山姥切国広が叱る時


「わああああそれだめべに!!!」


突然の大声に驚いて振り向けば、目を真ん丸に見開いて上を見上げるべにと、その傍に身体を丸めてかすかな寝息を立てる鳴狐。
そしてべにの見上げる先に、大声を出した張本人の乱がべにから何かを引き離すように両手を上に上げていた。
奇妙な光景だが、危険はないように見えることに小さく息をつく。


「・・・何の騒ぎだ?」

「それがね、べにが刀装振りかぶって、鳴狐に当てようとしてて・・・」

「・・・は?」


そして聞いたことに、思わずまじまじと主に視線を落としてしまった。
べにの表情はこわばったままで自分たちの表情を伺うように視線を揺らしている。
悪いことをしたと、感じ取っているのだろうか。


「危ないなぁ・・・最近色んなもの机から落としたり投げたりするんだよね。ヤンチャなのはいいけど、ほどほどにしてくれないと。いつかべにがケガしちゃうよ」

「?・・・何でべにが怪我するんだ。床に落とすだけなんだろう?」


今みたいに誰かが被害をこうむるならともかく、べにが怪我をする理由が思い当たらない。
自然と首を傾げれば、呆れた、と言わんばかりの表情で見られてしまった。


「何言ってるの。刀装なんて、足にでも落としたらべに、足の骨が折れちゃうかもしれないじゃない!」

「・・・あぁ・・・・・・」


確かに、当たり所が悪ければ、もしかして・・・かもしれないが。
それは一般的に、気にしすぎというやつなのではないだろうか。
気の入っていない返事をすれば、むっとしたようにこちらを睨みあげる乱。


「べには僕たちと違って簡単には治らないんだよ?それに、女の子なんだから身体は大切にしないと!」

「・・・お前が言うのか」

「いーいべに?これは危ないから、投げたりしちゃダメだよ?」

「・・・・・・」


ボソリと零した声は聞こえなかったのか、それとも綺麗になかったことにされたのか。
べにに怖い顔で言い聞かせる様子はさまにはなっているが、どこか基準がずれている気がした。
乱の言うこともわからなくはない。確かに、べにの怪我は自分たちのそれとは違う。
だが、こうも姫のように育てては・・・


「もー・・・べにが心配でおちおち離れることもできないよ・・・」


刀装を箱に片付ける乱の独り言にはっとなって、自分も刀装を補充しに来たのだったと思い出す。
乱の背中を悲しそうに見つめるべににどこかいたたまれない気持ちになりながら、できるだけそちらを見ないように箱の中に意識を集中させる。
けれどそうこうしている間に、いつの間にか乱は部屋を出て行ってしまったらしかった。
そのことに気付く頃には、部屋にはさっきの騒ぎにも起きなかった鳴狐と、べにと、自分のみ。
この状態で部屋を出ていけば、烈火のごとく怒られるのは目に見えている。
一番手っ取り早いのはべにと遊ぶことで力を充満させ、出陣の疲れで眠っているらしい鳴狐を回復させて起きさせればいいのだが・・・


「・・・・・・」

「・・・・・・と、刀装は、だめだぞ・・・」

「・・・・・・」

「お前は、一人遊びが得意だろう。・・・何か、他の遊びを見つけて・・・」


じっとこちらを見上げていたべにの視線が、ふいと刀装へ向かう。
だから、何でそれなんだ・・・!
同じ時期に顕現した今剣や青江、太郎太刀が上手くべにとの関係を作る中、どう声をかけたらいいのかわからない自分はろくに遊ぶこともできていない。
大倶利伽羅に遊び方を聞いておけばよかった、と後悔しても後の祭り。


「・・・だ、出すだけ、だからな・・・」


べにの視線に根負けして箱から取り出した刀装をひとつ、べにの前に置き―――


「なっ・・・!?」

「あっあーぃ!」

「くっ・・・!俺が写しだから、馬鹿にしているのか・・・!?」


高速槍もかくやと言わんばかりの素早さで、刀装があらぬ方向に投げ飛ばされた。
本人は悪びれる様子もなく、むしろ“早く次をよこせ”とでも言うかのような表情でこちらを見上げてくる。
可愛いばかりではないその様子に唇を引き結んで刀装を拾いに行けば、背後でどこかへ移動する気配。
どこへ行く気だ、と刀装を拾って振り返れば、座り込んだその手に輝く、見慣れた黄金色。
振りかぶった先に見える白い髪に、さっと血の気が引くのを感じた。
しまった、片付け忘れが―――!


