鳴狐が慰める時


今回の鍛刀は、久しぶりに長いようだった。
いつもの時間で見に行っても式神たちの動きが止まる様子はなく、真剣な様子に声をかけるのも憚られてそっと鍛刀部屋の戸を閉じる。


「ないない?」

「えぇ・・・まだ来ないようですねぇ」


新しい者との出会いに目を輝かせていたべにが、がっかりしたように問いかける。
ほとんど人見知りをしないべには、最近鍛刀部屋に行くのを楽しみにしているのだ。
狐が困ったように尻尾を垂らして、小さな主の機嫌を取るにはどうしたものかと考え始めた。


「・・・そうですべに殿!一緒にボール遊びをいたしませんか?今日は五虎退殿もおられます、虎殿たちもお誘いしましょう!」

「・・・ん」


まだ残念そうな顔をしながらも、最近手に入れたボール遊びにつられて小さく頷く。
それならば、と広間に足を向けてもべにの気持ちが未だ鍛刀部屋に向かっているのを感じて、心中でまだ見ぬ新たな仲間を急かした。


「ほーら、こっちですよ!」

「わわっ、待ってくださいよ今剣!」

「あ、まんば君そっちの畝は踏まないように気を付けて」

「・・・また布を洗濯することになるのか・・・いや、いっそ着なければ・・・?」

「お、いたいたいち兄。あとで手合わせしてくれねぇか?」

「おや、この間の雪辱戦かい?喜んで受けよう」

「・・・・・・」


鍛刀の回数を増やすようになってから、本丸は本当に賑やかになった。
出陣をこなしながらも、本丸から気配が途切れることがない。
暖かな光景に目を細めていると、数歩先を行っていた狐が五虎退を見つけたのか「五虎退殿ー!今よろしいでしょうかー?」と声を張り上げた。
間をおかず、角の向こうから軽い足音が響いてくる。


「は、はい・・・!どうか、しましたか?」

「もしよろしければ、ご一緒にボール遊びをいたしませぬか?虎殿がおられれば、賑やかになりましょう!」


名案とばかりの狐の言葉に、べにが肩から顔をあげる。
けれど、その視線の先に見たのは、五虎退の困ったような表情で。


「す、すみません・・・虎君たち、今ちょうど寝ちゃったところなんです・・・」


べにの限界は、ぷつりと糸を切るように訪れた。


「・・・やーあー!!!」

「!?」

「がーぅん、がーぁぅんー!あー!」


ぶわぁ、と突然泣き出したべにに、周りにいた男士たちの視線が一気に集まる。
何だ何だと遠巻きながらも見守る気配に、縋りつく小さな身体をそっと揺らした。


「ど、どうされたのですかべに殿!?」

「ごごごごめんなさいぃっ!?」


わたわたと慌てる狐と五虎退に、片手で収まらなくなってきた背中をポンポンと叩きながら告げる。
多分、べにの想いは結構シンプル。


「・・・虎と遊べないのが、悲しい」


元々、鍛刀が終わってなくて、会えると期待していた新しい刀剣男士とも会えなかった不満があった。
そこに畳みかけるように、代わりに用意されるはずだった遊びもなくなって。
悲しいね。思い通りにいかないのは、悲しいね。
期待したのに、ダメだなんて、ひどい話だね。


「あぁーん!がーぁん!がーぁん!」


でも、自分が遊びたいからってせっかく眠った虎たちを起こすのは、かわいそうだね。
ガマン、しないといけないね。
耳に響く泣き声に辟易しながらも、一定のリズムで背中を叩く。
ゆっくり、ゆっくり。心臓の音と、重なるように。

トン、トン、トン、トン、


「・・・ひっく・・・・・・うぅ〜・・・」


ぎゅう、と強くなった抱き着く力に、背中を撫でながら「いい子、いい子」と呟いた。










「ほぉ・・・主様は幼子ですか」

「おや、あまり驚かれないのですねぇ」

「長い間生きておるからな。多少のことには動じん」


狐のしっぽに顔をうずめて、モフモフと感触を楽しんでいるべに。
その傍らに座して、興味深そうに観察する小狐丸。
少し奇妙ともとれる光景は、結局普段より一時間遅く鍛刀された小狐丸の参加で出来上がった。
あの後、しばらくして落ち着いたべには狐のしっぽを玩ぶことで気持ちを落ち着かせたらしく、今は涙も跡すら残っていない。
けれど、どうやら少し拗ねてしまったようで未だに小狐丸と目を合わせる気配がないのだ。
中々顔を上げないべにに、小狐丸が徐々にそわそわとしだす。


「・・・主様。私の髪も、毛並みはよく整えております。量も十分。埋もれるのであれば、こちらはいかがですか?」

「んーっ」


ちら、と小狐丸を見上げるも、目が合うことはなく再びしっぽに顔がうずめられる。
嫉妬に燃える小狐丸。少し得意げな狐。無表情でべにを見守る鳴狐。
さっきよりもさらに奇妙な三竦みだが、今度はそう長くは続かなかった。
しびれを切らした小狐丸が、自分の毛の房を一つつまんでべにの頬に押し当てたのだ。
柔らかい感触に、べにがちらりと小狐を見上げたが、またすぐに顔を伏せる。
が、今度は少しするとチラリとまた小狐丸を盗み見るように目を見せた。


「ふふ、いいのですよ、主様。どうぞこちらへ」

「・・・なぁい?」

「・・・大丈夫。噛んだりしない」

「失礼な・・・」


不安そうに見上げていたが、好奇心には勝てなかったようでふらりと誘われるように狐から顔を上げるべに。
そして、小狐丸の髪にゆっくりと手をうずめた。
少し驚いたような顔をしたが、すぐに両手でモッフモッフと髪を玩びはじめ。


「はあぁ〜・・・!」


とうとう目を輝かせて小狐丸の髪へと飛び込んだ。
自分で言うように、毛並みには自信があるのだろう。得意げな表情の小狐丸に、今度は狐の表情が寂しげに曇る。


「あぁ・・・べに殿ぉ・・・!このお供の狐のことをお忘れなく・・・!」

「ふふん。主様の定位置が私の膝の上になるのも、時間の問題よな」

「むむっ!?聞き捨てなりませぬぞ小狐丸殿!べに殿のお気に入りは鳴狐の膝の上で、私めの腹を撫でることです!」

「ほざけ短毛種。お前のような奴では抜け毛で主様に悪影響が出る」

「べに〜ちょっとこっちおいで!」

「あーい!」


二匹の狐の言い争いなどどこ吹く風。
廊下からかけられた加州の声に、べにはあっという間に小狐丸の髪から離れて行ってしまった。
残されたのは、さっきまでの勢いを失って、言葉も見つからない狐が二匹。


「・・・加州には誰も勝てない」


それはきっと、自明の理。
“母”である彼が、今のべにの世界の中心。

―――それでも愛することをやめられないのだから、彼女の魅力は不思議なものだ。


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