同田貫正国が血沸く時


「ただいまかえりましたよー!」

「お、今日も無傷みたいだね」

「おかーいー!」


門をくぐってすぐに元気よく声を上げる今剣に、応えるようにひょっこりと顔を出したのは、この本丸の実力トップ、加州清光。
最近、検非違使なるものが戦場に現れるようになって、レベル調整のために一軍から退いた面子のうちの一振りだ。
「久しぶりにべにとゆっくりできる、」と嬉しそうにしていたのは強がりかと思っていたが・・・その腕にべにが抱かれているところを見ると、あながちそうでもないのだろう。


「えっへへ〜、ぼくらももう、よわいばかりじゃありませんよ!」

「そーね。余裕も出てきたし、そろそろ次の戦場行ってみる?」


検非違使うざいし、と目を座らせる加州に若干気圧されるが、その前の言葉には今剣の後ろで思わず身を固くした。

“怪我をするな”

これは、出陣するようになってから何度も、それはもう口酸っぱく言われ続けた言葉。
この言葉の、意味するところ。それは。


「(次の・・・戦場。・・・俺は、降ろされるのか?)」


今剣の言ったように、俺たちだっていつまでも弱いままじゃない。
だが、現在この本丸で一番新参者の同田貫が一番錬度が低いのは、紛れもない事実だった。
周りの錬度に合わせて出陣すれば当然敵のレベルも高く、そんな中では得るものも多いとはいえ、同田貫の実力はようやく周りに守られずとも何とかなるようになってきた程度。
今回の出陣でも、無傷とはいえ・・・自分だけ刀装が片方砕けていることに、ぐっと拳に力を込めた。
ここしばらく控えていたこの本丸本来の一軍が、再び戦装束を身に纏うことは、想像に難くないのだ。


「(・・・鍛錬ばかりじゃ、実戦の実力はつかねえってのによ)」


一言で言えば、“物足りない”。
切ったり切られたりといった、血沸き肉躍る戦いというものと、あまりにも無縁で。
もちろんこの本丸の男士たちが怪我を嫌うのは分かる。主の負担を少しでも減らそうとするのも、わかる。
だからこそ、不満を感じつつもそれ以上は何も言えず・・・ただ、近侍の決定を聞く、それだけで。


「・・・かしゅう!ぶたいのへんせいはこのままでもいいですか?」


だからこそ、不意に今剣がそう提案したとき、思わず「・・・は?」と声を上げてしまった。


「え?このまま、って・・・たぬきにはまだ危ないんじゃない?」


加州も今剣の提案に驚いたようにこちらに視線を向けてくる。
こうもはっきりと“お前はまだ弱い”と言われると、なんともいえない気分にはなるが、実際その通りなのだ。
今回の編成は、演練で教わったレシピを参考にして作った、投石・弓兵・銃兵の遠戦を軸にした部隊だ。
当然部隊の編成は、それらを装備できる、短刀・脇差・打刀が中心となる。
さらにレベル差を極力抑えたことで、今剣、同田貫、山姥切、青江、太郎太刀、獅子王という、この本丸では新参者の顔ぶれになっているのも、加州が不安に思う要因のひとつか。
勿論それでも、今の戦場を無傷で駆け抜けることができる程度には実力がついてきてはいるのだが。
あの手合わせの一件以来、今剣は同田貫に妙な世話を焼くようになっていた。
それが今剣なりのアフターケアなのかはわからないが、今回の編成で真っ先に抜かれるであろう同田貫を、部隊に残そうとしてくれているのだ。


「だいじょうぶですよ!たぬきもじぶんのみをまもれるくらいにはつよくなっています!」


そう強く推す今剣に、難色を示していた加州も考えるように黙り込む。
そして、答えを求めるように同田貫に顔を向けた。


「・・・たぬき、どう?」


加州の視線が、一瞬チラと同田貫の壊れた刀装に向けられる。
実力が不安なのは承知の上で、それでも行くのかと聞いているのだ、この男は。
試すような加州の視線に、ぐっと拳を握りこむ。
実力が不安ならば、次の合戦場は控えるべきだ。
幸い次の合戦場は未だ検非違使は現れておらず、レベル差があっても問題はない。
模範的な解答としては、「今は残って、鍛錬で実力をつけてから挑む」だろう。
だが―――答えなど、とうに決まっていた。










「・・・いーい?怪我は絶対ダメだからね」

「へーへー。耳タコだよ」


軽口を返しながらも、口の端がつりあがるのを抑えられそうにない。
玄関の前、新しく手渡された刀装を、今度こそ砕けるなよ、と一撫でしてしっかりと装備した。
戦場に立てば、込められた霊力に応じて8〜12人程度の兵士が現れる、一種の式のようなそれ。
たとえ兵士が最後の一人になったとしても、壊れさえしなければ本丸に満ちるべにの霊力で再び元の姿を取り戻す。
だがだからといって、目の前で次々と殺されていくのを見るのは、決して気持ちのいいものではないのだ。


「(今度こそ、しっかり守ってやるからよ)」


意思を固めればほのかに温かくなった刀装を、宥めるようにポンポンと叩く。
そう、今度こそ。


「たぬき!いきますよ!」

「わぁってるよ」


門の目の前でこちらに向かって手を振る今剣に返事をしながら近付いていく。
次の出陣先は、前の戦場より昔の時代。
相手のレベルも、前回より高いことだろう。
すでにその戦場を経験している加州たちが許可を出すのだから、手も足も出ない、ということはないだろうが。
それでも、強い相手と戦えるということに、高揚で身体が震えるのを感じた。


「待たせたな」

「まったくです。・・・つよいてきをたおすじゅんびは、できましたか?」


言われた言葉に下を向けば、低い位置からニッと挑戦的な笑みが向けられる。
・・・俺が物足りなさを感じていたことに、気付いていたのか。
伊達に勝手に世話役やってねえな、と苦笑して、同じように笑みを作って見せた。


「・・・おうよ。これで次の戦でも暴れるぜ!」

「じょうとうです。さあ、いきますよ!あつかしやまへ!」

「「「おう!」」」


こんのすけに聞いた、現在たどれる最古の時代。
その強さに思いを馳せて、一歩、門の外へと足を踏み出した。


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