同田貫正国が悟る時
「そこまで!」
パン!と一期一振が手のひらを合わせる音が響いて、一気に呼吸が戻ってくる。
崩れ落ちるようにその場に膝をつき、堪えきれない喉の痛みにむせ返る。
生きて、いる。
・・・いや、当然か。これは木刀での手合わせだ。
「がはっ!ぐ・・・っ、ゴホッ!」
「とーぜんですよね!」
だがそれでも、さっきまでの気迫を受けて、当然のように立ってはいられなかった。
隣では今剣が得意げに胸を張っていて、その姿と今の攻撃が一致しなくて少し混乱する。
けれどそんな俺の様子もお構いなしに、今剣は俺の顔を覗き込むと挑発するようにふふんと鼻を鳴らして見せた。
「どーです?ぼくのじつりょく、ひいてはこのほんまるのじつりょく、わかってもらえましたか?」
「ゴホッ・・・、てめえらの実力は、認めるさ」
気迫も、実力も、確かに俺はなめてかかっていたらしい。
自分がまだ顕現したてのひよっこであることは、十分に理解できた。
だが・・・それでも!
「だがな!俺はこの本丸の審神者を主とは認めねえぞ!」
はっきりと口に出せば、一気に目を吊り上げた今剣に一瞬喉が引きつるも、ぐっと腹に力を込めてそれに応じる。
不遜な態度を、と刀解も覚悟の上。
むしろ、こんなところで仕えるより清々する!
「この本丸の主は、俺たちがこうして争ってても、様子を見にも来ねえじゃねえか!」
自分に興味のない主君に、誰が忠義を尽くせよう。
俺の、俺たちの存在意義。それは、人に使われ、戦うための。
俺たちは、一体何のために戦うんだ!
決して譲れないそれを吼えれば、静まり返った道場に俺の荒い息が小さく響く。
今剣を睨みあげても、呆けたような表情で何を言うわけでもなく。
・・・何だよ。今初めて気付きました、みたいな顔しやがって。
「はっはっは。何だ、お主、まだ知らなんだのか」
「・・・あ?」
だが、そんな緊迫した空気は、三日月宗近の楽し気な笑い声で一変した。
「丁度いい。ほれ、ついて来い」
「!?お、おい・・・!」
幼子を腕に抱いたまま、三日月宗近がぐいと俺の腕を引き立ち上がらせる。
引かれるままによたよたと道場を後にして、たどり着いたのは。
「・・・手入れ部屋?」
「ああ、そうだ」
手を放され、「そこに座れ」と座布団を指され、よくわからないままもとりあえずそこに座り込む。
・・・鍛刀場に連れていかれ、刀解されるのかと思っていた分、少しばかり肩透かしを食らった気分だ。
だが、手入れをする人間もいないのに、一体何を・・・
「べによ。このたぬきを大事大事してやってくれるか?」
「あい!」
「おい、俺はたぬきじゃ・・・、・・・は?」
三日月の膝の上から降りた幼子が、よてよてと不安定な歩き方で俺のほうに近付いてくる。
おい・・・まさか・・・。
玩具のような幼子の手のひらが、傷の辺りにペチリと触れる。
ペチペチ、ペチペチと叩くとも言えない触り具合で、何度も、何度も。
「だーじ、だーじ」
「な・・・・・・」
ふわり、と、顕現された時と同じ、けれどあの時よりもっと優しく包み込むような力が身体を廻る。
それと同時に、身体中のずくずくとした痛みがすっと引いていく感覚。
まさか。いや、そんな・・・まさか。
「改めて紹介しよう。我らが主、べにだ。よろしく頼む」
「あいっ」
頼んでもないのに紹介され、さらには元気な返事をされ。
「・・・・・・・・・・・・・・・冗談・・・だろ・・・」
一瞬、目の前が真っ暗になるのを感じた。
「あっあー、うーまっ」
「・・・おい、あんまそっち行くと濡れるぞ」
あの騒動があってから一週間。本丸は、雨の気配が続いている。
丁度“梅雨”という季節に入っていたらしく、厚い雲の隙間から差し込む光が庭を照らすこともあるが、もっぱらしとしと、ざあざあと雨が降り続けている。
相変わらず「洗濯物が乾かない」と不満を言うのは歌仙兼定。
短刀たちも外で遊べない、廊下も滑って危ないと頬を膨らませている。
そんな中、一人随分とこの季節を楽しんでいるのが、この小さな・・・主。
ピタン、ピタンと雨が集中的に降り込む場所を上手く見つけては、近くに座り込んで床にできた水たまりをピタピタと叩く。
