加州清光が仕事をする時


今、俺はべにに監視されている。
笑いで震えそうな手を何とか制御しつつ、大事な書類にサラサラと筆を動かす。
その背後、開け放しになっている障子から感じる視線に集中を乱されながらも、最近はまた遊びが変わってきたなぁとべにの季節のような興味の移り変わりを感じた。
少し前までは一人遊びだった。けれどそのブームは終わったようで、最近はじっと男士たちの動きを見ていることが多い。
それを誰かが「べにに監視されてる」と表現した頃から、男士たちの間でもある意味べにに監視されることがブームだ。
例えば畑仕事をしているとき。例えば料理をしているとき。
べにと遊んでいる相手が観察されることはあまりない。むしろ、手を止めてべにの相手をしようものなら、不思議なものを見る目で見られてしまうのだ。
今度は何を思ってそうしているのか知らないが、それもあの子なりの勉強なのだろう。
燭台切は「もしかしたら、僕らの仕事ぶりを見て覚えようとしているのかもしれないね?」なんて、親馬鹿そのものの発言をしていたけど、実際、見られているのは確か。


「しー?」

「はい、しーですよ、べに様」


コソコソとはしているものの、静かな部屋の中では筒抜けな二人の声にまた小さく笑って、これはいいトコ見せなきゃね、と背筋をピンと伸ばした。
声からして、今日の近侍は秋田。
近侍の奪い合いは日々激しさを増しているというのに・・・短刀勢も、実力をつけてきたものだ。
そろそろ手合わせでは効かないレベルになってきているから、本格的に近侍の当番制を検討しなければならないのだけど・・・。
当の主が、中々の曲者になってきたのだ。
大きくなってきたとはいえ、まだまだ小さいべに。
さらに最近ははいはいの速度も上がり、下手をすると「どこいった!?」と慌てて周りを探すことになるのだ。
それでも、はいはいするときの手のひらが床を叩く音は特徴的で、隣の部屋くらいならその居場所が分かるのだけど。
昔縁側から落ちそうになった事を考えると、とても一人で自由に、とはさせられない。
意外と隠密が高いべにの気配を拾いつつ、とにもかくにもこの書類をまとめなければ、と筆を動かす。
一週間の出陣の戦果、遠征先で得た収穫、そして、来週の出陣の計画。
毎週毎週やってくる地味に面倒な作業だけど、こればっかりは最初の一振りとして、責任もたなきゃね。
終わったらべにと遊ぼう、ともう一度気合を入れなおす。
・・・けれどそれは、長くは保たなかった。


「あっ・・・・・・えっ、えっ、・・・・・・あっ、えぇ!?」

「?」


秋田の奇妙な戸惑いの声が響いて、べにがハイハイするときと似た、けれど聞きなれないリズムの音が近付いてくる。
それを不思議に思って振り向くのが早いか、まさか、と背後で起きていることを予想するのが早いか。


「きーぃっ♪」

「!?」


ほぼ同じ目線にあるべにの笑顔に、一瞬何が起きているのかわからなかった。


「え・・・えっ、わっ、べにぃーーー!!!!」

「きゃーっ♪」

「す、すごいすごい!もうちょっと、ほら、ここまでおいでぇ!」

「あーいっ」


少し遅い、と歌仙から言われて、ずっと気になってはいた。
掴まり立ちはしても、そこから他の場所に動こうとする様子がなくて、心配していた。
抱っこすることが多いからなのかも、と言われて、つい抱き上げてしまいそうなのをぐっとこらえる日々が続いていた。
でも・・・でも・・・!
今だけは、思い切り抱きしめても、いいよね?


「きーぃっ」

「べにぃ〜!すごい!歩けたね!」

「す、すごいですべに様ぁ!いきなりこんなに・・・歩けるなんて!」


自分のところまで無事たどり着いたべにを思い切り抱きしめ、そのまま高い高いをしてあげる。
きゃっきゃと嬉しそうに声を上げるべにに涙が込み上げてくるのを感じつつ、感動しきりにパチパチと手を叩く秋田に声をかけた。


「自分から立って歩いたの?」

「あ、そこの障子を支えにして、立ってはいたんです。でも手を放したかと思ったら、そのまま歩きだして・・・!」

「すごいなぁ〜べには!頑張って俺のところまで来てくれたんだね!」

「たっ、まぁんむぅ〜」

「むぅ〜・・・ふふっ、今夜はお祝いだね♪」


べにの真似をして唇を尖らせ、下ろしがてら試しに立たせてみる。
けれどステンと後ろにしりもちをつく姿に、ゆっくりできるようになればいいか、と微笑んだ。


「もうちょっと待ってて、べに。すぐ終わらせちゃうからさ」

「あー・・・んっ」


頭を一撫でして秋田に託し、もう一度机に向かう。
えぇと、どこまで書いたっけ。今週の出陣の戦果と、遠征の成果と・・・


「あー、あー」

「べに様、加州さんはお仕事中ですから、邪魔しちゃだめですよ」

「うー」

「あ、ほら!あっちで一緒にボール遊びしましょう!」

「んーんん〜!」

「・・・珍しいね、べにがダダこねるなんて」


とても集中できなさそうな背後の気配に、筆を持ったまま振り返る。
困った表情の秋田と、その腕に抱えられて抜け出そうともがくべに。
よっぽど何かやりたいことがあるのかな?とその視線の先を追って・・・


「・・・え、筆?」

「あーたったたぶ、あむぅ〜ん」

「何?べに、俺の仕事する姿見て、自分もやりたいって思ったの?」


笑いながら試しに筆を差し出せば、食いつくように手を伸ばすべに。
あ、ホントにやりたいんだ・・・と少し慌てて書きかけの書類をどかし、新しい半紙を用意する。
準備が整ったところでべにを膝にのせて筆を持たせれば、ビシャ!と景気よく半紙に叩きつけられて心底ほっとした。
ちゃんと準備してから渡してよかった・・・!
どんどん黒く染められていく半紙と、被害がそこだけに収まらず汚れていく机周りに、秋田が慌てて床にタオルを敷き詰める。
これは・・・渡した俺が言うのもなんだけど、もう少し考えてから行動すべきだったかな・・・
跳ね返りでどんどん黒くなっていく幼児服と、それを洗う手間を考えたくなくて心を無にべにの仕事っぷりを眺める。
そんな視線に気づいたのか、それともほぼ真っ黒に染まった半紙に満足したのか。
クルリと振り返ったべにと目が合えば、満面の笑みを向けられて。


「だいっ!」

「・・・〜〜〜可愛いから許しちゃう!」

「きゃあっ♪」

「加州さん!大惨事ですよ!?」


仕方ないなぁ、なんて思う辺り、俺もやっぱり燭台切のこと言えないか。
俺も大概、親馬鹿だ。










「・・・それで、報告は?」

「あと15分!いや、10分だけ待って!」

「・・・・・・」


書類を受け取りに来た紺野が怖かったから、できればもうごめんだけどね!


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