加州清光は慣れる


「やあやあこれなるは、鎌倉時代の打刀、鳴狐と申します!」

「秋田藤四郎です。外に出られてわくわくします!」

「俺っち、薬研藤四郎だ。大将、は・・・」


「はいはーい、俺らの主、べにちゃんでーっす」


何度か繰り返すと、こっちだって当然慣れてくる。
べにが主だということを伝えて驚いたような顔をされても、「よろしくねー」とべにの手を取って振る程度しかしなくなった。
まぁ、その当のべには毎回泣いているから、それどころではないのだろうけど。

何度目かになるこの本丸の説明を燭台切に押し付けて、べにをあやしながら厨に向かう。
時間的に、べにが泣いてる理由はごはんだしねー。
近代の調理器具(ポット)をさらりと使いこなして適温のミルクを作る燭台切が、鍛刀する前に作ってクーラーボックスに入れておいてくれたはずだ。
それを何故加州が与えるかと聞かれれば、単純に燭台切がミルクを飲ませるのが苦手なだけなのだけど。
何度か挑戦してみたことはあるのだが、お互いにサイズが合わないのかべにの居心地がどうにも悪そうなのだ。
うまく飲むことができず、仕舞いには泣き出してしまってからは、燭台切はべににミルクを飲ませようとしない。
それでも完璧な温度のミルクを提供してくれるあたり、その殊勝な態度が報われる日が来るといいのだけどと少し思う。
なんだかんだ食事関係以外もこなしてくれる燭台切、一家に一台燭台切だ。


「うーん・・・燭台切の他にああいう感じの刀剣男士いないの?なんか小さいのばっかりになってきたんだけど」


燭台切の後、鍛刀したのは3回。
結果は打ち刀1振り、短刀2振りと徐々に小さくなっている感が否めない。
ぶつぶつと不満も交えながらそう言えば、足元を歩いていた紺野はこちらを見上げることもなく首を振った。


「あそこまで家事に特化した刀剣は他に報告を受けていない。短刀が増えているのは、お前が資材を惜しんでいるからだ」

「・・・でもさー・・・」


目に見えて減ってきている資材の量に、危機感を覚えないわけがない。
審神者の仕事を聞いた限り、資材というのはかなり重要なのだ。
逆にそれを知らず「多いほうがいいのでるってきっと!」と適当に突っ込んだ結果が燭台切だったのだから、ビギナーズラックとかいうやつに感謝せざるを得ないのだけど。


「あの資材ってどう増やすの?」


紺野に言われるがままに審神者の仕事なるものをこなしていたとき、少し増えた?と思ったことがある。
そのときはべにをあやすのに必死でそれ以上突っ込むこともできなかったけど、今になって考えると結構な怪奇現象だ。
でも、人手が増えることに比べれば、そんなことは些末なことで。
お前なら何か知っているだろ、と問いかければ、紺野はしれっと答えた。


「基本は政府から支給されるが、戦果を残していない本丸に振られる袖はない」

「え・・・っ、出陣しなくていいって言ったじゃん!?」

「戦果は出陣には限らない。遠征は、出先で資材を調達できる」

「遠征、ねぇ・・・」


話しているうちにたどり着いた厨で、わかりやすい場所に置いてあるクーラーボックスから哺乳瓶を取り出す。
それに気づいて「あー、ぅ、ま、ま、」と手を伸ばすべにの前に差し出せば、あっという間にその先を口の中に誘い込んだ。
一生懸命にミルクを吸いだすべにを見ながら、加州はその場に腰を下ろす。
だいぶ慣れてきた感覚に手を任せて、これまでの審神者業を思い返した。


自分を含めなければ、鍛刀を4回。
紺野にせっつかれて作った刀装が、3つ。
まだやったことはないけど、刀剣の手入れにも必要だと言っていたから、その可能性のある出陣は極力避けたい。
ただ、本丸に一人は残らなければならないこの状況を考えると、錬度の低い4振りで遠征をこなすのは少々心もとない気もする。
本丸の中で手合わせ等はしているが、遠征とはいえ訓練と実戦はやはり違う。
ぐるぐると回り始める思考に、思わず目を閉じて天を仰いだ。


