大倶利伽羅が休む時


カコカコと、木材同士がぶつかる音が柔らかく鼓膜を揺らす。
時折ゴト、と畳に落ちる音も響きすぎることもなく、かすかに瞼を開いて異常がないことを確認するとまたその楽し気な音に耳を傾けた。
出陣前の少し空いた時間。戦装束に身を包めば気はピリリと締まるはずなのに、そういうときに限ってべにの顔を見たくなるのは何故なのだろう。
例にもれず部屋には入れ替わり立ち代わりで戦装束の面々が顔を覗かせて、べにの姿を見るとそっと微笑んで部屋を後にする。
今回出陣メンバーから外され、べにの子守を任された結果、それを一部始終見る羽目になった。
そして六振り目。


「ありがとね、紺野。べにってばあの積み木すごく気に入っちゃって、他のおもちゃに全然手を出さないくらいなんだよ」

「・・・そうか」


加州は、肩に紺野を乗せて部屋へと現れた。
もうずいぶん見慣れた鳴狐のようなスタイルに、これまでと同じように一瞥だけして目を閉じる。
こちらの態度にも慣れたもので、加州たちは気にすることもなく会話を続けた。


「でもどうしたの?紺野が俺たちが頼んでもいないのにべににものをあげるとか、珍しいじゃん」

「・・・絵本と同じだ。たまたま手に入って、他にあてもなかったから持ってきただけだ」

「あっそ」


そっけない二人の会話だが、何かが少し引っかかって軽く頭を動かす。
けれど、それが何なのかわかるより早く、ストンと加州の肩から飛び降りた紺野に意識が奪われた。


「・・・・・・」

「大倶利伽羅、べにのこと頼んだよ。ちゃーんと楽しく遊んでね?」

「・・・・・・・・・わかった」


今回、出陣メンバーから外された理由。
連日の出陣で目に見えて疲労が溜まってしまい、しかもそれが光忠にばれるという失態を犯した結果がこれだ。
言い含めるような加州の言い方に苦虫を噛み潰したような気になりながら、しっかりと返事をしないとこちらを睨んだままその場から動かない加州に首肯を返す。
加州は満足したように微笑むと、もう一度べにを見て、名残惜しそうに部屋を去っていった。


「・・・・・・、」


加州の言う通り、回復するためにはべにと遊んでべにの“楽しい”という感情を引き出すことが一番の近道。
しかし普段からべにと遊び慣れているわけもなく、これまでは少し疲れたときは短刀たちがべにと遊んでいるのを傍で眺めていれば回復していたのに。
今回は回復が追い付かなかったらしい。というか、べにが一人遊びを覚えて短刀たちと遊ぶばかりではなくなったのだ。
普段から誉を取ったりそれぞれがべにと関わったりして疲労を回復しているヤツらは問題ないようだが、自分はそうもいかない。
さらに今回紺野が持ってきた積み木のせいで、さらにこちらに注意を払わなくなってしまっていて・・・。


「・・・・・・?」


どうやってこの疲労を回復したらいいか、と考えて思わずため息をついて、ふとまだ足元にこんのすけが座っていることに気付いた。
その視線の先はべにに固定されていて、どうやら中身も未だ紺野のままらしい。
何だ?とべにに目を向けても、先までと同じく夢中になって積み木を何とか高く積み上げようとするべに。
普段要件が済むとすぐに通信を切る紺野が未だに留まる理由を考えて、ふと先ほど感じた違和感を思い出した。


「・・・おい」

「・・・・・・・・・・・・なんだ」

「・・・ただ何となくで持ってきたわけじゃないだろう」


引っかかったのはそこ。
“他にあてもなかったから持ってきた”と言っていた、そのことに納得がいかなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・何故そう思う」

「前に、本当に必要なものしか頼むなと言っていた。何らかの制限があるんだろう」

「・・・・・・」

「その制限を抜けてでも持ってこようと思った何かが、あるんじゃないのか」

「・・・・・・」


沈黙が続く。
聞かれたく、なかったか。
・・・どうしても知らなければならないことでも、ない。


「・・・・・・言いたくないなら「二週間前」


さえぎるように吐き出された言葉に、口をつぐむ。
前を見据えたままの狐面からは、感情は読み取れない。


「・・・そいつの、誕生日だったんだ」


少し言いにくそうに―――感情を含んだ声が、こんのすけから吐き出される。


『誕生日』


そう、言った。紺野は。
顕現したときに詰め込まれた知識の中から、ソレの意味を思い浮かべる。
誕生日とは、確か。


「・・・他の者には言うな。・・・また、面倒なことになる」

「・・・・・・・・・アレは、祝い品か」

「・・・そうだ」

「くーい!たー!」


今までで一番高く積みあがった積み木を見て、べにが嬉しそうにこちらを振り向きながら積み木を指差す。
無邪気な様子に思わず少し微笑めば、その反応を見て満足したのかまた周りの床を見渡して、次の積み木を見つけると積み上げようと取り上げた。
けれどまだ何もない場所では立つことのできないべにが積める高さなどたかが知れていて、案の定伸ばした手が積み木に当たって倒れてしまった。
ガラガラと派手な音を立てて倒れる積み木に驚いているのか、べには少し目を丸くさせたが、けれど泣くでもなくじっと崩れた積み木を見、手に持ったままの積み木を見、・・・それを再び積み始めた。
一見単純ではあるが、手の力が上手く調整できないと、まずべにの拳ほどの大きさもある積み木を片手で持つことはできないだろうし、それを積み上げるなんてもっと難しくなる。
つたない動きではあるが、二つ、三つと着々と積み上げていくべに。


「・・・・・・1歳、なのか」

「・・・そうだ」


できることは、増えている。
掴まり歩きができるようになって、すでに何にも掴まらずに立とうとする姿を見かける。
・・・成長していることは、わかっていたつもりだった。


「あいっ!」

「・・・・・・いい。お前の好きにしろ」

「あー」


遠くから差し出された積み木に手を振れば、少しつまらなさそうにしながらもまた積み始める。
こちらの意図が、伝わるようになってきた。今までよりも、ずっと。


「あいっ!・・・あいっ!」

「・・・・・・お前だぞ」

「・・・不要だ」

「あいっ!・・・あーいっ!」

「・・・どうしたら諦める」


積み木を差し出し続けるべにに、紺野が半歩後ずさりながらこちらに助けを求める。
無邪気なべにと戸惑いを隠しきれない紺野の対比に思わず少し笑ってしまった。


「最後の一人は中々諦めん。付き合ってやれ。・・・祝いに来たんだろう」

「・・・・・・、」

「あいっ!」

「・・・管轄外だ」


ため息をつきながらも、先ほど下げた片足を、今度は前へと進める紺野。
そのまま目を輝かせるべにの傍まで近付いて腰を下ろし、べにの差し出す積み木に軽く前足を置いた。


「あんまんま・・・きゃっきゃっ♪」

「・・・何がそんなに面白いのか」


楽しそうに笑うべにの様子に口ではそう言いつつも、かすかにゆらゆらと揺らぐふさふさとした尾。
声がいつもより柔らかいことに、本人は気付いていないのだろうか。


「こーん、った!あいっ!」

「・・・はぁ・・・」


楽し気なべにの様子に柱に身をゆだね、少しずつ回復してくる感覚にそっと目を閉じる。
・・・たまには、こんな休みも悪くない。


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