何が楽しいのか、誰かに呼ばれるまでずっとそうしているのだ。
「・・・お前、雨好きなのかよ?」
「あーいっ、あー?」
「・・・あめ、な」
まだ言葉すらおぼつかないこの幼子が、主。
その事実を受け入れるのはある意味最初に誤解していた主像よりも困難だったが、主と・・・べにと触れあい、出陣を繰り返すうちに徐々にこの本丸の考えに馴染んでいった。
要は、自分の望む主像に近付けていけばいいのだ。
ふとそんな内容の物語が流行った時代もあったな、とどこから調達したのかもあいまいな記憶を掘り起こす。
「あっあっあーっ」
「おい、そっちは危ねえぞ」
「んーっ、やーぁー!」
縁側から身体を乗り出して庭へ出ようとするべにの身体をひょいと抱き上げれば、身体をくねらせてむずがる。
どうしたもんかと周りを見渡したが、こういうときに限っていつも五月蝿い短刀たちすらも姿が見えないのだから。
「・・・少しだけだからな」
「あー・・・っきゃーっ!」
少し考えたが、これ以上むずがれて、もし泣かれでもしたらそれこそ面倒なことになる。
幸い、雨の勢いはそこまで強くない。ちょっと歩く程度なら、そこまで濡れることもないだろう。
下足に履きかえれば、何かを察したのか目を輝かせてこちらへとはいずってくる。
「(さっきは抜け出そうとしていたくせに・・・、現金なやつだな)」
そうは思っても、これだけ嬉しそうに近付いてこられて悪い気はしない。
「・・・ん」
我ながらぶっきらぼうだとは思うが。
・・・自分の無骨で、綺麗でもない手に、小さく、柔らかいがしっかりした意思のある手で。
「あーっ♪」
こんなに嬉しそうにしがみついてきてくれるのだから。
「(・・・・・・まぁ、いいか)」
軽い身体をひょいと抱き上げて、腕に座らせる。大分慣れてきたその体勢に、べにも当然のように肩に手を置く。
庭に足を踏み出せば、顔に当たる水の粒にキャッキャと楽し気な声を上げて。
さっきよりも一段高くなった声はそのテンションの上がり具合を如実に伝えて、つい、こちらまで頬が―――
「あーーーーっ!」
「!!!」
突然の大声に、思わず肩がビクリと跳ねる。
慌てて声の出所に振り返れば、縁側から今剣がこちらを指差して大口を開けていた。
「たぬき!なにしてるんですか!」
「べ、別に大したことじゃ・・・つうかお前もたぬきやめろ!」
「べにさまが・・・べにさまが・・・!」
面倒なヤツに見つかったな、と内心で舌打ちをする。
わなわなと震える今剣の指先に、この後の説教を覚悟して。
「べにさまが・・・すっごくたのしそうじゃないですか!」
「・・・・・・・・・あ?」
「ぼくもいっしょにあそびます!」
予想外の展開に、思わず間抜けな声を出してしまった。
ぴょん、と戸惑いもなく縁側から飛び降りた今剣に、まじか、と口が勝手に動く。
「おい・・・いいのかよ?連れ出した俺が言うのもなんだが、人間は簡単に風邪引くんだろ」
「これくらいへっちゃらですよ!べにさまはつよいおこになるんですから!」
「あばぶぶ・・きゃっきゃっ♪」
今剣の根拠のない自信はとうてい信じられなかったが、楽しげなべにの声に否定の言葉も喉で突っかかる。
空に手を伸ばすべにの顔を覗き見れば、今まで見てきた中でも一番楽しそうな笑顔で。
「・・・もう少しだけだからな」
「あーっぱ!」
もう少しなら平気だろ、もう少し、・・・もう少し。
軒下に戻る足が遠のけば、当然雨に濡れる身体は湿り気を帯びる。
それでも。
『嬉しくて、楽しくて、たまらない』
そんな表情のべにを至近距離で見ていては、中々中に入ることはできなかった。
結局その後、今剣と二人して揃って歌仙に叱られた。
「今剣!君のほうが先輩なんだから、同田貫にいけないことは教えないと駄目だろう!?」
「イケないことを教える・・・まさか、歌仙の口からそんな言葉が出てくるとはねぇ」
こっそりとべにに「またいきましょうね」とか甘言をそそのかす今剣を見ていると、子を育てるっつーのは色々と面倒なことが多そうだな、としみじみ感じるわけだ。
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