燭台切光忠が料理を振る舞う時


うちの本丸では、食事当番は最初は立候補制だった。
べににあれを食べさせてやりたい。こんなものが美味いらしい。
そんな知識をどこからか調達してくる連中が、べにが固形物を食べるようになるとこぞって厨に立ちたがった。
けれどそれは、熱湯を被りそうになったり、コンロが爆発したり、異臭を放つ黒い物体ができたりしたことで徐々に減り。


「みんなー、ごはんだよー」

「はーい!」


最近では、美味そうなものを見つけたときは燭台切に伝えて作ってもらうのが主な方法だった。
庭で楽しそうに遊んでいるべにと短刀たちに向かって声をかければ、元気のいい返事とともに全員がこちらに向かってくる。
最後に秋田がべにを抱き上げて連れてくるのを見て、「まずは手を洗ってきてからね」と手洗い場に促した。
広間に向かって「そっちもね、」と声をかければ、「はーい」と今度は少し気だるげな返事が返ってくる。
特に午前中今剣に引きずられて高レベルの戦場に出陣した同田貫なんかは、返事をする気力もないようで机に突っ伏したまま・・・
・・・いや、食べる気はあるようで、顔も上げないままではあったが重そうに身体を引きずってやってきた。


「お疲れさまだね。次の出陣、僕が代わるよ」

「あぁ・・・いや、俺はまだ、やれる・・・」

「あれ、そんな状態で出て、もし怪我でもしたらしばらく内番コースだけど、いいの?」

「・・・・・・・・・」


苦い顔で黙り込む同田貫にクスクスと笑って、手を洗って戻ってきたべにを秋田から引き受ける。
同田貫のことは、食後にまた聞いて、その判断に合わせることにしよう。
べにを食事用の幼児椅子に座らせながら、戦装束は乾いたかな、と外の天気に思いをはせた。


「みんな揃ったね?じゃあ・・・いただきます」

「「「いただきます」」」


人間の風習をできるだけべににも身につけてもらおうと始めたことは、一つ一つ数えると切りがない。
それでもこうして「いただきます」と言ったあとに食べ物に手を伸ばすようになったべにの姿を見れば、それも無駄じゃないんだなぁと感慨深く感じるわけだ。
今日は大倶利伽羅の希望で、純和食が食卓に並んでいる。
その中でも見慣れたおかゆに手を突っ込もうとするべにを止めて、スプーンに掬って差し出した。


「はい、べに。あーん・・・・・・あれ?」


けれど、“いつも通り”はここで唐突に終わりを迎える。


「あぅ、んん・・・」


べにが、差し出されたスプーンに口を開けないのだ。
え?とべにの顔を見れば、眉間にしわを寄せて、何かを訴えたいのは分かるけど、どうしたいのかまではわからない。
何だろう、と思いながら一旦おかゆを戻し、卵焼きを乗せて同じように差し出してみる。
けれどやはり口は開けず、それどころか手スプーンを払うように手を上げてきて、慌てて卵焼きを避難させた。


「・・・?どうしたの、燭台切」

「うん・・・なんだか、食べたくないみたいで」

「えっ・・・!?まさか、この前行った演練でまた風邪でももらってきたんじゃ・・・!」

「うーん・・・。薬研、どう?」

「おう。ちょっと見せてみな」


さっき自分で食べようとしていたから、食欲がないわけではないと思うんだけど。
少し向こうで食べていた薬研に声をかければ、すぐさま箸を置いてこちらに近付いてくる。
ほとんどべに専属の医者になったような薬研の前にべにを向かせれば、べにも慣れたように大人しくなった。
難しい顔で下瞼をめくってみたり、喉を見てみたり、首に触ってみたりといくつか触診した薬研だったが、一通り見終わると肩の力を抜くようにふぅ、と息を吐く。


「べには健康体そのものだぜ。さっきまで遊んでたから、疲れたんじゃねえか?」

「そっかぁ。べに、眠たいの?ごはん、後にする?」


そういいながら椅子から降ろそうと、脇に手を入れると。


「ふぇ・・・!」

「えっ」

「・・・ぁあーん!ひっ、あぁーん!」

「ええええ!?ど、どうして!?どうしたの!?」


唐突に泣き出したべにに、流石に焦って慌てて抱き上げた。
よしよしと身体を揺らして宥めても、身体を突っぱねて抱っこを嫌がる。
それならばと床に下ろせば、さらに火が付いたように転がりながら大泣きし始めてしまった。


