それを見たべにが、もう一度。獅子王も、さっきよりはスムーズに受け取る。


「これ・・・何か意味あるのか?」

「それはべに殿にしかわかりませぬ!」

「マジか・・・」


苦笑する獅子王に、獅子王の表情をしっかり見ていたべにが手を止める。
何かを考えたのだろうか。不思議そうな表情のまま次のティッシュを受け取ろうと手を差し出している獅子王の顔をじっと見つめ・・・

おもむろに、ちぎれたティッシュを口へと持っていった。


「おっ!?おい!駄目だってそれ食いモンじゃねえよ!」


慌ててべにの手を取って止める獅子王に、べにの視線は釘付け。
これは・・・と様子を見ていると、べには何事もなかったかのように笑顔で「あいっ!」と獅子王にティッシュを差し出す。
戸惑いながらも獅子王がそれを受け取れば、かぱりと口をまん丸に開けて。


「あー・・・」

「ちょっ・・・!?駄目駄目!」


見せ付けるようにティッシュを口に入れようとするのを、再び獅子王が止める。
怒ろうと顔を上げた獅子王の視線の先で、べには満面の笑みを浮かべていて。


「べに殿に遊ばれておりますなぁ!」

「やっぱりそうかよ!?こっちは本当に食べちまわねえかハラハラしてるってのに!」

「きゃあっ!」


そういいながらも獅子王の顔はさっきまでより緩んでいて、声からは楽しそうな気配が伝わってくる。
べにも楽し気に笑い声をあげて、先までの緊張していた雰囲気などどこにも残っていなかった。


「元来人見知りもあまりありませんでしたが、いよいよ我らを受け入れるのもお上手になられましたなぁ」

「・・・そうだね」


お供の言葉に頷いて、楽しそうな二人に目を細める。
べにが新しい仲間を受け入れることで、男士たちは肩の力を抜くことができる。
べにの人懐っこさが、新しい刀剣男士がこの本丸に馴染む手助けをしている。
それを誰から教えられたわけでもなく実行しているあたり、べには中々の大物になりそうだ、と仮面の下で薄く笑みを作った。


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