同田貫正国が手合わせする時
向かった先の道場からは、カンカンと高い音が響いてくる。
それが木刀同士を打ち合わせる音だということは、ただの刀であった時代から場の空気に身を震わせて知っていた。
音だけではない。手練れ同士が戦うときの、真剣を扱っているのではと錯覚するほどの気迫。
道場の戸を隔てても伝わってくるそれらに、再度この本丸の実力を感じ取った。
「たのもー!」
「っ・・・、おや、今剣殿。どうされたのですか?」
「ちょっとばしょをかしてもらいます!」
「ふむ・・・?今日は一期と俺の番だったと思ったが?」
直前まで打ち合わせていた二振りが、それまでの気迫はどこにいったのかと思うほどあっさりとその空気を変える。
その変わり身の早さに目を白黒させていると、二振りの視線が今剣からこちらに向いたのが分かって思わず身体が固くなった。
認めたくはねえが、その見定めるような視線にびびったのが半分、実力差を感じて緊張したのが半分・・・ってとこか。
気圧されたのを振り払うように強く舌打ちをすれば、・・・まだいつでも手合わせを再開できるとばかりに張られていた二振りの気が、一気に緩められたのが伝わってきた。
「・・・?」
「あぁ、なるほど。それならば仕方ありませんね」
「はっはっは。威勢がいいのはいいことだ」
「三日月殿・・・今剣殿、くれぐれも、中傷までに抑えるのですよ」
「むぅ・・・ぜんしょします」
話しぶりからして、俺が負けることは確定らしい。
そのことに少しむっとしたが、まぁ、新顔より仲間に期待するのは当然のことだろう。
だが、所詮は短刀。顕現した体躯も、細く、幼い。
一太刀でも浴びせりゃ、こっちのもんだ!
場所を空けた二振りに代わって、木刀を受け取り道場の中央に今剣と立ち合う。
ピリリと突き刺さる殺気にも似た感覚に、少しばかりの手ごたえを感じた。
―――短刀にしちゃ、いい目してんじゃねえか。
勝手に構えようとする身体を抑え、腹にぐっと力を込めて口上を述べた。
「俺は同田貫正国。かかってきな。訓練だからって、俺は手を抜かねえぞ」
「ぼくは今剣。・・・ぼくの“あそび”に、つきあってもらいますよ」
「それでは、今剣対同田貫正国。立ち合いは粟田口が一振り、一期一振が務めましょう。各々、準備はよろしいか」
「当然!」
「いつでも!」
言葉とともに刀剣を引き抜けば、あちらも一瞬で構えを作る。
いいねぇ・・・この感覚・・・、戦の感覚だ!
「では―――始め!」
一期一振の声を合図に、今剣が一気に距離を詰めてくる。
予想以上の素早さに瞠目しながらも、迎え撃つように刀を構えた。
これだけのスピードだ、軌道を変えようにも―――
「なっ!?」
「あははっ、うえですよ!」
「っ!?」
目の前から今剣の姿がかき消えたかと思えば、背後から届く高い声。
慌てて振り払うように後ろに薙いでも、手ごたえはなく。
かすかに見えた影に上を見上げれば、楽し気に哂う今剣が宙を舞っていた。
「・・・!はっ、スキだらけだぜ!」
中空では避けることもできない。
今度こそ、と刀を振り上げたが、ガキン!と固いものにぶつかる感覚に腕が痺れただけだった。
さっきよりも高く跳ね上がった今剣の身体にブレはなく、とっさに刀を合わせて応じたのだろうと判断する。
よく、あの体勢からそんな芸当ができたものだ。
思わず感心して追及の手を休めると、その間に着地した今剣がクルリと刀を回してみせた。
「さっきのいせいはどうしたんですか?せっかくのちゃんすだったのに、むだにしましたね」
「ふん、てめえこそ、まだ一太刀も振れてねえぞ」
「・・・じゃあ、つぎはふります」
また視線を鋭くした今剣が、ぐ、と木刀を握りなおす。
素早さは十分理解した。待つだけじゃあどうにもなんねぇな。
床を蹴って飛び出した今剣に、さっきと同じように構える。
好機を伺え。あいつが強く踏み込む一歩を。
短刀が届くには遠く、回避するには近い場所を。
「そー・・・」
「!」
距離を詰めた今剣が、大きく腕を引く。
今だ!
「キエェェアァ!!」
「っ!?」
さっきは横に薙いで避けられた。
なら、縦ならどうだ!
振り上げた木刀刀から、何かにかすった手ごたえ。
目の前から今剣の姿はかき消えて、遅れて向かってきた風だけがすぐそこまで来ていたことを物語る。
足でもやれてりゃ、少しはちょこまかされずに済むんだが・・・
バク転の要領で回避したらしい今剣が、再び体勢を立て直す。
着地と同時にシャリン、と音がして、足に付けていた輪が床に落ちたのが見えた。
「チッ・・・飾りかよ」
「・・・・・・」
「?オイ、なんだよびびってんのか?」
すばしっこさは、つかめた。捕まえるのも時間の問題だ。
もし今剣がそれをわかって身を引くなら、それもここの実力ってことに・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・もう、おこった」
「・・・あ?」
「ほんきでやっちゃいますっ!」
「っ!?」
今剣が何かを呟いて、顔を上げると同時に床を蹴り出す。
ドン!とさっきまでとは比較にならないほど強い音が耳に届くと、ほぼ同時。
「っ・・・!?」
腹に、重い衝撃が一閃。
初めて感じる“痛み”に一瞬気が取られ―――
「うっ・・・っつ・・・!?」
腕に。頭に。背中に。足に。
次々と増える鈍い痛みに、まるで鎌鼬にでも襲われているかのような錯覚に陥った。
時折見えるかすかな赤と銀糸に、今剣から攻撃を受けていることは分かるが、手数がこれまでの比じゃない。
手加減してたってことかよ・・・!
一つ一つの傷はそこまで重くはない。だが、打たれたことに気付いた瞬間木刀をその場に払ってみるが、何の手ごたえも感じられない。
「この本丸で、一番に身に着けるのは“回避力”。そんな大振りな攻撃が、今剣に・・・短刀に当たるわけないだろ」
まぁさっきは油断してたみたいだけど、と大和守が話している声も、半分程度しか耳に届かない。
「くっそ・・・!ちょこまかと動き回りやが・・・ぐぅっ!?」
悪態は、最後まで言い切れなかった。
人体の最大の急所、―――喉。
ここを切って死ななかった人間などいない、その場所に。
―――木刀がめり込んできたのを、ただ感じるしかできなかった。
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