「あ゛ぁーん!ぁぎゃー!!」

「ええぇと・・・!だ、誰かアドバイスちょうだい!」


様子を伺いながらも自分の食べるペースを崩さない面々に、慣れたもんだなと若干気が遠くなりながらも助けを求める。
自分も多分、当事者じゃなかったらそっち側だろうから人のことは言えないんだろうけど。


「腹が減ったんじゃねえか?」

「それは君でしょ!ていうか、今嫌がってたから下ろしたんだけど!?」

「自分で食べたかったのかもしれんなぁ」


コロコロと笑いながらこちらを見るおじいちゃんに、目から鱗が落ちたような気分になる。
・・・そうか。もしかしたら、あの手の動きの意味は。


「べに、“いただきます”する?」


そう言った瞬間ピタリと止まった泣き声に、どこかから噴き出す音と、「うわっ、汚ねえ!」という声がした。


「・・・あー、そっかぁ。ごめんね?それじゃあ下ろしたのは違ったんだね」


今度は何の抵抗もなく抱き上げられたべにに、本当によくわかってるなぁと感心する。
再び椅子に座って、再チャレンジ。
今度はスプーンではなく、フォークに豆腐を突き刺して、べにが受け取りやすいようにフォークの端をもって差し出した。
伸ばされた手を、今度は避けずに。


「おっ・・・あっ、もうちょっと右右・・・おおお!!!!」

「すごーいべに!上手に食べれたねー!」


一度頬に突き刺さった豆腐は、けれどすぐにその小さな口に導かれるように入っていった。
全員が注目する中初めてのひとりで食べたごはんに、部屋全体に一気に桜吹雪が舞い落ちる。


「すごいですべに様・・・!初めてでこんなに上手に食べられるなんて・・・!」

「とうとうべに殿用の食器がその真価を発揮するときがきたのですな!」


随分前に買いそろえたべに用の食器は、裏底がゴム製になってるとかで、ひっくり返りにくいつくりになっている。
フチも広く、さっき置いた卵焼きに狙いを定めたべにのフォークが不安定にさまよっても中身がこぼれるようなことはない。
流石に小さくカットされた卵焼きにフォークを突き刺すのは難しかったらしく、「んんん・・・」と不快そうな声を出すべにの手に「手伝うよ、」と一言。
手を添えて卵焼きを突き刺せば、そのまま今度は上手に口に運んだ。
モグモグと咀嚼するべにがどこか誇らしげな表情でこちらを見てくるのだから、「すごいねぇ」とデレデレした表情をかっこよさのかけらもなく浮かべてしまうのも、仕方ないだろう。
小さな口をいっぱいに開けてフォークをほおばる様子には、愛しさしか感じない。
次のを頂戴と差し出されたフォークを受け取って、小さく切り分けたじゃがいもに突き刺す。


「あん、ん・・・」

「はは、やっぱりこれは苦手なんだね」


この調子なら食べてくれるかと思ったけど、そんなにうまくはいかないらしい。
最近好き嫌いも出てきたなぁ、と少し残念なような、好き嫌いがはっきりするほどの成長が喜ばしいような気持ちでじゃがいもを戻しておかゆをスプーンに掬った。


「ん、ん・・・」

「あ、スプーンはちょっと・・・う、あぁ・・・」

「おやおや・・・スプーンはまだ難しいだろうに」

「そうだけど・・・すごい力だったんだよ」


食欲の力たるや、か。
ぐいっと引っ張られたスプーンに引き負けて手を離せば、逆さまになって口に運ばれたスプーンからはおかゆが机にべちゃりと落ちてしまった。
べには不思議そうな顔をして、机に落ちたおかゆをつまもうとするから慌てて米粒を撤去する。


「べに殿の食欲は素晴らしいですな」

「よくたべ、よくあそび、よくねむる。とってもだいじなことです!」


ぼくの“せ”も、かんたんにこしてしまうかもしれませんねと少し膨れて言う今剣に、それもいつか必ず来る日だと頬が緩むのを感じる。
歌仙によると、べにの成長は育児本に比べて少し早いらしい。
「半ば神域のような場所で育っているからかもね、」と言う様子は是とも非ともとれないもので、育児について一番知識をもっている歌仙はこの環境の良し悪しも感じ取っているのだろう。
悪い影響は、おそらくほぼないこの環境。
けれどどうあがいたって、同じ年代の子と成長を競う経験は手に入らない。
そういうときふと甦る言葉があの男のものなのはひどく腹立たしいけれど・・・。


「はい、べに。上手に食べてね」

「んーっ」


でも、いつかは僕の作る料理、全部おいしく食べてくれるようになったらいいなぁ。


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