「べに!」

「っ!」


思わず、名を叫んだ。
弾かれたように振り返るその目にじわりと浮かぶ涙に一瞬たじろいだが、こればかりは負けるわけにはいかない。
両手で抱えるように持つその手の目の前に、ずいと箱を突き出した。


「ダメだ。ここへ、入れるんだ」

「・・・・・・」


べにがこちらの表情を伺うように、上目遣いで見上げてくる。
負けるか、とその目をじっと見つめ返せば、虫の声が聞こえてくるような沈黙の後。
ゴトン、とべにが落とした刀装が箱の中に落ちる音が響いた。
ひとまず投げずに済んだことにほっと一息ついて、こちらの反応を見るべにに小さく頷く。


「あぁ・・・それでいい」

「なんなんなん・・・」


しかしほっとしたのもつかの間、べには箱のふちを掴んで唐突に立ち上がると、箱の中に上半身を突っ込むように覗き込んだ。


「おまっ・・・!?」


止めようにも、箱を支えている手をどければバランスを崩し、転んでしまいかねない。
こうなったら、投げそうになった瞬間取り上げてやる・・・!と身構えていると、案の定、顔を出したべにの手には刀装。
べにが箱から手を放すのを今か今かと待っていたが、中々その気配がない。
刀装を投げるためには両手を使わなければならないようだから、まだ投げないだろうが・・・
自身の鼓動を感じながら様子を見守っていれば、べには手の中の刀装をじっくりと眺めた後・・・おもむろに屈んで、床にそっと置くようにして手を放した。
身構えていた分肩透かしを食らったような気分になり、箱から手を放すタイミングを逃す。
そのまま何となくその奇妙な行動を見守っていると・・・、並べようとした努力はわかる、程度(要はがたがた)に並べた刀装を、そっと押したり刀装同士をぶつけて押し出したりと、よくわからない遊びをし始めた。


「・・・何をしているんだ?」

「あー・・・んまんまんまんまん・・・」


こちらを指さされて何かを伝えるようにそう言われても、意味が分かるわけもない。
首を傾げていると、並んでいるうちの一つを手に取ってじっくりと眺め始めた。
何が面白いのか、と思いながらもまた投げやしないかと警戒を強める。


「・・・・・・ん?」


けれどふと先ほどの様子を思い出して、試しに、と箱のふちを叩いてみた。
音に反応して振り返ったべにに、箱の中を指差して見せる。


「・・・べに、ここに、片付けるんだ」

「あー」

「片付け・・・。ん?仕舞う、か?」


自分の言った言葉に、どこか違和感を覚える。
加州達はべにに言い聞かせるとき、何か違う言葉で言っていたような・・・
確か・・・な・・・な・・・


「ぁ・・・・・・くっ、・・・・・・・・・・・・・・・な・・・・・・・・・・・・





な・・・・・・・・・・・・・・・・・・ないない、しような・・・?」

「・・・なーなー?」


ゴトン、と刀装の落ちた音。
その音がまるで、初めての呼吸に成功したような。胸がいっぱいになるような感動に、音が付いたらこれなのかと錯覚しそうな。
ヒラリと舞った花弁が自分の感情を表していることを少し面映ゆく思えども、じわりと熱を持つ目頭に、嫌悪感は感じなかった。


「・・・そうだ、よく、できたな」

「たーいっ!」


褒められたことに気を良くしたのか、他の刀装も一つ一つゴトンゴトンと箱の中へ戻していく。
そこに混じる花弁は、量を増やす一方だった。
後日、誉の褒美にと紺野への注文権を得た山姥切が、好きなものを注文した。
それが大小様々なボールの入った箱セットであることに、本丸はしばらく沸くこととなる。


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