同田貫正国が顕現された時


しとしとと、本丸の庭を潤す恵み。
顕現したその時から降っていたそれに特に感じるものはないが、前から居る者にとっては違うらしい。
「あんまり降ることなかったんだけどね。髪が膨らんでうざい」と灰色の空を眉間にしわを寄せて見ながら言うのは、案内役の大和守安定。
「洗濯物が乾かなくって」とため息をつくのは、通りすがりによろしくと声をかけてきた歌仙兼定。
そんな奴らに、随分ふ抜けたところに来ちまったもんだ、とまだ顔も見ていない主に対して印象が悪くなるのを感じていた。
刀が髪を気にしてどうする。洗濯物の山の前で頭を抱えてどうする。
刀は、戦ってナンボだろうが。


「・・・俺は武器だぞ」

「は?そんなの、僕も同じだけど」


そういう思いを込めて言ったが、あっさりと一蹴されて口をつぐむ。
これは、主に俺をちゃんと武器として使うように一言言っておかねぇとな、と心を決めて、「べにはこの部屋にいるよ」と指された障子を睨み付けた。
まぁ・・・部下である刀剣男士に呼び捨てにされてるようじゃあ、主としての器も知れてるってもんだがな。


「べに、今剣、新入隊員を連れてきたよ」

「はーい!」

「あーい!」

「・・・?」


部屋から返ってきた声に、思わず首を傾げた。
聞こえたのは、どちらも子どもの声。しかも片方は、まだ発音すらもが怪しい、幼子とも言えるような・・・
そんな疑問は、大和守が何の躊躇もなく障子を開けたせいで、否応なしに答えを突き付けられた。


「・・・何やってるの?」

「てるてるぼうず、というものをつくっているんです!紺野がもってきてくれたほんに、つくりかたがかいてあったんですよ」

「あー?」


障子を開けた瞬間、大和守も面食らったのが雰囲気で伝わってきたが、どうやら俺とは理由が違う。
いや・・・俺も、部屋中に散らかったティッシュの残骸にはある意味度肝を抜かれたが。
部屋には、聞こえてきた声の通りに子どもが一人と、幼子が一人。
大きくもない部屋を見渡しても、それ以外に人はいない。


「・・・何だよ。この本丸の大将は、子連れで戦場に来たってのか?」

「・・・は?・・・あー、それね、ここは・・・」

「こんな本丸じゃあ、実力もたかが知れてるな」


大和守が何かを言いかけているが、もう聞く気にもなれず遮るように吐き捨てる。
主の子どもを呼び捨てにする家臣。戦中とは思えない気の抜けた空気。
挙句は、新たな家臣に顔も見せない今世の主。
すべてがすべて、俺の求める姿とは食い違っていて。


「・・・ききずてなりませんね」

「・・・あ?」


言い返してきたのは、意外にも子どものほうだった。
漂ってくる神気から、人間ではないとはわかっていたが・・・。
ナリからしても十中八九短刀のソイツが、打刀の俺に食いかかってくるとは思わなくて、軽く目を見開く。
作っていた“てるてる坊主”とやらを置いて立ち上がり、ズンズンとこちらに近付いてくるソイツ。
掴みかかるつもりか、と構えたが、それは肩透かしに終わった。
そのちっこい手が俺の胸倉に伸びたところで、隣から声が上がったのだ。


「今剣」

「っやすさだははらがたたないのですか!?べにをばかにされたのですよ!?」


今剣と呼ばれた短刀の言葉に内心で頷きながら、横目で大和守の様子を見る。
さっき、俺が煽ったのはどちらかと言えば“こっち”。
今剣の反応からしても、あながち的外れな挑発ではなかったと思ったが・・・


「・・・腹、立ててないとでも、思ってるの?」

「っ・・・!」

「・・・!(予想、以上・・・っ!)」


ヒュ、と息の引きつる感覚には、純粋に身体が震えあがった。
どこも見ていない大和守の視線が、ただただ冷たい光を宿す。
組んだ腕がカタカタと震えているのに気づき、ぐっと腕を抑えるように掴みなおした。


「・・・僕が黙らせるのは簡単だよ。だから今剣」

「・・・?」


絶対零度の視線が、今剣に向く。
ゆらりと右手が上がって、今剣の喉がコクリと動くのが目に入る。
だがそのまま親指がこちらに向けて突き出されるのを見て、つられた今剣と視線がかち合った。


「ちょっと、やっちゃって」


それは、死刑宣告か。
許可を得られた今剣が、妖者のようにニィ、と口の端を釣り上げる。
いたいけな見た目とそぐわないその表情に、一瞬背筋が冷えるのを感じた。


「ではさっそくどうじょうにむかいましょう。きょうはじぃじとにーにがてあわせのひですが、のいてもらえばすむことです」

「オイ、俺は短刀と戦うなんて一言も・・・!」

「ここの実力が知りたいんだろ?」

「だからって・・・」

「同じ打刀の僕が相手をしてもいいけど」


シュリン!と刀の走る音が、鳴り終わるのとどちらが早かったのだろう。
確かに俺は、大和守に喧嘩を売った。
だが今になって、それがあまりにも軽率なことだったと遅まきながらも理解する。
ヒタリ、と首に感じる冷たい鉄の感覚に、―――ドッと、身体中から冷汗が噴き出るのを感じた。


「あまりにも、話にならないからさ」


先と変わらず、温度のない声。
顕現したときの、面倒くさがりながらも受け入れる姿勢だった姿はかけらも見当たらない。
躊躇なく刀身を当てられているその場所は、人の身で言う急所そのもの。

もし、今この刀身をそのまま引かれたら―――

ある意味望んだ緊迫感とはいえ、それが一身に自分に向けられているという事実は多少なりとも堪えるものがある。
予想とは違う、大和守の確かな実力にゴクリと喉を鳴らした。


「安心しなよ。今剣もまだ新しいほうだから、まだそんな実力差ないって」


スッとあっけなく離された刀身に、は、とようやく息を取り戻す。
胸を突き上げられるこの振動は、心の臓が悲鳴を上げているからか。
チン、と収められた音にはっとなって顔を上げれば、大和守はその場にしゃがみ込んで腕を広げていた。


「さぁ、べに。ちょっとコイツにお灸を据えに行くから、こっちにおいで」

「・・・・・・」


何を考えているのかわからない無表情で、その場で立ち上がってよたよたとこちらに向かって歩いてくる幼子。
腕の中までたどり着いた幼子を、さっきまでと一転、「すごいね、」ととろけるような笑みで迎えて抱き上げ、頭を撫でる大和守。
・・・実力は確かでも、やっぱり本丸の気構えには問題ありなのかよ。
受け入れきれない状況に、ガシガシと強く頭を掻いた。


**********
back/back/next