「・・・やっぱり、短刀でもいいからもう一振り呼んでおいたほうがいいのかなー・・・」

「2振りに遠征に行かせている間、残りの3振りに刀装を持たせて出陣、という手もあるが」

「お前は俺たちに出陣させたいの?子育てさせたいの?」


「前言ってたことと違うけど、」と詰め寄ってみれば、紺野は軽く目を閉じて肩をすくませる。
いつもよりどこかわざとらしい感じに、眉間にしわがよった。


「効率のいい方法を提案したまでだ。少しでも出陣をすれば政府の袖も膨らむ。もちろん近場の遠征でも、何度も繰り返せばそのうち資材は貯まるが」

「お前の言う“効率のいい方法”ってゆーのは、手入れの可能性があるんでしょ?」


資材もないのに、もし重傷の手入れなんて必要になったら。
破壊されない限り死なないとはいえ、視界にけが人がチラつくとか、嫌だよそんなの。
なんだか嫌な方向に誘導されているような気がして、自分の気持ちをはっきり伝える。
胡乱な目で目の前に座る紺野を見下ろすと、紺野の毛が少し萎んだ?ように見えた。
・・・何か、気でも張ってたんだろうか。


「・・・最も近い時代ならば、太刀も入れた3振りいればまず怪我を負うこともない」

「錬度が低くても?」

「負って軽傷だ。刀装があればまず問題ない。危険だと判断すればすぐ本丸に帰還することもできる」


声も、さっきまでのぴりぴりした感じがナリを潜めて、普段どおりの淡々とした物言いだ。
むしろどこか仕方ないとでも言わんばかりの言い方には、若干イラっとしたけれども。


「・・・信じていいんだろーね?」

「何万という審神者が通ってきた道だ。報告書を見る限り、まずその時代に太刀を連れて行った者もそうはいない」

「・・・」


提案といいつつも、主張を曲げる気はないらしい。
でも、なんだかんだいいつつ紺野の言うことには信憑性があるし、そもそもこいつが加州たちに不利益なことをする必要性もない。


「・・・わかったよ、じゃあ残りの資材、最低値でもっかい鍛刀するからね」

「・・・・・・」


飲み終わったべにの体を抱えなおして、トントンと背中を叩く。
けぷ、と満足げな音が聞こえて、次に泣くのはいつかな、と少し憂鬱な気分で考えた。










『・・・通信終了です。紺野管理官のブースのロックを解除します』


フシュ、と体が開放される感覚に、大きく息を吸い込んで音に出さずに吐き出す。
慣れたところで疲れるものだな、と伸びをしたい気分になりながらブースを出て、報告に向かった。


「帰ったか、紺野管理官」

「・・・えぇ、ただいま戻りました」


その道中で目的の人物に出会ってしまったことを、喜べばいいのか嘆けばいいのか。
紺野は歪みそうになる表情をくっと整え、最低限の礼を示した。


「それで、どうだ」

「・・・刀剣達は出陣をするようです。戦果は見込めるかと」

「ふん・・・、刀剣でありながら戦に出ることを厭うなど、情けない」

「それは十分な資材がないからだとお伝えしたはずですが」

「使えるかもわからん本丸に、目をかける価値はないと伝えたはずだが?」


男は謗るかのように吐き捨てると、侮蔑の目を紺野に向ける。
言いたいこと諸々を押し込めて頭を下げれば、満足したのかふん、と鼻を鳴らして紺野の横を通り過ぎた。


「・・・あぁ、そうだな」

「・・・・・・?」

「もし重傷を負って帰ってくるようであれば、ひとついい手があるだろう。手入れのための資材も要らず、むしろ増える方法が」

「・・・・・・!」

「ま、検討しておくといい」


そう言い残して去っていく男の背を見送ることもせず、紺野は足早にそこを離れる。

あの男が吐き出した空気を、吸うことすらもが厭わしい。


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